前回は、奈良市立一条高校校長の藤原和博氏が中心となって、授業現場でのICT等のテクノロジー活用について紹介しながら、未来の教育現場について議論をしていきました。最終回となる今回は、ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長の北野宏明氏を中心に、日本の高等教育の現状とあるべき将来像、そして多様性の大切さの理由などを会場の参加者とともに考えていきます。
テクノベートがもたらす新たなパラダイム―日本企業の競争優位の構築に向けて[3]
北野宏明氏(以下、敬称略): 私はソニーコンピュータサイエンス研究所というところで社長をしています。もう少し分かりやすく言うと、先ほど話題に出た、自己肯定感満載の茂木健一郎の上司です(会場笑)。
以前、彼が出した『脳とクオリア―なぜ脳に心が生まれるのか』(日本経済新聞出版社)という本を読んで、「すごく荒削りだけれども自分でものを考える人だな」と思ったことがあった。それで当時ケンブリッジにいた彼にメールして会いに行ったら、「日本からわざわざ会いに来た人は初めてだ」と言う。それで話をしたあとも彼とは何度かやりとりを続けて、「面白いな」っていうことでソニーの僕の研究所に入ってもらった。
でも、今みたいな展開になるとはまったく想像していなくて。『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合テレビ)に出てから芸能活動が増えてるから(会場笑)。あれはどうなっているかというと、「脳科学者」の肩書で出ているときは芸能活動。彼には兼業申請を出してもらって、ソニーの仕事と自分の芸能活動を分けてもらっている。だからソニーの肩書きが出ていないときは芸能活動で、これは兼業でやってもらっている。そこは割と明確に区別している。まあ、そういう人がいる、と。
で、今回の話を聞きながら、企業、特に「我々のように研究開発をしているところは日本の大学に何を期待しているのかな」と。それで、「うちはどういう人を採っていて、どんな人が活躍してるのか」といったことを少し考えてみた。
私が関係している組織はいくつかあるけれども、そのなかでまずソニー本体のほうを見てみると、だいたい新卒採用。特に日本の研究開発部やエンジニアリンググループだと、日本の大学のマスターぐらいがエンジニアには多い。ドクターも採るけれども、とにかく、そういうところからの新卒採用。中途もたくさん来てはいるけれど、ソニーは出たり入ったりするのが割と自由だから。
じゃあ、ソニーコンピュータサイエンス研究所のほうはどうか。オフィスは東京とパリの2ヶ所でスタッフは計30名ほど。こちらを見てみると、東京は日本人がまあまあ多い。ホームバイアスがかかるから、割と日本人の良い人が来る。ただ、日本人でも日本の大学を卒業した人のほかに、たとえばエコール・ポリテクニーク(仏)やMITメディアラボ(米)を卒業した、遠藤謙とか舩橋真俊のような人材が多い。日本人以外だと、面白いところでは、たとえばブリュッセル自由大学でマスターを取ってから日本へ来て、東大でドクターを取ったというイタリア人スタッフもいる。日本人の割合は6割ぐらいで、日本人も海外で学位を取っている人材が多いという構成だ。
あと、システム・バイオロジー研究機構という自分の研究所とか、沖縄や理研にある自分のラボを見てみると、日本人男性は完全にマイノリティ。で、外国人、特にインド系の優秀な人材が多い。アメリカやヨーロッパやシンガポールでドクターを取得したのち、「アジアにチャンスがある」と思って日本に来て一緒に仕事をしているというインド人が一番のマジョリティだ。で、海外でポスドクをやっていたり、IBMのような企業からベンチャーに行ったりして、そのあと僕のところへ来てくれているという日本人女性がその次に多い。そういうコンポジションになる。そういう意味では、かなり多様な人材を採っている。
大事なのは「日本の大学を出ていると多様じゃない」という話じゃなくて、皆のバックグラウンドがどれだけ多様かということ。どれだけ多様で、どれだけ面白い経験をしているかが重要なんだと思う。そういう部分を大学は今後どんな風にプロモートしていくのか。私は研究開発関係でいろいろと企業講演をすることが多いけれども、たとえばソニー本社側を見ていると、やっぱりすごくホモジニアスだと感じる。皆が同じような経験で同じようなキャリアだから、皆が同じような見方をする。これは日本企業にとって大きなウィークネスだ。
