正直、本書のタイトルを見た時は、「あなたもこれで成功できる!」といった類の怪しげな本かと思った。手に取ると「セレンディピティ・マインドセットを身につけると、人生において幸運なサプライズが頻繁に起きるようになる」などと書いてある。非常に怪しい。しかし、著者の略歴(ニューヨーク大学やロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにおいてイノベーションやアントレプレナーシップを教えている)を確認し、しっかりとした業績や学術的研究をバックグラウンドにした本に違いないと思い直し、読み進めることにした。
セレンディピティとは
本書の定義によるとセレンディピティとは、「予想外の事態での積極的な判断がもたらした、思いがけない幸運な結果」のことだ。
「積極的な判断」というところがポイントだ。セレンディピティは、単に私たちの身にふりかかる“偶然なラッキー”といった外的要因ではない。セレンディピティは、例えば、バイアス(思考の偏り)を克服したり、物事の捉え方を転換(リフレーミング)したりといった「積極的な判断」によって自分を幸福に導くきっかけを能動的に見つけ、それらをつないでいくプロセスから生まれる。そう理解すると、他の人には見えない自分だけの橋(幸運な結果)が見えてくる。つまり、セレンディピティが身の回りで次々と起こるようになる、というわけだ。
セレンディピティの3つの特徴
セレンディピティには中核的な3つの特徴があるという。
① セレンディピティ・トリガーが起きる:何か予想外、または普通でないことが起きる。
② 点と点を結びつける:トリガーをそれまで無関係と思われていた事実や出来事と結びつける(バイソシエ―ション)
③ セレンディピティの発見:バイソシエーションによって、予期せぬ新たなイノベーションや新しい手法などが実現する
なお、この3つの特徴は時系列的に起きるというものでもなく、3つは互いに結びついている。それをセレンディピティ・フィールドと呼ぶ。
セレンディピティで重要なのは、予想外の出会いや情報の価値を認識し、活用する能力(セレンディピティ・マインドセット)だ。この能力は伸ばすことができるという。
セレンディピティ・マインドセットの伸ばし方
ここまで説明されると、どうやったら自分もセレンディピティを起こすことができるようになるのか知りたくなるのも仕方ないだろう。それに応え、本書では、私たち一人ひとりがセレンディピティ・マインドセットを身に付けるための科学的研究に基づいた理論的枠組みとトレーニング方法を述べている。
なるほど、巻末を見ると、そこにはグリット(やり遂げる力)、レジリエンス(しなやかさ)、ナッジや心理的安全性など、心理学や経営学など学術的見地からの膨大な参考文献が挙げられている。先ほどあげたバイアスやリフレーミングもそうだ。セレンディピティ・マインドセットを伸ばす理論的枠組みが、事例と共に簡潔に述べられている。
理論を実践するトレーニングとして、各章の最後に「セレンディピティ・ワークアウト」が付いている。例えば、第4章「自らセレンディピティを求めるには」で挙げられているワークは、「人生に感謝の習慣を取り入れよう。感謝の日記をつけてもいいし、『Gratitude』のようなモバイルアプリを使ってもいい」と記されている。至極具体的なものだ。
「セレンディピティ・スコア」を計算する質問リストも掲載されている(この質問内容も、近年の情報科学、心理学、経営学などの研究から導き出されたものだ)。定期的に質問リストに回答し、スコアの変遷から自分の変化を確認することができる。
本書を読了した筆者は、早速、「感謝日記」を付けるべくアプリをダウンロードした(当初の怪しんだ気持ちはどこかに行ってしまった!)。実践した者こそ、セレンディピティを発見することができるのだ。
著者:クリスチャン・ブッシュ 翻訳:土方 奈美 発行日:2022/2/4 価格:2,200円 発行元:東洋経済新報社