マーケティングの重要なテーマにポジショニングがあります。ポジショニングと言うと2次元マップを描いてどこにプロットするかという作業を思い出される方も多いでしょうが、ユニークな新商品の場合、製品それそのものをユニークに定義するというポジショニング方法もあります。
古くは日清製粉が「カップヌードル」を海外展開する際に、日本とは異なって「ヌードル入りのスープ」と独自の定義付けをしたのは有名な話です。つまり、「スープ」と定義することで欧米では広い棚を占めるスープ置き場に置いてもらえ、かつ「ヌードル入り」ということで他社製品との差別性を打ち出したのです。
さて、一時期低価格競争で皆が疲弊したことで話題になった牛丼業界において、昨今面白い動きが出ています。その代表が吉野家の新商品の「サラシア牛丼」です。これは、食後血糖値の上昇を抑える「サラシア由来サラシノール」をタレに加えたもので、通常の牛丼が380円のところ、480円となっています。味は基本的に通常の牛丼と同じです。
一方、ライバルのすき家は「ロカボ牛麺」をこの春発売しています。「ロカボ」は緩やかな糖質制限を意味する言葉で、こちらもヘルシーさを訴求する商品です。
両者に共通するのは、「サラシア」や「ロカボ」などあまり耳慣れない言葉をネーミングに取り入れたことです。これはポジショニングで言えば、独自の定義付けを行ったと見なせます。
この方法論は、うまく行けば、自らがそのカテゴリを切り開いたパイオニアとして認知されるというブランド戦略につながります。その最大の成功例はアサヒビールが1987年に発売した「スーパードライ」でしょう。ライバルもすぐに独自のドライビールを出しましたが、「スーパードライを真似した商品」の印象がぬぐえず、すべてすぐに撤退し、結局、いまに至るまで「ドライビールと言えばアサヒ」のイメージが定着しています。
グロービスでも、初めて「クリティカル・シンキング」の科目を作った時、科目名を「ロジカル・シンキング」にしてはと議論になりました。当時は、「ロジカル・シンキング」であれば多くの人にとってイメージが伝わるものの、「クリティカル・シンキング」では何のことかわからないという意見もあったのです。一方で、「ロジカル・シンキング」はやや平凡なので、差別化イメージを打ち出すなら「クリティカル・シンキング」の方がいいと意見が分かれたのです。
その時は結局、筆者も推した「クリティカル・シンキング」の案が通り、またその後幸い、「グロービスと言えばクリティカル・シンキング」というくらいの人気科目になりました。これは単なるネーミングの問題ではなく、まさにポジショニング、カテゴライズの問題でもあったのです。
「クリティカル・シンキング」の場合はまだしも言葉はすでに存在しましたが、最近我々が力を入れている「テクノベート(科目群)」は完全に造語であり、まさに独自のカテゴリ作りです。
独自のカテゴリを作ることのメリットは、先の「スーパードライ」のように、成功すれば圧倒的なブランドイメージを作れることです。一方で、あまり認知されていない言葉を用いることはマーケティングコスト、特にコミュニケーションコストの増大をもたらします。その意味で、ハイリスク・ハイリターンのやり方とも言えます。
従って、一概にどちらがいいとは言えません。まさにマーケターの市場を見る目やネーミングのセンス、コミュニケーションの巧拙などが問われるわけです。
ただ、いつまでも既存カテゴリを追いかけるだけでは大成功はできません。「これは!」と思うような新商品ができたり、戦略上の必要性がある場合には、思い切って自社が新カテゴリを作る意識でポジショニングを始めとするマーケティングを考えてみてもいいでしょう。その意味でも、今回の牛丼業界の新商品の行方が注目されます。
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