交渉の「アンカー」になりやすい4要素とは 

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『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本』から「アンカリング」を紹介します。

交渉において最初に切り出す条件(数字)を、アンカーと言います。アンカーとは、もともとは船をつなぎとめる碇の意味です。人間はこのアンカーに引っ張られて考える癖があり、だからこそ最初のアンカーとしてどのような条件を出すかは重要です。より広義にアンカーを捉えるならば、「相手の思考をその周辺に固定してしまう条件」を指します。たとえば、エアコンの定価が10万7000円となっていれば、「とりあえず値下げ目標として10万円(という切りのいい数字)を目指そう」などと考えてしまうのです。売り手としては、9万円で売っても全く問題がないかもしれないにもかかわらずです。

アンカーの中には、効き目の強いものもあれば、そうでないものもあります。特に効き目の強いアンカーについては、その周りで考えてしまう罠からはなかなか抜け出せません。そうしたアンカーのタイプについて知っておくことは、交渉で良い結果を残す上で必須の素養です。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

◇ ◇ ◇

アンカリング

第1章の交渉の構造を解説したところで、交渉者が最初に提示する言い値のことをアンカーといい、また言い値を提示することをアンカリングというと述べました。ここでは、もう少し広い意味で、交渉者が状況を認識するときのよりどころとなる情報をアンカー、そしてそれを提供することをアンカリングと捉えて解説していくこととします。

では、交渉者が状況を認識するときのアンカーは、どのようにして決まるのでしょうか。その重要な要因になるものとして、以下のものがあります。

●認識されやすい情報によるもの
●単純化によるもの
●過去の状態によるもの
●最初に提示されたもの

<認識されやすい情報>
自分が経験したこと、日頃からなじみのあること、多くの人が知っていることなどが、アンカーになりやすいと知られています。

たとえば、交渉チームの初顔合わせで、相手のうちの一人が自分と同郷だったり、同じ学校の出身者だったり、また、多くの人が自分と年齢が離れているところで一人目立って自分と近い年頃の人物がいたりすると、その人物の印象が比較的強く残り、さらには以後の交渉でその人の発言だけが特に印象を残すといった具合です。

他にも、その人の先入観に合致する情報、また広く世の中に知れ渡っている情報、ある特定分野では常識となっている情報などはアンカーになりやすいと言えます。

また、ある分野で優秀と見なされている人や有名な人に付随する情報は、情報それ自体の妥当性とは別にポジティブな印象を残しやすいことが知られています。これは「後光効果(Halo Effect)」とも呼ばれます。

「認識されやすいかどうか」は多分に主観に属することなので、一概に「これは認識されやすく、これは認識されにくい」と基準を当てはめることは困難です。誰かが言った何気ない一言や、その日たまたま目を通した朝刊に載っていた一見どうということのない統計数値等も、その情報を受けた人にとってタイミングがうまくはまって印象に残れば、それがアンカーとなり、意思決定に影響を及ぼす場合があります。

<単純化によるアンカー>
人が物事を考える際に、状況を単純化・簡素化して認識したいという強い欲求が働くことがしばしばあります。このため、いわゆる社会通念や慣習的に行われてきたやり方などがアンカーを作る根拠になりやすくなります。

典型的なものは、数値について交渉する際の「キリの良い値」です。たとえば土産物店での値切り交渉で、一つ3,800円の品物を「三つ買うから10,000円に負けて」と要求するような具合です。また、「足して2で割る」という考え方もよくあります。企業合併で一見対等に見える場合、株式の合併比率こそ厳格な資産査定等により細かい数値で決まることが一般化していますが、たとえばポストの配分などは「ざっくり五分五分」「交互にたすき掛け」が交渉の出発点となる例は依然として多いことでしょう。

<過去の状態によるアンカー>
合理的に考えれば関係がないはずなのに、自分がこれまで過去に経験してきた状態に引きずられて判断に偏りが生じることは、しばしばあります。投資目的の株式や不動産を売却しようとする場面では、「買った時の価格」が強いアンカーとなりがちです。本来は、将来値上がりしそうかどうかに絞って判断すればよいのですが、買った時よりも価格が下がっている状態ならば特に、「せめて買った時の価格まで戻ってから売ろう」といった余計な意識が働いてしまうのです(これは埋没費用も関係しています)。

また、現在と直接つながっていない、遠い過去の記憶もアンカーになりえます。いわゆる「成功体験」や「失敗体験」がそれで、過去に強い成功や失敗の経験があるとき、目の前の状況はそれと必ずしも同じではなくても、同じ状況のようにみなして成功した行動を再び取ったり、失敗した行動を避けようとしたりしてしまうのです。

<最初の提示>
ここまで述べてきたような事情がなくても、単純に時系列で見て初めに入って来た情報がアンカーになるということもあります。

たとえば「トルコの人口は3千万人より多いでしょうか、少ないでしょうか」と質問したとします。「分からない」と答えた人に重ねて「では、何人だと推測しますか」と聞くと、聞かれた方はつい3千万人の前後で答えてしまいます。今度は別の人たちに、前置きの部分で3千万人のところを「1億人より多いでしょうか、少ないでしょうか」とした後で、「では何人だと推測しますか」と聞くと、「3千万人」を前置きにして聞いたときよりも回答が大きめに出る傾向があるそうです(ちなみに、トルコの実際の人口は2014年現在で約7,770万人です)。つまり、質問者が前置きに出した数値に、回答者の推測は引きずられてしまうのです。

厳密には時系列でなくても、順序として先と感じられるものであればアンカリングは成り立ちます。たとえば、店頭の値札で「3,000円」が二重線で消されて下に赤字で「1,500円」と書いてある場合と、「1,800円」が消されて「1,500円」と書いてある場合を比較してみると、売っている物は同じであっても、前者の方が「お得感」が大きいという具合です。

(本項担当執筆者:書籍・GLOBIS知見録編集部 研究員 大島一樹)
 

 

『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本』
グロービス経営大学院  (著)
1600円(税込1728円)

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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