もちろん、そこは企業の採用で解決すればいいという考え方もある。ただ、大学の時点から多様性があるとさらに活性化すると思うし、そこから企業にもフィードバックされる部分があるように思う。その辺、大学改革のなかではどんな位置づけになっているのだろう。
日本の高等教育における多様性について
松野: 先ほど控え室で「日本の大学の世界ランキングがどんどん下がっている」というお話をさせていただいた。ただ、同ランキングの構成要素を見てみると、日本の大学は、研究開発力等では世界に伍している。決して劣っていない。何が下がっているのかというと、グローバル対応と論文引用数だ。
だからこそ、ご指摘の通り、高等教育のなかで多様性を確保していかないといけない。そのためには海外から優秀な教授陣を呼び込む必要があるし、留学生も増やさないといけない。そこで今、文科省は「指定国立大学法人制度」というものを設けた。これまで日本の大学、特に国立大学の先生はどんな方でも給与・待遇も同じだった。しかし、海外ではより高い評価の方がより高い収入を得るのは当然のこと。日本の大学もそうした待遇面を自由化して、海外から優秀な教授陣を招いていきたいという狙いがある。
それともうひとつ。やはり海外からの留学生が増えない原因として言葉の問題がある。だから日本の大学でも英語で単位を取得できるカリキュラムを増やしたい。今はそうした取り組みを進めている。ただ、そのスピードが遅いというご批判は、その通りだと思う。
堀: ちなみに、グロービスには全カリキュラムを英語で行う全日制の英語MBAもあり、こちらで学ぶ学生の95%は外国の方だ。ということで少しコマーシャルを入れさせていただいたけれども(会場笑)、そろそろ会場にも振ってみたい。ここまでは教育や科学技術についてお話を伺ったけれども、スポーツ・文化の領域ではどうだろう。
会場(山﨑妙子氏:山種美術館館長): 日本では大学院教育が海外に比べて遅れていると感じる。私自身は東京藝術大学の大学院で博士課程まで学んだけれども、学生の数は少なかった。また、海外から国費で来ている方がなかなか博士号を取得できず、当時は教授の先生方もいろいろと苦労なさっていたようなこともある。
会場(中西大介氏:公益社団法人日本プロサッカーリーグ常務理事): 日本の部活動では先生の負担がすごく大きいし、きちんとした指導者が付かないことも多い。このままでは長寿社会のなかで「小さい頃に覚えたスポーツを生涯楽しむ」といった社会には到底できないと感じる。そこで、学校体育に対して我々が何かご協力できることはないだろうか。たとえば学外の指導者を招くことについてはどのようにお考えだろうか。
会場(山下和洋氏:株式会社ヤマシタコーポレーション代表取締役社長):今後高齢化が進んでいくなかで、介護の知識を教育のなかでも普及させていただけないかと思う。たとえば車椅子ひとつとってもさまざまなタイプがあることは、ほとんど知られていない。けれども介護の知識や理解が教育を通して深まれば、そのぶん社会保障も効率化・自律化する部分はあると思う。教育の分野でそうした検討がなされているのか。
会場(岡島悦子氏:株式会社プロノバ代表取締役社長): 現在の若手リーダーたちを見ていると「自己効力感」、いわゆる未来の自分に対する自信を持っていないと感じる。そうした人々に何か新しいチャレンジをしてもらうため、教育で何かできることはないだろうか。それともうひとつ。今後は領域を超えた協調能力のようなものがオープン・イノベーションを起こすにあたり必要になると思う。そのために、たとえば「よのなか科」もそれに近いと思うけれども、大人も入ってくるような環境のなかで知らない人とも協調するような力を育てるプログラムというものを、何か考えることはできないか。
堀: 残り5分しかない。G1のルールとして「質問は受けるけれどもすべてに答えなくていい」というのがあります(会場笑)。答えたいことからお話しいただけたらと思う。
松野: 高等教育に関して申し上げると、大学院、特に博士課程への進学率が低いという課題がある。欧米並みにするなら今の倍におよぶ方々に博士課程へ進んでいただかないと。これは研究開発力の観点でも重要だ。そのための環境はしっかり整備したい。
