昨年12月発売の『ベンチャーキャピタルの実務』から「Chapter8 Section2 VCはどう戦えばよいのか」を紹介します。
VCも企業であり、ライバルや代替サービスが多数存在する以上、競争に勝っていくために差別化を打ち出すこと、あるいは自社ならではの強みが活きる市場を模索しつつづけることは必須と言えます。
その勝ちパターンには大きく3つの方向性があります。1つは資金による差別化です。資金額のみならず投資のスピードなどもここに含まれます。
2つ目は、多くのVCが採用している、独自のケイパビリティ(組織能力)を磨くという方法です。特定の業界のノウハウを磨く、投資企業の成長ステージに合わせた知見を豊富に持つ、VC以外の他のビジネスとのシナジーを模索するなど、多くのVCが採用しているやり方です。ちなみにグロービス・キャピタル・パートナーズの場合、グロービスが経営教育ビジネスを日本ナンバーワン規模で行っていること、大手企業や経営者に対するネットワークを豊富に持っていることなどがアドバンテージにつながっています。
3つ目は、2つ目の一部ともいえますが、起業家にとって価値のある相談相手となることです。そのためには組織的なノウハウを蓄積することに加え、キャピタリスト自身が自己研鑽し、成長することが必須となるのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、東洋経済新報社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
VCはどう戦えばよいのか
VCの根本的な存在価値は、リスクマネーを供給できることにある。しかし、黎明期から成長期、成熟期へと進み、同業VCが増え、様々な金融プレイヤーがスタートアップ・エコシステムに参入するようになった今、VCファームも、キャピタリスト個人も、差別化しなくてはならない。では、具体的にどうすればいいのか。差別化の方向性はいくつかある。
資金面での差別化
まず、ソフトバンクのビジョン・ファンドのように、圧倒的な資金力を持つのも1つのやり方だ。従来は大きなVCでも1,000億円規模だったが、ビジョン・ファンドは10兆円と桁違いだ。これだけの規模があれば、ベンチャーにとって魅力的なのはもちろん、ファンド活動の選択肢が広がり、パワープレイが可能になる。
その一方で、資金量だけがモノをいう世界ではないところが、VC業界の面白さでもある。たとえば、シード、シリーズA、レイターなど、どのステージのベンチャーに投資するか。あるいは、最初から最後まで投資できることを強みとするのか。このように投資ステージを集中させて、ファンドの強みを尖らせることができる。
ところで近年は、海外VCが日本での投資に乗り出していることもあり、競争の激しさはステージによって異なってきた。一般的に、早いステージになるほど、海外投資家は投資判断がしにくく、ローカル性を持ったプレイヤーのほうが有利になる。レイター・ステージでは事業の成否の不確実性が低下し、海外展開を目指すスタートアップも増えてくるので、VC側は海外にいながらにしてKPIを見てデューデリジェンスを行い、海外展開を支援するなどの強みを発揮しやすくなる。したがって、ステージ特化を考えるときには、このような競争環境の変化にも留意したほうがよい。実際に、GCPの投資先にもミドルやレイターのステージから海外投資家が加わるようになっている。それを踏まえて、我々も多様なステージの企業にバランスよく投資する従来のやり方から、ローカル優位性が活きやすいステージに注力する方向へと変化しつつある。
また、資金の提供スピードも差別化要素となる。わかりやすい例が、米国のヘッジファンドのタイガー・グローバルだ。もともと上場株に投資していたが、最近では一部を未上場企業にも資金を振り向けている。同ファンドの強みは、その資金提供の圧倒的なスピードである。主にアーリー・ステージ以降での投資を行うVCは通常、投資検討をするのに少なくとも1カ月程度かかるが、タイガー・グローバルは最短で、会った翌日にはタームシート(投資条件概要書)が送られてくることもある。そのためには当然ながら、事前にデューデリジェンスを済ませ、会った瞬間にほぼ意思決定できる状態にしているようだ。
