今年10月発売の『AIファースト・カンパニー』から「第1章 AI時代」の一部を紹介します。
かつて写真を撮る際に用いられた銀塩フィルムは、デジタルカメラやそれを内蔵した携帯電話やスマートフォンに置き換えられました。これは破壊的技術、破壊的イノベーションの事例としてもよく用いられますが、それだけにとどまらない新時代の競争の在り方を端的に示しています。つまり、AIをケイパビリティの中心に据えた企業は、他の企業とは異なり、新しい「デジタル・オペレーティング・モデル」によって、規模の拡大、事業範囲の拡大、(機械)学習を同時並行で実現するのです。彼らは巨大になればなるほど賢く、かつ強くなるという特性を持ちます。そしてこうした企業が業界の垣根を超えてあらゆる企業と競争する時代となりつつあります。あらゆる企業にとって、彼らの動向は他人事ではないという理解が必要です。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、英治出版のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
競争の軸が変わる
次第に高度化するAIによって写真の変革による影響はさらに大幅に拡大している。日々撮影される膨大な数の写真(今や年間10兆枚以上のデジタル写真が撮影される。これは従来の写真の総数を5桁上回る)を増大中のデータセットとして考えてみてほしい。そのほとんどがグーグル、フェイスブック、ウィーチャットなどのクラウド上に保存され、アルゴリズムで分析することができる。こうした宝の山は、顔認識、写真分類、画像補正に用いるアルゴリズムの向上を支えている。グーグル、フェイスブック、ウィーチャットなどのソーシャル・プラットフォームは、すでに利用可能な追加データとごくわずかな「訓練」に支えられて、家族や友だちだけでなく、親和性(この写真の人たちは同じ家族メンバーか)や背景(この人は学友か)なども自動的に特定(予測さえも)できる。写真アプリはすでに、ユーザーが気に入りそうな商品やサービス、ニュースフィードもレコメンドし、一部では友だちを推奨する。共通の親和性や背景に基づいて誰かを「紹介」するのだ。
デジタル・テクノロジーが従来の写真と衝突した際に、単に安価なもの、より差別化されたもの、より高品質なものに置き換わっただけではない。顧客に届ける新しいバリュー・プロポジション(価値提案)を単に創出しただけでもない。異なる種類のオペレーティング・モデルを活用し、異なる形で競争する、ますます強力な新種の企業の出現を可能にした。その際に、写真業界をただ変えただけでなく、写真を取り巻く世界もつくり替えてしまったのだ。ある活動がデジタル化されると(たとえば絵筆をビクセルに変換する)、重大な変化が起こる理由もここにある。デジタル表現は無限に拡張できる。今では、表現したパターンを簡単かつ完璧に伝達、複製し、ほぼ限界費用ゼロで世界中のほぼ無数の受信者に配信することが可能だ。また、活動をデジタル化すると、同じく限界費用ゼロで、他の無限の補完的活動に簡単につながり、その範囲が大幅に広がっていく。さらに、デジタル活動には処理命令、つまり、行動を形成したり、考えうる様々な経路や応答を可能にするAIアルゴリズムを組み込むことができる。このロジックはデータを処理しながら学習することができ、内蔵されたアルゴリズムを継続的に訓練し改善していく。このように、人間の活動をデジタルで表現することで、アナログ処理ではできない形で学習し、それ自体を改善していける。このような要因によって、企業が運用できる(すべき)方法が完全に変わってくるのだ。
これまでは、そのテクノロジーが持つ固有の規模拡大、範囲拡張、学習の可能性は、テクノロジーを展開する組織のオペレーティング・アーキテクチャによって制限されていた。ところが過去10年間で、デジタル・ネットワーク、データ、アルゴリズム、AIの可能性をフルに発揮するように設計・構成された企業が出現し始めた。実際に、デジタル化の影響を最適化する目的でつくられた企業であるほど、そのオペレーティング・モデルに組み込まれた規模、範囲、学習の可能性が大きくなり、より多くの価値を創造し獲得することができる。
デジタル化、アナリティクス、AIと機械学習のレベルが上がれば、事業の拡張性が大幅に向上し、ユーザー数やユーザー・エンゲージメント(深い関係性)の関数として、価値曲線がより速く上昇する。伝統的な企業と衝突すると、デジタル・オベレーティング・モデルは現状を打破することができるのだ。
『AIファースト・カンパニー――アルゴリズムとネットワークが経済を支配する新時代の経営戦略』
著:マルコ・イアンシティ、カリム・R・ラカーニ 訳:渡部典子 監修:吉田素文
発行日:2023/10/20 価格:2,640円 発行元:英治出版