今年度で8回目を迎えた「読者が選ぶビジネス書グランプリ」(グロービス経営大学院、フライヤー共同開催)。毎回、その年に発売されたビジネス書のなかから読者(=ビジネスパーソン)による投票を経て、最も票を集めたものを表彰しています。
2023年の総合ランキングトップ10冊は、どんな書籍なのでしょうか。グロービス経営大学院の教員4名の目線で解説します。
1位:佐久間宣行のずるい仕事術――ヒットメーカーの元TVマンが書いた『会社の歩き方』
『佐久間宣行のずるい仕事術』
著:佐久間 宣行 発行日:2022/4/6 価格:1,650円 発行:ダイヤモンド社
組織の力を使って自身の志を体現する、そのための上質なガイドブックのような一冊。
- 「社内初」はローリスク・ハイリターン
- 「メンツ地雷」を踏んではいけない
- 「いい失敗」をする
等々、目次からして“フムフム”感満載で、中身も著者である佐久間さんご自身の体験に裏打ちされているので、説得力があるわけだ(案外、従来型のメディア企業って保守的だし……)。
なんとなく、広くB2C界隈で多少クリエイティブな余地がある(≠最先端の技術とか圧倒的な規模が求められる)業界にいて、プチっとコンサバな組織風土に悶々としている方……更に言えば、プチっと閉塞感があって転職がチラつきつつも、今いる会社が好きで……など、ちょっとキャリア迷子になりそうな諸兄姉向きではないかと。
つまりコレ、薄っぺらな処世術の書ではなく、やりたいことをやる/行きたいとこへ行くための指南書/旅本なのです。
執筆=垣岡淳 グロービス経営大学院 教員
2位:言語化の魔力――悩んだ時に開きたい、安心の書
『言語化の魔力 言葉にすれば「悩み」は消える』
著:樺沢 紫苑 発行日:2022/11/9 価格:1,760円 発行:幻冬舎
4千の「悩み」に答えてきたという精神科医の著者。著者の元には1月に千件以上の「悩み」が寄せられるが、「ほとんどの人が、同じようなことで悩んでいる」という。本書で筆者は、悩みをパターンに分けて3つの軸で分析し、どんな悩みにも対応できる対処法を示している。
悩みの3つの軸とは「コントロール軸」「時間軸」「自分軸」だ。それぞれ、コントロールできる感覚を持つ(「なんとかなる」と思う)、過去のことを「それはそれとして」今に焦点を合わせる、動かせない他人ではなく自分ができることを考えて増やす。
その上で、悩みを解消する方法として、「対処法を検索する」「我慢するのではなくスルーする」「本当に困っていることは何かを考えて悩みを再設定する」の3つが第3章に示されている。この3章までで、筆者の伝えようとする悩みに対する大まかな心構えが読み取れ、その後の4章から8章までは「視座の転換」「言語化」「行動化」とより具体的な対処法が解説されている。
私は、これまで何度かなかなか解消しない悩みに苛まれ、対処法を検索したことがあるので、本書に書かれている悩みの捉え方や対処法の多くはどこかで目にしたことがある既知のものであったが、1冊の本として筋道立ててまとめられていると、読んでいるうちに悩み対処法が身についていくような安心感が得られる。
「自分はすでに悩みに対処する方法を知っている」「悩みをコントロールする方法がある」と考えられるだけで、不安が軽減され、対処の途につくことができる。悩んだ時は開いてみるという、安心の書として書棚に入れておくと心強い。この本が、『言葉にすれば「悩み」は消える』という証左になっている。
執筆=難波美帆 グロービス経営大学院 教員
3位:だから僕たちは、組織を変えていける――「対話」による新しい組織変革のガイド
『だから僕たちは、組織を変えていける ―やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』
著:斉藤 徹 発行日:2021/11/29 価格:2,068円 発行:クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
米国大手IT企業が完全リモートワークから出社推奨の姿勢を強化している。わが社はどうあるべきか?
コロナを経て、組織や働き方に漠然とした違和感がある。どこから手を付けたらよいか?
本書は新しい組織変革のガイドだ。副題「やる気に満ちた『やさしいチーム』のつくりかた」にピンとこなくても心配はいらない。主語は「僕たち」、組織を変える旅へ出かけよう!という誘いに乗ってみよう。
理想の組織を実現するにはどうしたらいいのか。
本書の解は、システム思考の研究者であるダニエル・キムが提唱した「成功循環モデル」にある。このモデルは、(1)関係の質⇒(2)思考の質⇒(3)行動の質⇒(4)結果の質⇒(5)関係の質という循環であり、ポイントは関係からスタートすることだ。
「関係の質」を高めるための一歩は対話である。率直に話し合う場をつくり、信頼関係を築く。順に、思考、行動、結果の質を高める方法が提示される。目次自体がストーリーになっており、挿絵が充実していて、読みやすい。必要なところをつまみ食いしたい読者にもやさしい作りだ。
執筆=許勢仁美 グロービス経営大学院 教員
4位:リスキリング――今何かと話題の“リスキリング”本の決定版
『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』
著:後藤 宗明 発行日:2022/9/30 価格:2,035円 発行:日本能率協会マネジメントセンター
「5年で1兆円」という所信表明からの、本会議での「産休・育休中の支援」発言と、時の宰相が口にすることで何かと話題・物議を醸している“リスキリング”。
本書はそのリスキリングに関する決定版とでもいうべき一冊。
- そもそも(リスキリングとは)何か?
