起業家の成功に業界知識はどの程度影響を与えるのか?

起業の失敗大全

今年3月発売の『起業の失敗大全』から2章「良いアイデアと悪い相棒」の一部を紹介します。

起業家には様々な資質やスキルが求められます。ビジネスに対する献身的な姿勢、ビジネス知識、人的ネットワークなどがその典型です。そしてそれと並んで必要となるのが業界に関する知識や知見です。たとえばゲームを一度もプレイしたことのない人間がゲーム会社を起業するのはやはり難しいでしょうし、成功の確率も低いでしょう。もちろん、業界の知識があるからといって成功が確約されるわけではないですが、その確率を高めるのは間違いありません。ただ、どこまでの業界知識があれば十分なのかを判断することは現実的には難しいです。起業家本人に知識がなくとも、それを持つパートナーを探すという方法もあるからです。結局、起業家が見出した事業機会に対し、どこまでの業界知識を初期の段階で持つべきかを正確に見積もるのは意外に難しいのです。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

◇    ◇    ◇

起業家の側の問題

(アパレル系スタートアップである)クインシーの創業者の2人は、「ハッカーとハスラー」のような関係でした。ネルソンはMITで学んだエンジニアであり、戦略やオペレーション上の問題に対して、分析的で規律正しいアプローチをとりました。一方、ウォレスにはカリスマ性があり、スタートアップの大胆なビジョンを売り込むことができました。一方で、彼女らには2つの弱点がありました。それは、アパレル業界での経験が不足していたことと、「どちらがボスか」を明確にしていなかったことです。

業界経験の不足

ネルソンは、さまざまなアパレル小売業者のコンサルタントを務めた経験があり、HBSの1年目夏のインターンでは、エルメスで在庫の最適化に取り組んだこともあります。しかし、2人には、衣服のデザインと製造に関する実務的な経験がありませんでした。

当初、彼女たちはデザインは自分たちで行い、製造は製造マネジャーに任せることができると考えました。しかし、それは現実的ではなく、結局2人はプロのデザイナーを雇います。徐々に、デザインと製造には多くの作業が必要であること、そしてその作業には多くの専門的な役割(テクニカルデザイナー、パターンメーカー、サンプルメーカー、ファブリックカッターなど)があることを知りました。学べば学ぶほど、生産プロセス全体をゼロから構築しなければならないことが明らかになったのです。

やってみるなかで判明した、品質上の問題もありました。同じような生地でも、伸縮性が違えばフィット感は変わりました。ジャケットのラインに使った生地から、汗でピンクの染料がにじみ出ることもわかりました。モデルとなったネルソンの手首が平均より細かったため、ブラウスの袖口がほとんどの女性に合わないことも想定外でした。

「良いアイデアと悪い相棒」という失敗パターンの核心は、起業家の、業界に関する経験不足にあることが多いものです。結局のところ、有望なアイデアがあっても、それを実行するための知識や経験がなければ、うまくいきません。クインシーのビジネスは非常に複雑でした。デザイン、生地の調達、パターン(アパレル製作のための型紙)の作成、アパレルの製造、品質管理、出荷など、さまざまな作業を緻密に連携させる必要がありました。

業界での経験がない起業家は、有望な候補者を集めるネットワークがないため、人材を集めるのに苦労します。また、投資家は、どこに地雷が埋まっているかがわからない起業家のチームを警戒します。では、クインシーの2人のような起業家は、この問題にどう対処すればよかったのでしょうか?

経験者の獲得

まず、より経験豊富な共同創業者や、ベテランのシニアマネジャーを採用するという手がありますが、これは堂々巡りになってしまいます。2人は、アパレルに詳しい共同創業者を採用しようとしましたが、うまくいきませんでした。理由は簡単です。アパレル企業のデザインや生産を担う人材には、他の有望なベンチャーの起業など、魅力的な仕事がたくさんあるからです。もしそうなら、その候補者は、良いアイデアはあるものの実績がなく、1年分のランウェイ(予想される収益とコストを考慮して、営業を続けられるだけの現金)しかない2人のMBAを、手伝おうとするでしょうか?

アドバイザーの獲得

第二に、戦略やオペレーションに関するアドバイスをアドバイザーに求めること、そしてアドバイザーのネットワークを活用して経験豊富なマネジャーを集めることができれば理想的です。クインシーの創業者たちは、良いアドバイザー何人かと関係を持っていましたが、もっと多くのアドバイザーを探すべきでした。彼女たちは、リードインベスター(主導的なVC)がファッションテック分野での経験や人脈を持っていると考えていましたが、最終的にはVCからの支援に失望しました。

自らの経験の獲得

最後に、マスターするには何年もかかることを承知のうえで、自分たちで特定の業界知識を得るために、より多くの時間と努力を注ぐ、という方法もあります。クインシーの創業者たちが、アパレルのデザインと製造のプロセスをマスターするには、確かにそれだけの時間がかかるでしょう。もし2人が起業する前に、アパレル製造や在庫管理の課題について、もっと時間をかけて研究をしていたら、少なくとも採用活動をより正確に行うための十分な知識を得られたでしょう。ネルソンは失敗後の分析で、2人がコンサルティングの仕事を辞めるのは早かったのではないか、と考えました。振り返ってみると、フルタイムの仕事をしながら、自分たちのコンセプトを精査し続けるべきでした。しかし、このようなゆっくりとしたアプローチは、機会が限られていると考える起業家にとっては、有効な選択肢ではありません。

起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン
著者:トム・アイゼンマン 訳:グロービス 発行日:2022/3/30 価格:2,970円 発行元:ダイヤモンド社

グロービス出版
グロービス電子出版

RELATED CONTENTS