キャンペーン終了まで

割引情報をチェック!

研修の名を借りた「軍隊式の思想コントロール」がなくならない理由

投稿日:2017/08/21更新日:2019/04/09

最近、ある製薬会社の新入社員研修を担当した研修会社と企業の研修部門が批判を浴びている。この研修会社が提供した新入社員研修(3日間の「意識行動改革研修」)を受講した方の1人が精神を病んだ末、亡くなったからである。もちろん、実際の因果関係は分からない。ちなみに、この研修会社の研修を受けた人によると、「軍隊みたいなことをさせる」「いつも大きな声を出す必要があり、機敏な行動を要求され、指導員が優しくない」「指導員は終始きつい口調」「途中で体調不良者が出ることもある」という。

こうした事件では、当の研修会社と企業が批判の標的とされることが多い。しかし、個々の企業や研修会社だけの問題に収束させていいのだろうか。私には、個々の企業だけの問題とは思えない。なぜなら、新入社員に対して旧日本軍が行っていた「軍隊式訓練」のような研修を課して欲しいというニーズは、決して稀ではないからだ。これは新入社員だけではない。管理職に対しても、「厳しい研修を通じて、意識変革を促して欲しい」という企業のニーズは多い。

今回告訴された研修会社の顧客は約900社で、大手の製薬会社や住宅メーカー、家電小売店などが含まれている。また、この研修会社の代表が起業前に在籍していた会社は「軍隊式訓練」で有名な研修会社で、創業40年の老舗企業である。つまり、社員に対して「軍隊式訓練」を通じた意識変革(という名の思想コントロール)を求めている多くの企業があり、それに応える複数の研修会社がいることで、ビジネスが成立しているのだ。

軍隊式訓練に対する企業のニーズ

私個人の経験に照らしても、これに近い要望を受けることはよくある。グロービスはMBAを提供する教育機関なので、「軍隊式訓練」のニーズは直接的には来ない。しかし、研修生を「厳しく詰めることで、意識変革を促してほしい」という要望は結構多い。この場合、人事と研修会社が共同で、研修生の意識と行動を人事(会社)が望むように「変えさせる」ことが研修のゴールになる。こういう場合、下手をするとリーダーシップ研修という名を借りた「人格への介入」が展開されかねない。受講者は、自分の弱みを徹底的に直視し、それを克服されることを要求される。まるで、あの製薬会社の新入社員研修と同じだ(もちろん、グロービスはこうした研修を提供していない)。

軍隊式訓練ほどではないが、研修後に「決意」を書かせたり、それを皆の前で言わせるという行為によって、人格への介入が行われることもある。そもそも、会社が用意した研修の場で「つまらない研修でした」とか「特に感想はありません」とか言えるはずがない。会社にとって模範解答を言わねばならないことを強制している時点で、社員の人格を操作しようとしている。

しかし、こうした研修を企画している人事(研修担当者)や研修講師に悪気はなく、むしろ真面目で熱い人が多い。ここに、伝統的な日本企業が抱えている根深い問題がある。

今も残る「戦時体制」の爪痕

日本の伝統的な大企業は、今でも第二次世界大戦の戦時体制のかなりの部分を継承している。戦時中の経済・金融政策によって、日本企業は軍隊と同じ「労働者管理(労働者支配)」型の組織に変化した。会社に強い忠誠心を持って働く日本企業の従業員を指す「企業戦士」という言い方は、比喩以上の意味を持っている(※1)。戦時体制を継承しているのは企業だけではない。義務教育期間の学校教育も、戦時中の軍事教練を引き継いでいる。だから、企業の側にも軍隊式訓練のニーズがあり、それを提供する研修会社が存在するのだ。具体的に説明しよう。

■日本企業に残る「戦時体制」の爪痕(※1)
・間接金融中心の資金調達・・・臨時資金調達法(1937)、銀行等資金運用令(1940)、金融統制団体令(1942)などにより、金融機関の融資を統制し、軍需産業への融資を優先。国家総動員法(1938)により、株主への配当を制限。株価が低迷。これら一連の施策によって、企業金融は戦前の直接金融中心から、間接金融中心に変化し、企業から株主の影響力が排除された。

・大企業経営者は内部昇進者・・・戦前は大株主の意向により外部から招聘されるのが一般的だった。しかし、戦中からは出世レースに勝ち残った労働者が経営者に。最大の理由は、株主の発言力低下により、経営者自らが後継者を選ぶようになったことにある。株主支配から労働者支配へ。

・労使協調の企業別組合・・・労働争議の急増を受けて、1938年に政府主導で労使関係調整を行う団体「産業報国連盟」を事業所別に設置。これにより、旧来の労働組合は強制的に解散。産業報国連盟は、戦後の企業別労働組合の母体となった。

■日本の義務教育に残る「軍事教練」の爪痕(※2)
・クラス・班の編成・・・1クラス3~40名、5名前後の班に分けるのは、軍隊の小隊と分隊が原型。遠足や修学旅行などの校外活動では「中隊」規模の100名前後に分ける。学校の活動単位は、基本的に軍隊の区分けになっている。

