スタートアップに成功の方程式はないが、失敗のそれは存在する。その失敗のパターンを、HBSの教授であり、エンジェル投資家でもある著者が、アーリーステージで3つ、レイターステージで3つ抽出して紹介したのが本書である。VCとして多くのスタートアップに伴走してきた私も「あるある」と膝を打つものばかりだ。既に起業している方なら、よりリアリティをもって読めるのではないか。
有能なスタートアップは、なぜ失敗するのか
アーリーステージのスタートアップが陥りがちな罠の1つとして挙げられているのが、「フライング」だ。資金をつぎ込み開発したプロダクトを市場に出してみたら需要がない、ピボットしようにも開発資金はすでに使い込んでいる――ということは多々ある。
プロダクト開発以前に、資料ベースでコンセプトをユーザにヒアリングで確認する、最低限の機能を持ったMVP(Minimum Viable Product)で小規模なユーザに使ってみてもらい確認するといったことは可能なはずで、開発を急ぐあまり、ステップを飛ばしたために起こる悲劇といえる。資金調達をした起業家の頭には、「プロダクトがなくては始まらない」という焦りがある。しかし、狙っているターゲットユーザに刺さらないプロダクトは無用の長物となってしまう。
もう1つのよくある失敗は、データを都合のいいように解釈してしまう「擬陽性」だ。例えば、先進的なプロダクトが、テック業界で話題を席巻し、業界内のユーザがたくさん増える、しかしもてはやされたもののマスに刺さらず、ビジネスとしてスケールしないということはよくある。初期のトラクションの伸びからPMFしたと喜んだが、蓋を開けてみれば尖った業界人しか使わなかった、間違ったセグメントにPMFしてしまったというわけだ(私はこれを「業界セレブ」と呼んでいる)。
GCP(グロービス・キャピタル・パートナーズ)の投資先の1つ、メルカリのUI/UXは、先鋭的でシャープなデザインというより、世代を問わず馴染みやすいデザインになっている。ともすると「普通」、「かっこいいわけではない」というイメージにも感じてしまうが、ターゲットがマスなので、「キレっ、キレ」でないくらいがちょうどよい。スケールしたかったら、メインストリームの大きなセグメントをターゲットと定義し、そこに刺さるプロダクトを作らなくてはいけない。そこと異なるアーリーアダプターに刺さったからといって、勘違いしてはいけない。
成功のエンジンは起業家自身である
失敗例をあげると切りがないが、起業の落とし穴はこんなものでは済まない。そこらじゅうに罠が埋まっている。例えば、我々VCは多様なスタートアップ、多くの業界を見てきた経験や、経営のサイエンスをもって、落とし穴に落ちないためのサポートはできる。だが、穴を全部塞いだところで成功するわけではないのが難しいところだ。
成功を導くのは、起業家にしかできない。だからこそ、我々VCも、起業家に伴走してサポートし、定型の成功の法則がない課題に対して、クリエイティブな方法を一緒に見つけて、事業を成長させることに喜びを感じる。さらには、スタートアップエコシステムの一員として、貴重な起業家が一度の失敗で終わることなく、健全に再挑戦できる環境を整えていくべきだと考えている。
それを著者は、第3章の「失敗の仕方」に書いている。ここでは、失敗したときのより良い事業の畳み方や失敗した起業家が回復するまでのプロセスが描かれる。外から見えにくい起業家の内面や失敗した“その後”に言及した書籍は珍しい。起業に失敗し、事業やパートナーを失う喪失体験に処する知恵はもっと共有されるべきだろう。
起業を志す方や既に起業している方はもちろん、スタートアップエコシステムで生きるすべての方に読んでいただきたい1冊だ。
『起業の失敗大全-スタートアップの成否を決める6つのパターン』
著者:トム・アイゼンマン 翻訳:グロービス 発売日:2022年03月30日 価格:2,970円 発行元:ダイヤモンド社