それと部活動に関して。日本では部活動の平均時間が週約7.5時間から、土日も入れると10時間以上におよぶ。最もコマ数が多い学科は英語で、中学では週4コマだけれども、部活動はコマ数にすると10コマ以上だ。これが教師の負担感増大や連続勤務にもつながっているわけで、大きな課題だと思う。それで今はスポーツ庁が部活の適正化に向けて調査を進めているところだけれども、私個人としては、やはり週に1~2日は休養日を取ることが、生徒・児童たちの運動生理学という観点からも必要ではないかなと思う。
また、「アスリート経験者等を部活指導者に」というご提案に関しては、私たちも今その方向で検討している。ただ、アスリートの方々に競技の指導はしてもらっても、たとえば「引率は教員が行わなければ」とか「管理責任は教師にある」なんていう話が出てきたりする。従って、今後は学校と外部指導者の方をつなぐ環境も整備しなければいけないし、今はその議論もしている。
あと、「よのなか科」のようなプログラムのお話は藤原先生からお話しいただいたほうが良いと思うけれども、ちなみに今後は高校で「公共」という新しい科目がはじまる。これは私個人の経験としても感じたことだけれども、「高校を出たとき、世の中のことを何も知らなかったなぁ」と。生きていくうえで必要な知識がなかった。「相続ってどうするんだろう」とか、「結婚でどんな権利が生まれるんだろう」とか、何も知らないまま高校を出てしまったと思う。そこで、今は各科目で個別に教えているそうした知識を、「公共」という1科目のなかでシステマティックに教えていくことが決定している。
堀: 残り2分。御二方にも経営者の皆さんにメッセージをお願いしたい。
藤原: 1分で授業をしていいかな? もし今後10~15年でグーグルの向こう側にすべての知識が埋まっちゃったとしましょう。じゃあ、そのときに教員は一体何をすればいいのか、会場の皆さんにも考えていただきたい。私企業における「何を人間にやらせて何をAI×ロボットにやらせるか」という問いと同じテーマだ。いいですか? 30秒だけ、隣近所の3人ぐらいで話をしてみてください。すべての知識がグーグルの向こうに埋まっちゃったとき、教員はいるのかいらないのか。僕はいると思っているけれども、じゃあ、どういう機能で残るのか。恐らく機能が変わるんでしょう。それを議論していただけますか? これがアクティブ・ラーニング。いきましょう。3、2、1、はいどうぞ。(会場で議論を30秒間)
はい、じゃあそこまで。続きは飲みに行ってから。いずれにせよ、教える機能自体はどんどんなくなっていいと僕は思っている。それよりも必要なのは「学ぶことが楽しい」という教師だ。「物理が大好き」「生物が大好き」というオーラはグーグルに出せないと思う。わかりますよね? 「学ぶことが好き」というそのオーラが、実は伝染であり感染である教育のなかで一番大事な機能として残るんじゃないかなと僕は思う。
北野: 自己肯定感に関して言うと、やっぱり学生はおとなしいなって感じる。でも、面白いのもいる。結局、メンタリングが大事なんだと思う。僕はソニーの研究所で「ソニーのことだけ考えるな」と言っている。「世の中を変えろ。(外の世界に)行って変えて来い」と。それで今はアフリカに行って農業に関わっているやつや、インドに行って電力に関わるやつがいたりする。「あとはマネジメントがそれをビジネスにつなげるから」と。世の中を変えればいくらでもやりようがある。だから、「そういうことをひとりでやってこい」なんて言い放っている。それで人はどんどん変わる。そういうメンタリングがすごく重要になるんじゃないかな、と。そうやって変わっていけば、今度はそいつの周囲にアグレッシブでがんがん前に進みたいやつがさらに寄ってくる。そんな風にしてクリスタライズされるんだと思う。
※この記事は、2016年11月3日にグロービス経営大学院 東京校で行われた、G1経営者会議2016 第7部全体会「テクノベートがもたらす新たなパラダイム ~日本企業の競争優位の構築に向けて~」を元に編集しました
※本セッションの内容は、GLOBIS知見録「視る」で動画版をご覧いただくことができます
テクノベートがもたらす新たな「教育」のパラダイム ~松野文部科学大臣×藤原和博氏×北野宏明氏