- なぜ必要なのか?
- アップスキリングやリカレント教育との違いは?
といった、多くの方が抱くであろう疑問を起点に、その方法論から実装に向けたステップ、更には日本の社会&会社への提言に至るまでフルカバーしている。
政治の話は置くとして、従来のスキル「だけ」だと、DXの時代に十分な価値を発揮し続ける人材でいることは困難。そう、アップデートとしての「リ」スキリングが要るわけです。
ただ“昭和”と揶揄されるレガシーな価値観で学ぶことすら怠ってきたのであれば、フツーに「スキリング」をしないとダメですよねー。
そういう意味で、広く“学び”の重要性を喚起する「啓発の書」でもあります。
執筆=垣岡淳 グロービス経営大学院 教員
5位:22世紀の民主主義――若者の「ガス抜き」本?
『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』
著:成田悠輔 発行日:2022/7/6 価格:990円 発行:SBクリエイティブ
著者の成田悠輔氏は、「高齢者は老害化する前に集団自決すれば良い」という発言が2022年末ごろから国内ネットメディアで物議を醸し、2023年2月にニューヨークタイムズ紙で取り上げられたことを機に他国メディアでも報道され話題になっている。
著者は「この本の目的は・・・選挙や民主主義をどうデザインすればいいか考え直し、色々な改造案を示すこと」としているが、直近の身近な政治を変えるための参考書(マニュアル)として本書を手にとられた方には、本書はよく機能しないかもしれない。
「はじめに言い訳しておきたいこと」の章に「素人の雑な暴論だろう」「ぜひ嘲笑してほしい」とされているとおり、政治家の姿を「学級委員がそのまま年老いたような中高年が原稿棒読みで語る美辞麗句」と描くなど、雑な偏見が議論の前提になっていて、その上にデザインされた民主主義は心許ない(国会中継を見たり、公開している経歴を鑑みたりしても政治家の多くは昔学級委員をやっていたとは思えない)。
若者の数が少なすぎるのだから、若者が選挙に行っても、焼け石に水で何も変わらない。「中途半端なガス抜きで問題をぼやけさせるぐらいなら、部屋でカフェラテでも飲みながらゲームでもやっている方が楽しい」、だから革命を、といった煽りが随所に出てくる。部屋でネットゲームを楽しむ若者が、「いや、そうなんだよ。よく言ってくれた」と溜飲を下げられる記述が溢れていて(実際、本書は2022年夏に発売されたが、2023年2月のKindle版の表紙には20万部突破と書かれているので、非常に売れているようだ)、本書が、問題をクリアにするための中途半端でないガス抜きとして機能することを意図しているのかもしれない。
著者は、自身「政治にも、政治家にも、選挙にも、私はまるで興味が持てない。どうでもいい」と書いている。そういう方が、本を1冊書き上げたことが興味深い。商売がうまい若手経済学者の書いた民主主義論として読むと、大いに発想の参考になる。
執筆=難波美帆 グロービス経営大学院 教員
6位:年収300万円FIRE――マネーリテラシーを意識するための入門書
『年収300万円FIRE 貯金ゼロから7年でセミリタイアする「お金の増やし方」』
著:山口 貴大(ライオン兄さん) 発行日:2022/2/17 価格:1,540円 発行:KADOKAWA
「年収300万円」や「FIRE」という言葉が目を引くが、この本で伝えたいことを端的に言えば「若いうちから適切に投資を行うことが、後になって困らない人生につながる」ということであり、その意味で初心者向けの投資指南書といえるだろう。ロバート・キヨサキやウォーレン・バフェットの教えなどもベースとなっている。ドル・コスト平均法や、「投資するならアメリカのインデックス型投資信託」、コアサテライト戦略など、筆者も同感の箇所は多い。
一方で、「これは言いすぎかな」と思う個所も少なからずあるし、ポートフォリオの効用、リスクヘッジなどは、もう少し解説があった方が初心者にはよかったかもしれない。
これからの時代、マネーリテラシーを高めることはますます重要な意味を持つだろう。この本は完璧ではないし、これ1冊ですべてがわかる訳ではないが、初心者がお金のことについて考えるきっかけの1冊としては役に立つだろう。
執筆=嶋田毅 グロービス経営大学院 教員
7位:1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書――先人の言葉によってエネルギーを高める書
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』
著:藤尾秀昭 (監修) 発行日:2022/3/29 価格:2,585円 発行:致知出版社
昨年の総合グランプリ『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』の第2弾。月刊誌『致知』による各界リーダーのインタビュー録から365人分が要約されている。
「仕事」の教科書から「生き方」の教科書へと対象を広げ、まさに本誌の理念「仕事と人生に真剣に生きる人の心の糧となる」を具現化した内容になっている。
