修羅場において、共感や信頼で組織を率いる「全人格的素養」とは ~カインズ高家正行

本記事は、2018年4月に開催されたグロービス特別セミナー「リーダーの人格は修羅場で磨かれる ~プロ経営者の挑戦~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)

高家正行氏(以下、敬称略):今日は「リーダーの人格は修羅場で磨かれる」というテーマをいただきまして、私の経験を中心にお話ししたいと思います。

私は大学卒業後、現在の三井住友銀行に入りまして、本部や国内支店に勤めながら35歳まで銀行に在籍していました。その間に、「プロ経営者になりたい」との思いが芽生えA.T.カーニーという戦略系のコンサルティング会社に転職しました。10数年勤めたとはいえ銀行の看板を外すと何もできないので、「まずは実力をつけよう」と。35歳で新卒と机を並べ、ロジックや仮説思考といった、それまで馴染みのなかったことと格闘しながら、プロ経営者への修行として5年を過ごしました。

その後、いよいよ実践に出ようと考え、40歳で現在のミスミグループ本社に転職しました。ミスミには12年ほどいましたが、入社して5年経った45歳のとき、2代目社長の三枝(匡氏)から「次の社長をやってくれ」と言われ、以降6年間、社長や副会長を務めました。

今は小売りホームセンターのカインズという会社で副社長(2022年4月現在は社長CEO)、そしてEPSホールディングスという東証に上場するヘルスケア企業で非常勤役員を務めています(2022年4月現在非上場化し、マネジメントアドバイザリーコミッティーに就いている)。タイプはだいぶ異なりますが、どちらもオーナー系企業。ともに第2の創業を目指すフェーズでご一緒しています。このほか、カインズが出資する大都というベンチャー企業でも社外取締役を務めています。

今日お話しする「リーダー」というのは経営リーダーのことで、スポーツや芸術のリーダーではありません。経営リーダーの人格、そしてそれが磨かれる修羅場とは何かというお話になります。皆さんも経験しているような経営の修羅場のお話ですね。事例としてミスミでの2つの修羅場についてお話ししながら、そのなかでリーダーとして何が磨かれたのか、そしてリーダーとして何が必要だったのかを振り返ってみたいと思います。また、時間が許せばカインズやミスミの経営全般についても、お話できればと思います。

経営リーダーに求められる3つの人格

では、まずリーダーの人格についてお話をさせてください。経営リーダーについて書かれた本は世の中に数多くあり、「経営リーダーとは」という問いに対しても様々なアカデミアの研究があると思います。ですから、これはあくまで私の見方です。35歳からプロ経営者を目指し、企業トップも5年以上務めたなかで、私が考えるようになった経営リーダーに必要な人格とは、3つあると考えています。

まずはマネジメントスキル。言わずもがなです。グロービス受講生の方々は日々勉強していると思います。さまざまな論理思考や経営のフレームワークは、持っていないより持っているほうが絶対に役立つものだと思います。

2つ目は企業家精神です。強い志、意思、あるいは大きなビジョンですね。経営リーダーとなるためには、これを兼ね備えていなければいけない。この2つは個人によって強弱があると思います。すごく論理思考性が強い経営リーダーもいれば、すごくビジョナリーな経営リーダーも、それは個性のレベルですが、この2つは高いレベルで併せ持っているべきと思います。

その2つを兼ね備えたうえで、最後に大事なのが「全人格的素養」です。共感や信頼によって人や組織を引っ張っていく人格です。共感や信頼が生まれる裏には、その人の人生観や歴史観、あるいは哲学といったものが必要だと私は考えています。

マネジメントスキルは時間をかけて勉強すれば誰でも一定レベルで身につくものだと思います。一方、企業家精神、つまり強い志や意思、あるいは果敢にリスクを取るマインドやビジョンは、どちらかというと先天的な要素もあるように思っています。この2つが自分のなかに芽生えたうえで、最後にどこまでも満たされないというか、磨き続けなければいけないのが全人格的素養ではないかな、と。私自身も、どうすれば全人格的素養を磨いていけるのか、常に自問自答しています。

優れた経営リーダーは、この3つを高い次元で兼ね備えている必要があると思います。それを実践で発揮することが重要です。いくらマネジメントスキルがあっても実践で発揮できなければ、学者さんやコンサルタントとしては問題ありませんが、経営リーダーとしては駄目。もちろん企業家精神も同じですし、全人格的素養も、まさにビジネスにおいて発揮できることが重要だと考えています。

