『グロービスMBAで教えている プレゼンの技術』から「よくある3つの思い込み」を紹介します。
「TED」などの非常にレベルの高いプレゼンの動画を目にする機会が増え、勉強になる一方で、「自分にはこんなプレゼンはできない」という思いを抱いている方も多いのではないでしょうか。プレゼンは一部の特定の人間だけが上手くできるもの、という思い込みを持っているとしたら、それは錯覚に過ぎません。発射台の高さや習得スピードの差こそあれ、こうしたコミュニケーション活動は、いくつかの思い込みを脱却し、地道にトレーニングをすれば、ビジネス上で必要なレベルにまでは底上げできるものです。自分の思い込みを知り、それを取り払い、正しい努力をすることが何よりも大切です。プレゼンの場合、典型的な3つの思い込みがあるので、まずはそれを正しく認識しましょう。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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よくある3つの思い込み
ビジネスパーソンにプレゼンスキルが身につかない、いつまでも不慣れな感覚がつきまとうのは、これを習得する機会を妨げるいくつかの「思い込み」があるからではないでしょうか。
よく聞かれるものとして、たとえば、こんなものがあります。
・プレゼンは、一部の特別にパワーのある人がやれば上手くいくが、そうでない人は、努力してもしょせん五十歩百歩だ
・プレゼンは、現場における臨機応変な対応が最重要であり、その場の応対次第で何とかなる
・プレゼンは、話の中身を練り込めばおのずと伝わる
先ほど「プレゼンが上手いこと」の必要性はビジネスパーソンの間に認知されてきていると書きましたが、一方で、それでは自分のプレゼン力を高めるために何か具体的なアクションを取っている人はどれだけいるかというと、まだまだ少ないというのが私たちの実感です。この「差」はどこからくるかと考えてみると、ごく一般的な普通の人が工夫と努力でプレゼン力を高めることができるという点が、あまり実感されていないようです。プレゼン力は、限られた一部の「得意な人」か、あるいは地位、権力、有無を言わせないような当該分野での経験と実績など、説得力の源泉となる要素を元々持っている人のもので、それほどの魅力や属性を持たない自分には、努力しても高が知れていると思っている人が多いからではないでしょうか。
プレゼンが成功するためには、プレゼンスキルとは直接関係の無いその人の実績や地位、ルックスのよさ、押しの強さ、あるいはいわゆる「カリスマ性」が効くということはしばしばあるでしょう。そして、上記の要素は、ある意味で一朝一夕には獲得できないのも事実でしょう。しかし、実績や地位、カリスマ性などは、確かに「あれば有効」ではありますが、かといって「平凡だとダメ」なものでもありません。第2章以降で詳述していきますように、プレゼンを成功させるために必要な要素は他にもたくさんあります。カリスマ性や押しの強さが並以下でも、他の要素で有効打を稼ぐことで、聴き手を動かすための合格ラインを突破することは十分可能なのです。さらに言えば、外見や演技力と言った、一見持って生まれたセンスがモノを言うようにみえる要素についても、適切な訓練によって短所を補うことができます。天性のものだからとあきらめてスキル向上の機会を見送ってしまうのは、実にもったいない姿勢だと言えます。
この「自分程度の者は、いくら努力しても大して上手にはなれない」という思考を脱却して、自分もプレゼンの上達に向けてがんばろう、と心に決めたとしても、次に立ちはだかるのがこの「現場での臨機応変な対応こそ重要」という思い込みです。より正確に言うと、積極的にこう「思い込んでいる」というよりは、何となくそういうものだと思ってしまっている、という感じでしょうか。
たとえば「人前で緊張しすぎないようにする」とか「聴き手の顔をよく見る」とか「最初に何かジョークを言って笑いを取る」というような、プレゼン現場におけるいくつかのコツというものは、昔からよく言われていますし、その重要性を否定するものではありません。しかし、こうしたコツさえつかんでいれば、あとは自然体で臨んで自分の言いたいことを頭に浮かんだ通りに話せば万事OK、ということにはなりません。
聴き手は誰か、プレゼンの後で聴き手をどういう状態にしたいのか、そのために伝えるべきことは何か、どういう順序がふさわしいか、というように、話す中身についても体系的な事前準備がきわめて重要なのです。
また、その場での行動や振る舞いに関するスキルも、単にその場での対応力というだけに留まらず、プレゼンの進行に沿ってさまざまなものがあり、これらは日頃から意識して身につけていかないと一朝一夕には上達しないものです。
そして、「プレゼンは中身の準備が大事」ということを理解されたとしても、今度は原稿やスライド資料の完成度「だけ」にこだわってしまう人もまた多いのです。もちろん、「準備をしよう」という意識があるだけ、何も準備せず無手勝流で臨む人よりよいとは言えます。しかし、話の中身の論理性・説得力は、プレゼンが上手くいくうえで確かに重要な要素ではありますが、残念ながらそれだけでも決して十分ではないのです。聴き手の分析やその場の立ち居振る舞いも同じように重要になってきます。
どんなに話す中身や資料を整えたとしても、聴き手の興味関心から外れたことを力説したり、話し手の立ち居振る舞いが反感を買うようなものでは、上手く伝わりません。聴き手分析や実演がつたないままでは、いくら原稿やスライドの質を高める手間をかけても、無駄に終わってしまう可能性が高くなります。
この思い込みの厄介な点は、原稿やスライドだけにこだわっていると、プレゼンのためにせっかく熱意と手間をかけて準備したのに、聴き手の受けが悪いという空しさ、徒労感につながりがちなことです。そうなると、「プレゼンの成否と準備にかける努力とは関係ない」という思い込みが強化されていってしまうのです。
いかがでしょうか。もし皆さんの中で、少しでも思い当たる節があれば、まずその思いこみを捨てるところから、次に始まる章と向き合っていただければと思います。プレゼンは特別な人だけが成功させられるものではありません。聴き手の関心に沿う形で中身を作り、しっかりと準備して臨めば、高い確度で目的にかなった結果を手にすることが可能なコミュニケーション手法の一つなのです。
(本項担当執筆者:書籍・GLOBIS知見録編集部 研究員 大島一樹)
『グロービスMBAで教えている プレゼンの技術』
グロービス経営大学院 (著)
1800円(税込1944円)