本書冒頭とあとがきにある通り、「人生で真剣勝負した人の言葉は、詩人の言葉のように光る」そして、「哲学者の言葉のように深い」。先人の言葉は、特にわたしたちを勇気づけ、焦りを鎮め、慢心を戒め、感謝の心を思い出させてくれる。
1日1話、日付通りに読むもよし、ランダムに開いて教えを乞うもよし。一気に読んで、自分の中で機が熟すのを待つのもよいだろう。身体の中からじわっとエネルギーの高まりを感じられる一冊。
執筆=許勢仁美 グロービス経営大学院 教員
8位:13歳からの地政学――大人も知らない「地政学」で考える
『13歳からの地政学: カイゾクとの地球儀航海』
著:田中 孝幸 発行日:2022/2/25 価格:1,650円 発行:東洋経済新報社
地政学は、地理(自然地理、人文地理)や歴史、政治、経済、テクノロジーなど多くの学問の知識や知恵が必要となる非常に難しい領域である。一方でそのビジネスにおける重要度はますます増している。世界がますますつながり狭くなる中で、中国やアメリカはどういう理由から何を考えているのか、といったことをある程度理解しておかないと、経営者は非常にリスクの高い経営を強いられてしまうのだ。
本書は、「カイゾク」と呼ばれる先生役が中高生の兄妹に7つの章(テーマ)で質問を投げかけながら、世界の状況を地政学の観点から考えさせる体裁になっている。「13歳から」と書いてあるが、大人でも知らない情報が満載で非常に面白く読める。「核ミサイルはどこにある?」「アフリカに悪いリーダーが多いわけ」などは、大人でもすぐには答えられないだろう。
これ1冊で地政学がすべてわかるわけではもちろんないが、入り口の書として、非常にスラスラ読め、知的好奇心も満たされる良書である。
執筆=嶋田毅 グロービス経営大学院 教員
9位:朝1分間、30の習慣――ささやかなアクションの積み重ねを後押しする一冊
『朝1分間、30の習慣。 ゆううつでムダな時間が減り、しあわせな時間が増えるコツ』
著:マツダミヒロ 発行日:2022/5/13 価格:1,430円 発行:すばる舎
「私たちは、効率悪く、頑張りすぎている」。日本は、OECD諸国で1番労働時間が長く、その平均より2時間長い(2014年)。一方で世界38ヵ国を対象とした労働生産性の調査では28位(2020年)。そんな私たち、日本人の生産性を上げ、人生の幸福度を上げる方法を提案しているのが本書だ。
人生とは今日1日の積み重ね。だから毎朝(起きた時間に)、その日の気持ちを整えると人生がガラッと変わる。毎朝「今、どんな気持ち?」って自分に質問するだけ。でも、それだけだと、飽きちゃって続かないかもしれないから、著者は30の問いや行動などを提案してくれている。それらをまとめておけるプロダクティビティシートもダウンロードできる。
30といえば1ヶ月。1日1分の質問や行動は小さいが、30回積み重ねれば習慣としてはかなり充実したものになり、これを1年間12回繰り返せば毎日ただ時間に追われている生活が大きく変化するであろうことが想像できる。
最初の問い「今、どんな気持ち?」はささやかで、そんなささやかなアクションについて本1冊も読むべきことがあるのかと思い、読み始めたが、積み重ねが生み出す変化を実感させ、一つ一つの習慣は1分でできるというのもなので、明日からやってみようと思わせられる。仮に1か月で変化を実感できなかったとしても、使う時間はたったの30分だ。
タスクを細かく切る、一つ一つは容易にたどり着けるようにする。これはフルマラソンを走るような大仕事でも推奨される方法だ。まずは明朝1分間、私は最初の問いを自らに投げてみよう。
執筆=難波美帆 グロービス経営大学院 教員
10位:メタバース進化論――実装ハードルや論点を整理する、本格的かつバランスの良い紹介書
『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』
著:バーチャル美少女ねむ 発行日:2022/3/19 価格:1,980円 発行:技術評論社
オタクチックな美少女イラストの表紙と「バーチャル美少女ねむ」という著者名に一瞬引いてしまう人もいるかもしれないが、内容は極めて本格的かつバランスの良いメタバースの紹介書となっている。
数年前からメタバースのイノベーターユーザーで斯界の有名人でもあった著者が、実体験やそこでの感想を生々しく書いていること。さらには日本だけではなく海外の先進的なヘビーユーザーに幅広いアンケートを行い、その結果をもとに議論を進めていること。これらもあり、他の評論家の書いたメタバース解説書とは一線を画している。関連テクノロジーや経済の問題にもページを割いていてわかりやすいし、それ以上にメタバースが広がり「分人」化が進むことで人間はどう変わっていくのか、そもそも人間の存在とは何なのかといった哲学的な問いも投げかけてくれている。
メタバースが今後どのように進化してくのかを正確に言い当てることは現時点では難しいが、少なくとも何がハードルとなったり論点となるのかの勘所は本書でかなり掴みやすくなるだろう。ページの合間合間に入るビジュアルも楽しい一冊だ。
執筆=嶋田毅 グロービス経営大学院 教員
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