単に「きつい」だけが修羅場ではない

では、そうしたリーダーの人格が磨かれる修羅場とは何か。特に経営の修羅場とは、単に「きつい」だけのものではないと自身の経験からも考えます。修羅場に必要な要素は大きく3つあると考えています。1つは非常に複雑で難易度の高いプロジェクトや経営課題であることが、修羅場として必要な要素だと思っています。

2つ目は、その修羅場を解決するための権限が与えられていること。プロジェクトでも子会社でもいいのですが、任されていることが条件だと思います。加えて、トップになる前の修羅場としては、できれば辺境の地であること。本社の中枢や社長の関心事から少し離れたところにあり、ステークホルダーが少ない修羅場のほうが、比較的思うようにできますし、失敗のダメージも小さいので。

3つ目が結構大きなポイントだと思っています。経営トップになる前、皆さんが修羅場を任されるリーダーになるとしたら、皆さんの上に優れた上司やプロジェクトオーナーがいること。これが修羅場で磨かれる大きな要素だと思います。では、優れた上司やプロジェクトオーナーとは何か。たとえばリーダーである皆さんに対し、ハンズオンでやるときと全権を委ねるときで、上手く使い分けてくれるような上司です。また、すでに上司自身には課題が見えていて、「この課題はこういうことだろう」という仮説を持っていること。上司にも見えていない課題を部下にやらせるような上司ではダメで、上司自身視座が高く視野が広い上司ことが必要です。

そういう上司のもとで修羅場を経験すると経営リーダーとして伸びると、自身の経験から感じています。私がリーダーのときも、そうした上司やオーナーがいました。逆に自分が経営トップとして部下に修羅場を託すときは、私がその役割を担うようにしています。こうした要素を兼ね備えた修羅場で、全人格的素養を持ったリーダーが育つと思っています。

乗り込んだ経営統合先にはイスもなく…

さて、ここからは私が経験した2つの修羅場についてお話しします。平成16年、ミスミに入った私の最初の仕事は、ミスミにとって1番のサプライヤーだった駿河精機(以下、駿河)という会社の買収でした。そのプロジェクトで私は責任者を任され、買収自体は上手くいきました。商社のミスミとメーカーの駿河による経営統合。いわゆる垂直統合ですね。駿河にとってもミスミは1番の大口顧客。重要なステークホルダー同士の垂直統合という非常に分かりやすい戦略で、マーケットからも高く評価をされました。

世間でよく使われる「持たざる経営」という言葉は、ミスミ創業者の田口(弘氏:ミスミグループ本社創業者)さんが初めて使った言葉だと思います。ノンコアな経営リソースを持たない、いわゆるアセットライトな会社をミスミは目指していました。そんなミスミが初めて製造業をグループに取り込むということで、「持たざる経営からの転換」といったことを当時新聞にも取り上げてもらいました。

互いによく知る間柄である一方、片や商社、片やメーカーであり、片や東京の会社、片や静岡の会社。何から何まで違いますから、持ち株会社をつくり、互いを尊重しながら経営統合を進めようという戦略でした。

ところが、買収して1年のあいだに何が起きたか。当時の駿河は東証二部に上場していましたが、当然ながら経営統合で上場は廃止。それで駿河社員からは「せっかくの上場をなぜ廃止するのか」という声が上がっていました。また、当時は持ち株会社設立による経営統合であり、あくまで対等な合併であると謳っていましたが、規模も5倍ほど違い、メーカーからは「対等とは名ばかりじゃないか」といった気持ちが沸き起こっていたわけです。

さらには、「ミスミ向けの事業はなかなか儲からないから多角化しよう」と取り組んでいたのが逆戻りし、また、ミスミ流のきめ細かい経営管理を窮屈に思う意見もありました。それで、買収後1年ほどでさまざまな不協和音が出てきていた。1年後には当時駿河のトップだった方もお辞めになってしまい、両社の関係は非常に悪化していました。当時、社内では「近親憎悪の関係」といった言葉で語られていたほどです。

私の修羅場経験はここからです。経営統合してから1年経った段階で「この状況はまずい」と、当時のミスミ社長に言われ、私が駿河に乗り込むこととなりました。着任した初日のことは今でも覚えていますが、まず引継書がない。それは覚悟していましたが、イスもなく、どこに座っていいかも分からない。また、ミスミからは若い部下を1人だけ連れて行ったのですが、彼は私と同じく銀行出身。「東京から地方への転勤は左遷」という金融界特有の意識もあり、奥さんが赴任に大反対したりと、かなりマイナスからのスタートでした。