スタートアップ側から見て、タイガー・グローバルは比較的高いバリュエーションを提示してくれることも魅力的だ。これは多額の資金を運用しているヘッジファンドだからできる部分もある。VCの求めるリターンは通常、成功した場合で3~10倍だ。しかしタイガー・グローバルは投資ペースを早くすることで、2~3倍のリターンを継続的に出し続けることを目指しているように見える。 LPからすると大きな倍率のリターンは見込めないかもしれないが、ボラティリティが比較的小さく大きな金額を継続的に運用し続けることができるので、従来のVCファンドにはない価値を提供している。タイガー・グローバルとしても目標とするリターンの倍率が低いということは、投資条件を緩和できることにつながるので、なるべく速く多くの資金を安く調達したいというスタートアップのニーズにうまく応えられれば、大きな競争優位性になる。
日本でも、上場株や未上場株の垣根を越えて投資するクロスオーバーファンドのスタートアップ投資が増えている。こうしたプレイヤーは運用規模が大きいだけでなく、上場後も株式を持ち続けることができる。つまり、より長い時間軸でスタートアップを支援できるという優位性を持っているということだ。VCファンドとしては、そうしたプレイヤーといかに戦っていくかという視点も必要になっている。
ケイパビリティでの差別化
差別化の方向性は資金面以外にもある。まず、スタートアップへの経営支援で違いを出すことが可能だ。Chapter3でも触れたように、投資先の成長を支援する専門チームを持つのも1つの方法であり、米国のVCのal6z (アンドリーセン・ホロウィッツ)は200人ほどの部隊を擁している。ただし、人数の多さが決め手になるとは限らない。少数精鋭でも様々な戦い方が可能だ。特に、VCの持っている横断的な知見やノウハウはスタートアップにとって大きな魅力になる。たとえば「SaaSモデルのみに投資する」「ネットワーク効果が効くビジネスにのみ投資する」など、投資テーマを絞ることで、その領域の知見が溜まり、誰よりも詳しくなっていく。同じビジネスモデルであれば、スタートアップの悩みも似ているので、コミュニティをつくって知見共有の場を設定するなど、他のプレイヤーとはひと昧違うソリューションを提供できる場合もある。
最近では、有望なスタートアップ企業であれば資金調達自体は難しくなくなってきているので、資金提供以外に何かできるかを問われるVC側が起業家や経営陣に逆ピッチする状況も増えつつある。ケイパビリティを磨くことは今後、VC経営の必須条件となっていくのかもしれない。
中国のIDGキャピタルは、シードからアーリー・ステージのスタートアップに投資するだけでなく、プライベート・エクイティ・ファンドのようにマジョリティをとって自ら経営に参画する部門も持っている。M&Aや特定産業に精通した人材を揃えて、経営参画やアドバイスを提供することができる。
このように、従来のVCのプラクティスに留まらず、上場と未上場の垣根を越えたクロスオーバー投資やプライベート・エクイティの果たす機能にまで活動範囲を広げるなど、異なる知見やノウハウを蓄積して、より強い組織体に進化していく動きが既に散見される。日本のVCにも今後、従来の枠を超えた投資活動や組織体制のあり方を考える必要性が出てくるかもしれない。
相談相手のポジションをとる
ボード内でどのようなポジションをとるかということも、差別化要素となる。必要な資金や様々な価値を提供できる投資家や支援チームが多数存在し複数の出資者がいたとしても、起業家が一番困ったときに相談する相手は限られている。通常は、ボードメンバーの誰かであるはずだ。しかし、グローバルを目指して大きな資金を調達するスタートアップの取締役会にもなると、VCに与えられるボードシートは限られてくる。経営経験の豊富な取締役も加わる中で、いかに最初の相談相手というポジションをとれるか。キャピタリスト個人の力量が問われることになる。
たとえば、米国のベンチマーク・キャピタルは、4億ドルとそれなりの資金力はあるが、その最大化は目指していないし、投資検討にもかなり時間をかけ、資金提供の速さを売りにしているわけでもない。チームはパートナー5人のみで、専門家チームも持たない。しかし、その5人全員がスタープレイヤーで、どの投資先でも取締役を務めるにふさわしい実力を持っている。まさに、最初の相談相手というポジションをとることで、スタートアップにとって魅力的なVCファームとなっている。
著・編集:グロービス・キャピタル・パートナーズ (著), 福島 智史 (編集) 発行日:2022/11/25 価格:3,740円 発行元:東洋経済新報社