今年3月発売の『起業の失敗大全』から2章「良いアイデアと悪い相棒」の一部を紹介します。
最近ブリッツ・スケーリングという言葉をよく聞きます。特にネットワーク効果が働くビジネスにおいて、起業初期にスピードを何よりも重視し、指数関数的な成長を遂げようという戦略です。当初は赤字が続きますが、数年後には〝Winner Takes All"の果実を得ようというものです。ただ、このやり方が常に正しいわけではありません。ビジネスモデルによっては小さく始めるスモールスタートの方が好ましいことも多いのです。起業家は、自らのビジネスモデルを正しく理解したうえで、成長のスピード感もコントロールしなくてはならないのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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スモールスタートこそ善
(アパレル系スタートアップである)クインシーの創業者たちは、有望な機会を見つけたものの、それを獲得するために必要なリソースを集めることができませんでした。(関連記事:起業家の成功に業界知識はどの程度影響を与えるのか?)クインシーが追求した事業機会の特性が、リソースを集めるという課題をより難しいものにしました。アパレルのデザインと製造は複雑なプロセスであり、多くの専門的な機能の緊密な連携が必要です。このような場合、業界での経験が重視されますが、2人にはそれが不足していました。
さらに、計画した生産プロセスがうまくいくかどうかを事前に証明するための、リーン実験(立ち上げ初期の過大な投資を避け、最低限のプロトタイプまたは最小限の商品数で試行すること)ができないという問題もあります。
2人は販売会でのテストはしましたが、アパレル製品をサンプル量で生産することは、大量に生産することとはまったく次元が違います。2人は、従業員や投資家に対して、販売会のテストで需要が存在することをある程度示すことはできても、経営をうまく行えることを事前に証明することはできませんでした。リソースを提供する側は、それを信じて行動しなければなりません。
もう1つの課題は、大量の在庫を持たなければならなかったことです。クインシーのサイズ対応の方法では、従来のアパレルメーカーが生産するよりも多くのSKU(Stock Keeping Unit : 在庫管理単位)が必要でした。十分な在庫を持つためには資金が必要です。そして在庫を持つことはリスクです。もし失敗すれば、大幅に値引きをしなければなりません。
また、アパレル製品は、季節ごとにコレクションを展開します。クインシーに必要な資金は額が大きいだけでなく、ばらつきがありました。2つのコレクションに加え、3つめのコレクションを展開するためには、多額のシード資金が必要でした。
つまり、スタートアップは、
1)異なるスペシャリストの仕事を緻密に調整しなければならない
2)物理的な商品在庫が必要
3)多額のまとまった資金を必要とする
といったケースにおいて、「良いアイデアと悪い相棒」の失敗パターンに陥りやすいのです。
一方、ツイッターのような純粋なソフトウェアのスタートアップの場合、立ち上げ時に必要な経営資源は、それほど多くありません。少人数のエンジニアチームが作ったツイッターのサイトは、有料のマーケティング活動を行わなくても、自然に広がっていきました。必要な資金も少なく、物理的な在庫もありません。ツイッターが成長するにつれ、コミュニティへの対応、サーバーのインフラ管理、著作権の遵守など、さまざまな領域を担当するスペシャリストが増えていきましたが、初期はこうしたスペシャリストは不要でした。
「悪い相棒」のリスクに直面している起業家が、成功の確率を高めるためにできることは何でしょうか? それは、「リソースの強化」と「機会の制約」という、2つの大きなカテゴリーに分類できます。本章ではここまで、リソースの強化に関してさまざまな議論を行ってきましたが、必要な経営資源を集めることができないかもしれないとの懸念を抱く起業家は、機会を制約するという方法も検討する必要があります。
少なくとも最初は、コンセプトが確立されてリソースを集めやすくなるまで、ビジネスの範囲を縮小するのです。スタートアップの常識では、成長こそがベンチャーの最大の目標であるとされているため、このアプローチは直感に反しますが、「大きくなるためには、小さく始めるべき」ということです。
『起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン』
著者:トム・アイゼンマン 訳:グロービス 発行日:2022/3/30 価格:2,970円 発行元:ダイヤモンド社