いわゆる親会社から落下傘のような形で着任した私が、リーダーとして何をしたか、何をしなければいけなかったのか、そのとき必要だったリーダーシップとは何だったのか。あとからの振り返りも含め、そのお話をしたいと思います。

当時どんなことを考えていたのかというと、まずミスミグループは事業展開が非常に速い会社であり、それを緩めることはできません。一方で、先ほど申しあげた「近親憎悪」のようなマイナス状況にあり、放っておくといつか組織が崩壊してしまうとも考えていました。そこで私が立てた改革のゴールは、製販一体のグループ経営を成し遂げること。ただ、「そこまでは相当な時間がかかるな」と、私のなかで2年という時間軸を立てました。私自身が統合の交渉をしていたときに思い描いていた、「製販一体の組織が出来上がると、この統合は上手くいく」というグランドデザインに、なんとか2年で持っていこうということで動き出しました。

そこでどんなリーダーシップが必要だったのか。こじれた状況において、もはや理屈で人は動きません。ですから、リーダーシップに必要な人格という意味では、とにかく「駿河を良い会社にしたい」という強い意志を前面に出すこと。「自分は駿河の代表であり、決してミスミから送り込まれた人間ではない」と。そのうえで、駿河にとって良いこと、そしてグループ全体にとって良いことを、唯一の意思決定の軸にしていこうと考えました。従って、1人だけ部下を連れていった以降はミスミからの応援人員も一切不要であるとミスミに宣言し、必要な人材はすべて外部から採用していきました。

「駿河をいい会社に」という志でスタートしたうえで、あとはいかにして共感と信頼を得るか。ここは小さな成功体験の繰り返ししかなかったと思います。まずは志があり、そこに何がしかの実行と小さな成功体験を重ね、結果的には2年間で目指すところまでいった、と。その2年で徐々に会社のマインドが変わっていったと思っています。理解して欲しいのは、戦略(事業計画)を立てて実行するようなアプローチではなく、組織・人を変えていくことを軸にしたことです。のちほどリーダーシップの要素を分解していくうえで、この話を覚えておいていただければと思います。

「買収なんかされないぞ」というプライドを前に

次の修羅場の事例は、そこから8年ほど経った、私がミスミの社長になってからの事例です。そのときは100億円台でアメリカの金型部品メーカー買収を仕掛けました。当時、日本の金型メーカーはどんどん業績を落とし、海外の企業に買われたりしていた時期でしたので、市場からも総じて高い評価をいただきました。

一昔前まで金型は日本のお家芸でしたが、「日本のお家芸はどこに行ったのか」「日本の製造業もこれで終わりか」といった空気があった時期です。そこで日本企業のミスミがアメリカの、しかも本家の金型部品メーカーを買収した。それで当時はメディアにも「日本製造業復活の狼煙」なんて書かれたりしました。戦略的に言っても、その買収で金型部品の市場ではグローバルな相対シェアが2.0を超えるぐらいにまでなり、かなり強固なグローバル基盤を築けるという明確な事業戦略で実行しました。

一方で、駿河買収時の反省もあり、買収後のPMI(Post Merger Integration)ではミスミから約10人近い精鋭チームを送り込んだほか、本社トップである私も会長に就任してコミットしました。毎月必ず1週間はアメリカに滞在し、経営会議等に参加しました。帰国したら今度はミスミの経営会議を行うということを続けました。アメリカ側の経営陣も優秀だったので、そのまま彼らに経営をしてもらいながら、ミスミ側としてもチームを送り込んで、かつミスミ本社もコントロールするということで、上手く動いていきました。

ところが、ここにも結構な落とし穴があり、修羅場と言えるほど難しい経験をしました。何が起きたのか。金型部品のものづくりは、実は米国メーカーのほうが本家本元でした。日本のメーカーはそのつくり方を習得して自国に持ってきたようなところがあった。ですから、彼らは非常にプライドが高かった。買収前に行われた彼らによるプレゼンテーションの最終ページにはアメリカ国旗が描かれていましたから。「日本企業なんかには絶対に買収されないぞ。我々のほうが優れているんだ」といった感じでしょうか。

また、この会社は長年ファンドの傘下に置かれていて、短期利益志向でした。その期ごとにEBITDAをあげないといけない。ファンドが持っているとほぼそうなります。そういう経営を続けていたので、事業会社としてサステナブルな成長を目指すミスミとは、そもそも考え方が一致していなかったということも露呈してきました。