・朝礼、掃除、給仕・・・司令官の訓示の訓練。「気をつけ」「前ならえ」「休め」は軍隊の待機行動の基本。ホームルームの「起立」「一同礼」「着席」も隊長への挨拶。生徒が自主的に行う掃除や給仕は、集団行動の意識付け(欧米の学校では掃除や給仕は係の職員が行う)。

・集団責任と体罰・・・1人のミスは班(小隊)の連帯責任として懲罰が下る。班(小隊)全体が共通意識を持ち、裏切らず、逃げ出さないよう徹底して同調圧力をかける。この傾向は運動部に今でも色濃く残っている。高校野球の坊主頭、不祥事の連帯責任、炎天下に連日試合を行うなどの行為は、軍事教練に近い。また、昭和時代には普通だった教師による生徒への体罰は、上官の命令に対する絶対服従を身体に叩き込むという軍事教練である。

・校舎、ランドセル、学生服・・・兵舎を基にしている。職員室は上官室、教室は兵隊の宿舎兼待機所。運動場や体育館は訓練場所であり、そのまま兵舎活用できる。ランドセルは西洋式軍用背嚢から派生。入隊した時のために背嚢を担ぐ訓練をしている。なお、「詰め襟」の学生服は軍服に慣れるためである。

・体育祭・・・行進、組体操、障害物競走などは、軍隊で行うカリキュラムである。騎馬戦、棒倒し、応援合戦などは、軍隊のレクリエーション競技にあたる。ちなみに、ラジオ体操は「兵式体操」が元になっている。

このように、戦後の日本企業と義務教育は、戦時体制を継承している。このことが、戦後日本経済の急成長を支えたという事実は否めない。だから、終戦後60年以上経った今でも、多くの部分が戦時体制のままで維持されているのだ。ここに、多くの企業が新入社員や新任管理職に対して「軍隊式特訓」を求める真の理由がある。だから、個別の企業や研修会社だけを糾弾しても、焼け石に水なのだ。

戦時体制の爪痕は消せるのか

終戦後既に60年を経過しているが、戦時体制の爪痕は深い。あと何年経てば、爪痕が消えるのだろうか。残念ながら、それは私にも分からない。

戦時体制から脱却することの難しさを示すエピソードとして、ソニー創業者の盛田昭夫氏の話を紹介しよう。盛田氏は今から56年前に、次のような話をしている。「日本人は就職先を変えることを極度に恥じるようである。一度就職したらできるだけ、そこで骨を埋めよう、という思想がつよい。昔の『奉公』の観念のなごりなのだろうか。(中略)それが古くさい考えだ、ということは、実は誰でも気がついていることのはずである。しかし実際はなかなか打破できない」(文芸春秋1961年12月)

これは今でも通用する話だ。盛田氏が用いている「奉公」の元々の意味は、国家や朝廷のために一身をささげて働くことである。これも戦時体制の名残と言ってよいだろう。なぜなら、戦前の会社員は転職が当たり前だったからである。

アメリカの歴史学者ジョン・ダワーは1980年代に、「(日本の大企業で)純粋に戦後生まれの企業は、ソニーとホンダしかない」と述べた。確かに、戦後日本の大企業の多くは、戦時中に政府の手で作られたか、軍需で急成長した企業である(野口悠紀雄氏)。だから、50年以上経った今でも、ソニーの盛田氏の発言は通用してしまうのだ。それほど、戦時体制の爪痕は深い。

では、我々はどうすればいいのか。

特に、「大企業」の新入社員と生え抜き中年社員(転職が難しく、キャリアの選択肢が限られてくる)は、上司や人事の圧力に対して弱い立場にある。だからこそ、犠牲になりやすい。

もしあなたが新入社員だったら、自分を否定することなく、堂々と逃げてほしい。あるいは、圧力に負けないようにいつでも戦える準備をしておくことである。もちろん、自ら進んで思想統制されたいという場合は別だが。そして、自らが部下を抱える立場の人には、戦時体制パラダイムの押しつけをしないように自戒してほしい。昭和時代に義務教育を終えた私自身も、戦時体制の亡霊に捕らわれないように気を付けねばならない。

※1:野口悠紀雄「戦後経済史」「1940年体制―『さらば戦時経済』 」を参照
※2:日下公人「教育の正体 国家戦略としての教育改革とは?」、西本頑司「日教組も黙認...日本の学校は今も「徴兵訓練」をやっている!」を参照

新着記事

新着動画コース

10分以内の動画コース

再生回数の多い動画コース

コメントの多い動画コース

オンライン学習サービス部門 20代〜30代ビジネスパーソン334名を対象とした調査の結果 4部門で高評価達成!

7日間の無料体験を試してみよう

無料会員登録

期間内に自動更新を停止いただければ、料金は一切かかりません。