昨年12月発売の『ベンチャーキャピタルの実務』から「Chapter4 Section2 IPOでのエグジット」を紹介します。
ベンチャー企業にとってもベンチャーキャピタル(VC)にとっても、通常、嬉しいエグジットの形はIPO(新規株式公開)です。実際、IPOによって富を築いた起業家や経営チームメンバーは数多く、またVCにとってもIPOはリターンを得る重要な機会となります。
一方でIPOは、ベンチャー企業の業績が順調に伸びていれば、いつでもできる、あるいはしてもいいというものではありません。
たとえば株式市場の環境が悪いと、期待した株価がつかない、すなわち十分な資金調達ができないこともあります。また、たとえ業績は良くても社内のガバナンス体制などに不備があると、IPO後に苦労することになります。
こうした事情から、通常、ベンチャー企業の経営チームとVC(特にリードVC)はIPOのタイミングやそれと連関するさまざまな要素について慎重に議論を重ね、問題があれば解決を図っていくのです。
また、VCはエグジット後、どこかのタイミングで株式を売却することになりますが、それまでのサポートをすべて一気に打ち切ることは混乱をもたらします。それゆえ、IPO後にもガバナンス体制などが機能するように後任の社外取締役を選任するなど、引き続き企業が成長していける体制を株式売却前に構築しておくのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、東洋経済新報社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
IPOでのエグジットにおける4つの論点
IPOに向けて主な論点となるのが、上場タイミング、エクイティ・ストーリー、バリュエーション(企業価値)、オファリング・ストラクチャーである。
- 上場タイミング
外部環境や内部環境を踏まえた最適な上場時期の選択であり、企業価値ひいては既存株主のリターンに直結する論点になる。詳細については後述する。 - エクイティ・ストーリー
投資家に向けて会社の強みや特長、成長戦略などをわかりやすく、魅力的に訴求するためのストーリーであり、投資家に企業価値を適正に評価し株式を購入してもらうために極めて重要な役割を果たす。 - バリュエーション(企業価値)
時価総額や株式価値とも言い、上場時点における企業の株式全体の価値である。主に上場申請会社と主幹事証券会社との協議によって決定されるが、重要なステークホルダーとして株主であるVCも関与することが多い。 - オファリング・ストラクチャー
資金調達の方法論であり、どの株式(公募または売出し)を、誰に(国内または海外。リテールまたは機関投資家)、どのくらい販売するのかといったややテクニカルな論点である。ロックアップなども含まれる。
上場タイミングの判断要素
この中でもIPOを成功させるうえで特に重要になるのが、上場タイミングだとGCPでは考えており、以下の要素を勘案して判断していくことになる。
- 市場環境
リーマン・ショックやコロナショックなどのイベントが起これば、株式市場が機能不全に陥る。そこまで極端でなくても、市況が低迷すれば上場しても高いバリュエーションが期待できなかったり、投資家の需要がついてこなかったり、景況悪化で業績に影響が及び上場審査でつまずいたりする可能性がある。
したがってマクロで見ていわゆる「IPOウィンドウが開いている」状況かどうかを見極めることが重要となる。 - 企業の成長性や収益性
「上場ゴール」と揶揄されることもある通り、本来的にIPO時点が成長性や収益性のピークではなく、上場後にさらに成長していく戦略があるべきだとGCPでは考えている。
さらなる成長の余地を残し良い成長角度を保てる状態でIPOをすることが望ましい(そのために主力事業に加え収益の複層化などをIPO前に議論することも多い)。 - 成長局面
上記と一見矛盾するようであるが、上場するとステークホルダーが増え、短期的な業績・利益に厳しい目が向けられ、事業上の制約も増える。したがって上場タイミングを遅らせて、よりコストをかけて(大きく赤字を計上して)でも事業基盤を固めたほうが、その後のより大きな成長ひいてはリターンが見込めることもある。
特に、未上場企業における調達環境が良好である場合には経営の機動性や柔軟性を維持したまま、成長を加速させる選択肢をとりやすい。近年では非上場市場における資金調達環境の良化を背景にそのような資本政策を採用する企業も増えており、フリマアプリのメルカリ、クラウド会計ソフトのFreee (フリー)、オンライン名刺サービスのSansan (サンサン)などがそうした選択をしたうえで大型上場を果たしている。 - 内部統制・ガバナンス体制
企業の内部統制やガバナンス体制は、上場審査で厳しくチェックされる項目でもある。たとえば予算統制に不備がある(予算と実績が常に著しく乖離する)場合や、コンプライアンス面で懸念がある場合には、上場後に問題が起こると信頼回復が難しいこともありうるので、時間をかけてでも体制を整えてから上場を目指したほうがよいだろう。
IPOにおけるリード投資家の役割
リード投資家の役割は上記の主要な論点について、日々のディスカッションを通じて経営チームに助言を行い、納得感のある決断に導くことである。
加えて、IPOに向けて主幹事証券会社を選定する際に関与し、必要に応じて主幹事証券会社との協議にも参加し、企業価値やオファリング・ストラクチャーを決める際には、リード投資家として、他の投資家を代表しながら、全体を取りまとめていく役割も担う。この点において、リード投資家は証券会社や証券取引所等とも日頃から適切な関係を構築しておく必要がある。
上場直前になると、株価、売出し株数について経営チームと株主の間での合意形成を手助けすることに加えて、ロックアップの条件などを詰めていく。ロックアップとは、上場後に一定期間、持分を売却できないようにする取り決めだ。未上場時に投資した既存の投資家としては柔軟性が高い、つまり上場後自由に売却できる方が好ましいが、経営チームもしくは上場後に株式を購入する投資家にとっては、大口の株主であるVCの売却がいつでも発生し得るというのは株価形成上のリスクになり得るため、一定の期間や条件に基づいてVC持分の売却に制限をかける。この点においてリード投資家は、他の投資家と経営チームの間に立ってバランスの良い結論を導くべく議論・交渉する。
また、上場株式を投資家に適切に引き継ぐことも重要な役割の1つと考えている。前章でも触れたが、GCPでは上場前に社外取締役を退任し、上場後には基本的に速やかに株式を売却していくことになる。ただし、経営体制の連続性を担保するためにも、上場後も関与してもらう社外取締役を早めに選任してガバナンス体制を整えたり、取締役会、経営会議などの会議体におけるアジェンダ設計、意思決定や運営方法を適切に整えたりするなど、上場前にしっかりと準備し問題なく引き継げるようにする。
『ベンチャーキャピタルの実務』
著・編集:グロービス・キャピタル・パートナーズ (著), 福島 智史 (編集) 発行日:2022/11/25 価格:3,740円 発行元:東洋経済新報社