年齢的に、経営陣は私より一回り以上年上の方がほとんどで、非常に老獪でした。ある意味で面従腹背。‘yes, sir.’と言いますが、翌月何ひとつ進んでいなかったといった話がしょっちゅうでした。チームを送り込み、私もフルコミットして、本社もがっちりと組み込んでいましたが、最初はなかなか思い通りに進まなかったわけです。

そこでは、どんなゴールを設定したか。アメリカの会社のPMIですから、基本的に短期決戦だろうと思いました。皆さんもご存じだと思いますが、GEの「100日プラン」のように、買収した会社を100日でガラッと入れ替えたりすることを、米国企業は皆理解しています。ですから、「日本の会社もそういうことをしてくるだろう」と、戦々恐々と身構えていた。

ただ、残念ながら我々に3か月でそれをやる能力はなかったので、6か月に設定しました。ゴールは、6か月後に買収のシナジーを生み出すためのアクションを始動させよう、と。そこにはおそらく痛みを伴うリストラ的なこともやらなければいけないだろうと覚悟しました。

そのうえで、6か月後に現地の経営陣自らが語る改革プランを出してもらう形にしました。我々が株主として出す改革プランではなく、現地のトップが、「自分たちはこういう改革をしなければいけない」というプランを出してもらうことをゴールにして動き出しました。

このPMIのマネジメントにおいてどのようなリーダーシップが必要だったのか。その米国企業は駿河ともバックグラウンドがまったく違っていて、一番重要だったのは論理思考でした。とにかく徹底的に、相手に隙を見せないぐらい客観的数値でレビューする。もっと言えば「コテンパンにする」ということです。「ここは駄目でしょ。そこも駄目でしょ」と。もちろん良いものは認めますが、とにかく数字に基づいた会話で相手に危機感を持たせたということです。

ただ、気をつけていたこともあります。アメリカの人々と一緒に仕事をされた方はお分かりかと思いますが、アメリカでは自分の非を認めると基本的にクビとなってしまうと考えている人が多い。特にマネジメントクラスはそうした雇用関係にありますから、自分の非を認めません。必ず言い訳をしてくる。「それは俺のせいじゃない」と。

でも、まずいものはまずいと認めさせなければいけないので、特定の個人や部署の責任に顕在化することを避けました。そのうえで、「あなたも悪いし、そちらも悪いし、こちらも悪いよね」と。製造にも販売にも品質部門にも数値を見せて、全員に危機感を持たせ、反省してもらうということを徹底的に行いました。

我々は投資家ではありません。事業パートナーになり世界で2.0の相対シェアを持つまでになったわけです。グローバルナンバーワンになろうという強い思いと戦略でやっていたのであって、基本的には持続的なパートナー。従って、ダメな部分を徹底的に表出ししますが、それだけでは困る。ダメ出しとリスペクトを上手く織り交ぜ、6か月後に先ほどお話ししたアウトプットを米国の経営陣から出してもらいました。

ここまで、お話した2つの事例はどちらも経営統合後のいわゆるPMIアクションですが、振り返ると、当時必要とされていたリーダーシップはまったく違っていました。皆さんにもそうした部分をシェアできればと思っています。

平時と戦時 トップに求められる2つの動き

ここまでご紹介したうえで、ではリーダーには何が必要か、少し普遍化したお話をしたいと思います。まず、リーダーの置かれた環境は、平時、そして戦時(有事)とで、まったく違う点は皆さんもお分かりかと思います。会社全体が有事となると相当まずい状況ですが、普通は調子の良い部門と悪い部門、つまり平時と有事、どちらも存在する状態なのだと思います。従って、本当のトップは両方の動きができなければいけない。

ただ、この2つはリーダーが置かれた環境として真逆です。平時は時間軸のコントロールが自分でできます。普通は比較的中長期で考えることができ、たとえ失敗してもやり直しが効きます。一方で戦時は条件がすでに決まっていて、3か月後や半年後に「こういう成果を出さなければいけない」という短期戦の一発勝負。そこで失敗は許されません。目標も、大局観のある設定ができる平時に対し、有事はそんな余裕のあることも言っていられませんから、目の前の目標を一つひとつクリアしていくことが必要になると思います。

組織運営では、平時は部下に任せられますが、戦時は自らハンズオンで動かなければなりません。マネジメントのスタイルも、全人格的に大所高所からふるまえる平時と比べて、戦時はときに偏執狂と言われるほど細かくこだわらないと橋を渡れません。かつてインテルを立て直したアンディ・グローブの『パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか』(日経BP)という書籍が私は大好きです。インテルの立て直しも、まさに「偏執狂のみが生き残れる」という状況だったのだと思います。

