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『勉強の哲学 来たるべきバカのために』書評――自由をつかみ自己破壊するために勉強せよ

投稿日:2017/06/14更新日:2019/04/09

本書は勉強や学習の本としては極めて異色である。勉強をテーマにしているのだが、仕事や受験、資格試験の役に立つことを目的としていない。むしろ、「勉強とは自己破壊」であり、「勉強は、むしろ損をすることだ」という。

著書の千葉雅也氏は1978年生まれで、フランス現代思想をベースに美術・文学・ファッションなどの批評を行っている新進気鋭の哲学者である。本書はフランス現代思想が下敷きになっているため、そのエッセンスに触れることもできる。専門知識がゼロでも読むことができるため、難解なフランス現代思想への入り口を提供してくれる本でもある。

千葉氏は人が周囲の環境に適応している状態を、環境のコード(「こうするものだ」という常識や規範)に「ノっている」と表現する。環境へのノリと自分の癒着は分析的に意識されないことがほとんどであり、それはすっかり「その会社の人」とか「その地元の人」になっている状態である。そして、勉強とは「今のノリから別のノリに引っ越すこと」であると言う。例えば、大学生のノリから社会人のノリに引っ越すなどである。環境の変化が大きければ、引っ越しの途中で居心地の悪い思いをするだろう。それは以前のノリと新しいノリの間で自分が引き裂かれ、板挟みになるような状態である。見方を変えれば、今まで癒着していた環境から自由になっている状態と言える。しかし、それはこれまでの環境のコードから浮くということであり「ノリが悪くなる」ことを意味する。

環境との癒着から解き放たれる上でカギとなるのは「言語」だという。千葉氏いわく「人間は言語的なVR(ヴァーチャルリアリティ)を生きている」存在であり、「言語を通していない『真の現実』など、誰も生きていない」。やや難解な話だが、「カエル」を例にとって説明しよう。日本語ではアマガエルもヒキガエルも同じ「カエル」だが、英語でヒキガエルは「flog」ではなく「toad」である。英語圏で生活している人はヒキガエルにflogが使えないため、ヒキガエルとそれ以外のカエルに対する境界線に敏感になるはずだ。このように、用いる言語の違いによって人間が認識する現実は異なる。

ある環境のノリと自分が癒着しているときは、「しっかり地に足がついた言葉づかいができている」ため、言葉を透明な道具として使うことができている。しかし、環境から自由になる=ノリが悪くなると、言葉の使い方がぎこちなくなる。それは言葉を玩具的(言語をおもちゃのように扱う)に扱っている状態である。千葉はそれを「キモい語り」と表現している。例えば、グロービスでクリティカル・シンキングのクラスを受講中の人が、「イシュー」という言葉を使う際、大抵ぎこちない使い方になる。これが「キモい語り」である。

千葉氏は「勉強によって自由になるとは、キモい人になることである」と言う。多くの人にとって、キモい語りをしている自分は恥ずかしいし、できれば避けたいと思うだろう。千葉氏が本書の冒頭で示す通り、勉強とは自己破壊であり、むしろ損をすることなのだ。

それでも人が勉強する理由はどこにあるのだろうか。千葉氏は「自由になる」ためであると言う。「私たちは同調圧力(環境のノリ)によって、できることの範囲を狭められていた。不自由だった。人生の新しい可能性を開くために、深く勉強するのです。」

MBAで学ぶ人たちも、今の環境から自由になるために学んでいる。職場で「イシュー」、「KSF」のような言葉を急に使い始めたら、浮いてしまうかもしれない。逆に、そうした言葉に慣れ親しんでいる人から見たら、おかしな言葉の使い方をしているかもしれない。それでも、勉強の道を選んだのだ。だから、キモい語りのモードに突入することを恐れてはいけない。恥ずかしさを恐れていては学ぶ意味がない。

ここで、キャリア論の大家、エドガー・シャインの学習論を紹介しよう。シャインによると、人間の学習が促進されるか否かは、2つの不安のバランスで決まると言う。それは「学習不安」と「生存不安」である。学習不安とは、千葉氏の示す「ノリが悪くなること」の不安や、学習上の「手間やコスト」に対する不安である。だから、人間は自然と学習を遠ざけるのだ。しかし、「生存不安」が高まると、何とかして生き残るために「学習不安が」相対的に低下する。例えば、飢饉などで備蓄している食糧がなくなれば、様々な野草の中で、何が食べられて何が食べられないかを必死で学習するだろう。つまり、人の学習を促進させる方法には「学習不安の低減」と「生存不安の増大」の2つのタイプがある。

MBAを学ぶ人の多くは、キャリアにおける「生存不安の増大」がトリガーになっている。このままでは会社の中で埋もれてしまうとか、ビジネスパーソンとして平凡なまま一生を終えてしまうのではないか、などである。生存不安はMBAで学んだ内容を活用し、会社などで活躍することで低減する。そうすると、学習意欲は下がる。

しかし、そこで勉強を止めてしまえば、その環境と癒着していくだけになってしまう。せっかく昔の環境から自由になったのに、再び自由を失ってしまうのだ。

自由になるための勉強とは、自己破壊であり、むしろ損をすることである。それでも自由を求める人にとって、本書は有用なガイドになるだろう。

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』
千葉 雅也  (著)
文藝春秋
1400円(税込1512円)

  • 金子 浩明

    グロービス経営大学院 教員

    株式会社リンクアンドモチベーション時代に、経済産業省「社会人基礎力研究会」の構想段階に関わる。2005年にグロービスへ。ファカルティ本部(教員部⾨)のディレクター・主席研究員、シニア・ファカルティ・ディレクターとして、教員及び研究開発、教員育成に従事した。その後自身の会社を設立し、現在は米系ITコンサルティング企業でデジタルを活用した企業変革支援を行っている。東京理科⼤学 総合科学技術経営研究科 修⼠課程修了、政策研究大学院大学 政策研究科 修士課程修了。
    ・⽂部科学省・国⽴研究開発法⼈ 科学技術振興機構(JST)「PM育成・活躍推進プログラム(APPROACH)」事業推進委員・メンター
    ・国⽴⼤学法⼈ 信州⼤学 学術研究・産学官連携推進機構 信州OPERAアドバイザー
    ・国⽴⾼等専⾨学校機構 佐世保⾼等専⾨学校 EDGEキャリアセンター アドバイザー

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