『新版グロービスMBA経営戦略』から「BOP市場の攻略」を紹介します。
BOP(Bottom of the Pyramid)という言葉が話題になって久しいものがあります。しかし、そこに対して大成功を収めた日本企業は必ずしも多くはありません。その理由の1つに、優秀な人材を割ききれないということがあります。優秀な人材を海外に送るときには、まずは欧米、そして中国、そのあとにようやくアジアの先端的な新興国に、というのが一般的な流れでした。しかし、これから数十年の成長市場は、間違いなくアジアやアフリカなどのBOPにあります。2030年代の世界の大都市圏は、ナイジェリアのラゴスをはじめとするアフリカの都市部や、アジアでも現在あまり注目されていないパキスタンのイスラマバードなどに移るとの予測もあります。人口減少に悩む日本にとっては、こうした市場でのプレゼンス向上は避けては通れない課題であり、抜本的な意識改革が求められているのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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BOP市場の攻略
大きな潜在力を持つ新興国市場の中でも、近年注目されてきたセグメントがBOP(Bottom of the PyramidまたはBase of the Pyramid)である。BOPとは、世界の所得階層を構成する経済ピラミッドのうち、1日2ドル未満で暮らす底辺の40億人以上の人々を指す。この層は従来、援助の対象として捉えられていたが、「潜在的な起業家であり、価値を重視する顧客」と捉え直すことで、企業にとって膨大なビジネスチャンスが開かれるとするのが、BOPの考え方である。
BOPのコンセプト自体は90年代の終わりにプラハラードらが提唱していたが、当初はあまり注目されなかった。というのも、「1日2ドル未満で暮らすような貧困層がグローバル企業の顧客になりうるのか?」という懐疑的な見方が支配的たったためである。だが、これは、
・貧困層には購買力がない。ゆえに、市場は成長しない
・貧困層はブランド志向ではない
・技術革新を評価し、受け入れるのは先進国だけである
・BOP市場への製品・サービスの販売アプローチの困難さが、大企業や多国籍企業にとって大きな参入障壁となっている
・BOPの人々は相互に分散・隔絶されている
などの“思い込み”のためであって事実ではないと、プラハラードはさまざまなデータや事例を用いて指摘した。たとえば、インドのムンバイ郊外の貧民街では、日用品の価格(電話の通話料金、下痢止め薬等)は富裕層が払っている額の5~25倍に上り、地元の貸金業者からの借入利率は600~1000%にもなる。こうした「貧しいがゆえの不利益」は、地方ゆえの独占状態、モノや情報の不足、不十分な販売網、強力な中間搾取業者の存在などが原因であり、大企業にとっては適正な価格で製品・サービスを提供して彼らの不利益を打破するチャンスが十分にあるとした。
実際にBOP市場を開拓するには、先進国市場を前提としたビジネスの常識を捨てる必要がある。たとえば先進国では「パッケージ単位が大きく、1単位当たりの利潤が大きい」ビジネスが志向されるが、BOP市場で基本となるのは「パッケージ単位が小さく、1単位当たりの利潤も小さいが、販売量が多く、投下資本に対する利益率が高い」ビジネスである。実際に、使いきりタイプや少量パッケージの導入によって潜在的な購買力を引き出したケースが、BOPビジネスの成功事例でよく見られる。
このほかにも、先進国では当たり前のインフラ(冷蔵庫や電話の普及、電力や水の供給、交通機関や信用販売の整備、最低限の識字率など)が十分ではなく、かつ地域によって質が大きく異なる点にも注意が必要である。電力供給が不安定であれば製品にバックアップ用の電源を付属させたり、識字率が著しく低い地域では(多くの人は「読み書き」は難しくても「見る聞く」はできるので)ビデオ機能を搭載した製品を提供したり、といった対応が求められる。
このようなBOPならではの工夫に関しては、図のような12のイノベーション原則が知られている。なお、12の原則すべてが必要なわけではなく、BOPビジネスへの参入を試みる企業は事業特性や環境等を踏まえて選択し、優先順位を付けて応用していけばよい。たとえば、ヤクルトはブラジルやメキシコなど中南米や、インドネシアやフィリピンなどアジアを中心としたBOP市場の開拓において、同社独自の販売チャネルであるヤクルトレディを活用した。ヤクルトレディは、商品知識を持たない消費者に対して、商品の栄養成分や効用(予防医学等)、飲み方(頻度等)を直接説明して啓蒙していった歴史があり、これは原則8の「顧客の教育を工夫する」に当たる。加えて、現地の女性をヤクルトレディに採用して営業機能を担わせると同時に、彼女たちの就業や経済的自立を支援した点は、原則11の「貧困層にアプローチする手段を構築する」の応用ともいえる。
プラハラードと共にBOPビジネスを提唱したコーネル大のスチュアート・ハートは、初期のBOPが「ピラミッドの底辺に潜む富を発見する」というアプローチだったのに対し、「富を共創する」というアプローチへの進化が必要だと主張している。第1世代のBOPビジネスは、「これまで相手にされてこなかった貧困層を相手に商売ができるか」の一点に注意が向けられてきたが、第2世代ではBOPと共に新しい価値提案やビジネスモデルを創造する発想が生まれつつある。こうした進化したBOPの考え方は、第9章で取り上げるエコシステムやCSVといったコンセプトにも通じており、時代の潮流を反映したものといえよう。
(本項担当執筆者:グロービス経営大学院教員 山口英彦)
『新版グロービスMBA経営戦略』
グロービス経営大学院 (著)
2800円(税込3024円)