部下の選定においても、普段はポテンシャルのある人間を起用し創造性や多様性を期待しながら取り組めますが、戦時は違います。与えられたミッションを絶対にクリアしないといけないので、部下を集める際も、そうしたスキルを持っているか否かで選別することになります。基本的な価値観も同様ですね。強烈な勝ちパターンを実行する平時に比べ、戦時はその勝ちパターンがそもそも壊れているわけで、既成概念をぶち壊さないと物事が前に進まない。このように両極端な経営を、トップは同じ時期に使い分けなければいけないのだと思います。

共感や信頼で組織を動かせるか

経営リーダーの思考を要素分解してみます。先ほどお話しした事例から得られる教訓の1つは、戦略バランスが重要になるという点。戦略バランスについてはのちほどご説明しますが、いずれにしても今日お話しした駿河と米国企業の買収規模は同じぐらいでしたが、買収後のアクションはまったく違っていた。これも戦略バランスから来ることだと考えています。

2つ目は、どうすれば人や組織が動くのかという動機付けを考えないといけない点です。特に戦時はこれを間違えると人も組織も動かなくなる。短期でかつ容易に動せるのはトップの指示ですが、それで動く組織ならそう危なくはなりません。そうなると、先ほどお話ししたように米国企業は労働慣習も違うことですし、ときには恐怖心を煽って動かすことも必要になる。もちろんお金に余裕があれば報酬をインセンティブにすることもあります。

難しいのは本当の意味で危機感を持って動いてもらうこと。それができれば大きな一歩になりますが、経験から申し上げると、トップが危機感を口にすることで本当に組織の末端まで危機感を持ってくれるかというと、大いに疑問です。最も望ましいのは共感や信頼で動かすことです。最も持続する組織の動かし方でもあると思いますが、これが最も難しい。組織の上に立つリーダーは、そのとき置かれた状況や会社、部署、あるいはプロジェクトに応じて、どんな動機づけで組織を動かしていくかを常に考えなければいけないのだと思います。

3つ目の教訓は、自分の周りにチームをつくることです。経営トップやプロジェクトリーダーも自分1人で仕事を進めるわけではないですから、妥協なくベストなチームを組む必要があります。1人で何役もやることはできますが、気概あるリーダー、プロフェッショナルなスキルを持つ専門人材、そして冒頭で申し上げた、それらを上からしっかり見てくれるスポンサーやオーナーは不可欠です。そういう人々がいる経営チームをつくらないと、いくら正しいことをやってもなかなかゴールに辿り着けないと感じます。

4つ目は、実行においては「一寸先は闇」と心得ること。ここは胆力勝負です。たとえばリーマンショック前後におけるミスミの売上推移を見てみましょう。私はリーマンショックが起きたタイミングで社長に就任しました。そこで何が起きたか。世界不況のなかで四半期売上が5期連続減となり、ようやく6期目に反転しました。

何が言いたいのかというと、たとえば私が社長に就任した時点では4期連続減の風景しか見えていなかったわけです。6期目で反転したといっても、就任時に見えていたのは4期連続減で、そこから先、まだ落ちるのか、それとも反転するのか、分からなかった。「当たり前じゃないか」と言われるかもしれません。でも、自分がトップに立ったときは、来月あるいは次の四半期で売上や利益が反転してくれるのかどうか、自分の打ち手の効果が出るまでじっと待たなければいけない。そこで最後は胆力が必要になるのだと考えています。

一方で、胆力だけでは駄目。数字となって表れる前に、現場に現れるさまざまな兆候を掴むことも重要です。上になればなるほど現場からはたくさんの情報が上がってきます。リーダーはそれがノイズなのかシグナルなのかを見極めないといけない。

まずは数字に表れるより先に現場が変わりますから、現場の出来事をきちんと見ること。現場で起きたことの因果関係を考えることも大切です。その出来事の1つ前、あるいは後のことを考えると、なぜそれが起きたのか、なんとなく見えてくる。当然、現場を見ているので帰納法で考えます。「この事象が起きているということは、打ち手が上手くいっているのでは?」といった発想ですね。また、そういう兆候は本丸のところでなく、だいたいにおいて亜流のところで出てきます。ですから、そういうところにも目を配ることを私自身は気をつけています。

