消費者とイノベーションに接点はあるのか?

『新版グロービスMBA経営戦略』から「共創(コ・クリエーション)モデル」を紹介します。

製品やサービスの開発は、顧客リサーチなどは行うものの、企業主導で行われることが少なくありません。しかし、これでは市場に受け入れられないリスクが高まります。そこで出てきたのが、消費者をイノベーションに巻き込むアイデアです。消費者の声を幅広く集めヒントを得ようという方法論もあれば、非常に先端的なニーズを持つ顧客と深い関係を築き、彼らと共創するというアプローチもあります。ただし、いずれも、表面上のプロセスや手法を変えるだけではなかなか成功に至りません。消費者を単なるキャッシュの源泉とみなすのではなく真のパートナーと捉える、あるいは一見ジャンクと見える意見にこそ耳を澄ますなど、企業側のマインドセットを大きく変える必要があります。マーケティング分野でもカスタマージャーニーや体験価値マネジメントなどのキーワードが浸透しつつある昨今、消費者との関係を抜本的に見直す時期に来ていると言えるでしょう。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

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共創(コ・クリエーション)モデル

チェスブロウが提唱したオープン・イノベーションの概念は、「誰が外部のパートナーなのか」について特に限定してはいなかったが、その後のオープン・イノベーションに関する研究では、主として研究機関や企業との協働に重きが置かれた。すなわち、イノベーションが大学や企業の研究室で生まれ、市場に投入された後に顧客に普及していく、というプロセスが前提である。

こうした「製品開発に取り組む企業を起点としたイノベーション」という考え方に対し、顧客(製品を使うことで便益を得る個人や企業)にイノベーションにおける重要な役割を託すアプローチが頻繁に見られるようになった。たとえば2000年にエレファントデザインが開設した商品開発のためのコミュニティサイト「空想生活」は、消費者が投稿したアイデアの商品化を消費者自身の投票数によって決める仕組みの先駆けとして知られる(現在はCUUSOO SYSTEMが運営している)。最近は大企業も新商品開発や改善、活用法の共有において積極的に消費者を巻き込んでおり、2008年にスターバックスが開設した"My Starbucks Idea"には、世界中のスターバックスのファンから日々多数のアイデアが投稿されているし、トヨタも"86 SOCIETY" という自社スポーツカーのコミュニティを運営している。

顧客がイノベーションにおいて果たす役割に着目した論者の1人が、コア・コンビピタンス経営(第2章)やBOP戦略(第8章)でも知られるC.K.プラハラードであり、価値共創(Co‐Creation of Value)というコンセプトを主張している。プラハラードが唱える価値共創のポイントの1つは、消費者の役割の変化である(注:本来「顧客との共創」の対象には法人顧客も含むが、プラハラードは「顧客=個人消費者」を前提にしている)。価値は企業によって創造され、市場取引を通じて消費者と交換され、個人が価値を消費するのが、従来の役割分担であった。これに対して価値共創モデルでは、価値の定義や創造に消費者がかかわり、価値は企業と消費者との共創によって生まれると考える。

もう1つのポイントは「経験」の重視である。従来の考え方では、「価値は製品やサービスに宿るもの」とされていたが、「消費者の多種多様な共創経験が価値の土台となる」というのが共創の考え方である)。

価値共創の考え方は、マサチューセッツエ科大(MIT)のエリック・ヒッペルが長年唱えてきた、イノベーションの民主化と呼ばれる概念とも通じる。これは「製品やサービスの作り手であるメーカーではなく、使い手であるユーザーのイノベーションを起こす能力と環境が向上している状態」を指し、「イノベーションにおいてユーザーは受け身である」という伝統的な考えとは一線を画している。実は、ヒッペルは1970年代から「ユーザーがイノベーションの起点となる」という主張をしていたが、さほど注目されなかった。その背景には、ユーザー起点のイノベーションが、単に「顧客の声に耳を傾ける」という伝統的なマーケティング手法と同一視されたこと、そのために「消費者に尋ねても革新的なアイデアは出てこない」と感じている製品開発担当者に真剣に受け止められなかったことがある。

これに対し、ヒッペルはリードユーザー・プロセスという手法によって、ユーザー起点で製品開発にブレークスルーを起こせると主張する。この手法では、製品開発チームは市場のトレンドや平均的ユーザーよりも先行した課題に直面しているリードユーザーを探し当て、彼らからニーズと解決策に関する情報を収集することで、革新的な製品アイデアにつなげていく。このリードユーザー・プロセスは次の2点で、伝統的な顧客ニーズの調査とは異なっている。

●伝統的手法では、ターゲットとなる代表的回答者から情報収集するのに対し、リードユーザー・プロセスではターゲット市場の外で、先端的な問題(一定数のユーザーが後に解決したいと思うようになる問題)に直面しているユーザーから情報を集める。

●伝統的手法がニーズ情報のみを収集するのに対して、リードユーザー・プロセスではニーズと(技術的な)解決策の両方を情報収集する。

たとえば3Mの医療用画像解析の製品開発チームは、初期段階の腫瘍を検知する能力を向上させるため、画像解析分野で先端を走る人々(放射線科医や半導体の研究者など)をリードユーザーと見立てて関係を構築した。そして最終的には軍事偵察用のパターン解析に取り組む専門家との討論から、画像の解像度を上げるのではなく、パターン認識を応用することで課題解決の突破口を見出したという。

このようにリードユーザー・プロセスは狭く深い探索方法だが、実際の共創モデルの例では、"My Starbucks Idea"のように不特定多数のユーザーが参加する開放的なコミュニティを見かける。ただし、一部に成果を上げている例はあるものの、特定のユーザーに「ハイジャック」されてしまったり、革新的な製品開発につながる意見がいっこうに見つからなかったりするなど、コミュニティ運営に苦戦している例が多いのが現実である。それでもICTの発達やソーシャルメディアの浸透によって、今後も開放的なコミュニティを中心に、共創モデルの事例は増え続けるだろう。どんな条件の下で共創モデルが成功しうるのか、新たな戦略コンセプトの登場が待たれる分野の1つでもある。

(本項担当執筆者:グロービス経営大学院教員 山口英彦)
 

 

『新版グロービスMBA経営戦略』
グロービス経営大学院  (著)
2800円(税込3024円)

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