そして5つ目の教訓は、賛同者を増やすこと。ステークホルダーマネジメントが大事だと考えています。リーダーとは相対的なもの。フォロワーがいてはじめてリーダーと言われるわけです。では、フォロワーとは誰か。組織であれば下の人に加え、同列の他部門トップも賛同者にする必要があります。自分に上司がいるなら、そうした人々にもフォロワーになってもらわないといけません。

成果がなかなか出ないと、次第に改革に対して疑問の声があがりはじめます。それを放置しておくと、あるとき潮目が変わる。するとどうなるか。皆さんもその苦い経験はあるかもしれませんが、下の人から批判の声が出てきます。つまり後ろから弾が飛んできます。もっと悪いと部下の裏切りのようなことも起きます。もっと酷いのは、「私は知りませんでした」と、上の人に梯子を外されること。そういう上司がいたら不幸と言わざるを得ませんが、責任逃れをしてくるような人も時にいます。

また、最初は「大変だね」「頑張ってね」といって改革を傍観していた人も、だんだん非協力的になったり、さらには妨害してくることもあります。決して悪意があるわけではないのに。組織は生き物ですから、残念ながらそういったことも起きてしまう。そこまで目配りをしながら賛同者を増やして改革を進めないと、有事に短期一発勝負で乗り切るとき、足元をすくわれることもあると考えています。その意味で、アーリーサクセスというのはチームのモチベーションを維持するためだけでなく、上、横、下のステークホルダーをきちんとグリップしておくためにも必要なのだと思います。

「資金」「損益」「組織」の順で考える

ここで、先ほど少し触れた「戦略バランス」のお話をさせてください。私は「資金」「損益」「組織」「市場」「戦略」、そして「ステークホルダー」の順番で考えています。まずはキャッシュですね。特に会社を任されたときは、キャッシュがいつまでもつかが時間軸を決める最大の要素になります。その次が明日のキャッシュを生む損益。損益の水準はもちろん、上昇傾向にあるのか否かといったトレンド、そして損益の質、中身も見る必要があります。

その次が組織です。まずは組織のケイパビリティ。それと、ファジーな言い方ですが、改革を受け入れる“体温”があるかどうか、そしてどれほど人材がいるかも大事です。競合や外部環境といった、自社の置かれた市場環境について考えるのはその次ですね。で、さらにそのあと戦略を考える、と。私自身はコンサルタントをやっていましたし、若い頃はともかく「戦略、戦略」という感じでしたが、今はこういった順番でものを考えています。そして最後に考えるのがステークホルダー。ステークホルダーによって戦略の中身が変わることもあるためです。

いくら良い戦略を描いても実行できる組織能力がなければ意味はないわけで、自分の組織に実行できる身の丈に合った戦略を選択しないといけません。先ほどの米国企業買収に関しても、実は私が社長になる前、買収する数年前もミスミに同じ話はきていました。でも、そのときは「買収しない」と当時の社長が判断した。最大の理由は組織です。まだアメリカの会社を買収してマネージできる組織能力が自分たちには備わっていない、と。それができる人間も少ないということで見送りました。それから数年後、ミスミ自身も成長し、組織能力が備わってきたということで、同じ案件でも戦略のディシジョンが変わったという経緯があります。

さて、ここまでお話ししたうえでミスミの売上推移を改めて見てみます。私が社長になったのはリーマンショックが起きたとき。社長になって2期は減収減益でした。ですから、いかに脇を締めてこの荒波を乗り切るか。戦略バランスで言えば、当時は資金が潤沢なミスミでさえ「資金は大丈夫か?」ということをまず計算しました。そのうえで打ち手を組み立てた、と。そのあと業績がグッと上がったのは、米国企業の買収による数字がフルイヤーで乗ったときです。そうしてPMI完了させるところまで私が社長を務め、今は大野(龍隆氏:ミスミグループ本社代表取締役社長)さんがその後を引き継いでいます。

一方、カインズは非上場なので数字は割愛させていただきますが、ここ30年間の売上推移を見てみると、途中で5年ほど足踏みをしているものの、その後は着実に成長しています。ただ、現在の小売業はどの業態もオーバーストアで、経営効率の数字はどれも下がっています。ですから新たな事業価値をつくらないと成長は持続できない。そこで今は大きな改革を、創業2代目の社長とともに進めています。この辺も、のちほどご質問があれば可能な範囲でお答えしたいと思います。まずは私の話は以上です。ご清聴ありがとうございました。(後編に続く)

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