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「正解至上主義」はもう限界、「納得できる解」を求める教育を~藤原和博さんの論点

投稿日:2017/02/28更新日:2021/10/08

前回は、文部科学大臣の松野博一氏に、教育現場が抱える現状での課題を、歴史的な経緯や統計データを踏まえつつお話いただきました。今回は、奈良市立一条高校校長の藤原和博氏が、授業現場でのICT等のテクノロジー活用について紹介しながら、未来の教育現場について議論をリードしていきます。

テクノベートがもたらす新たなパラダイム―日本企業の競争優位の構築に向けて[2]

堀義人氏(以下、敬称略):企業経営者にとっては当然、企業として勝つことが大きなテーマとしてあるけれども、そのためには「人」こそが重要だ。その教育行政を司り、さらには科学技術・文化・スポーツ行政の中心にもいらっしゃる松野大臣に今回はお越しいただいた。

それで、今回は私との対話形式でなく各分野で最も詳しい方との対話にしたいと考えていた。教育に最も詳しいのは藤原さん。科学技術はといえば北野さんだということで、私自身はモデレーターに徹しつつ、さっそく藤原さんにゆずりたい。大臣のお話を聞いて感じたことや質問等があれば、ぜひ伺ってみていただきたい。

藤原和博氏(以下、敬称略): 先ほど大臣からは3つのお話があって(第1回:教育とは未来に向けた投資であり、社会政策であり、経済政策である~松野博一文科大臣講演 を参照)、その1つ目は初等・中等教育、つまり小中高の教育で最大の問題となる「学校・地域・家庭での役割分担」というお話だった。これについては、私からも少し追加でお話をするとさらに分かりやすくなるかなと思う。

まず、家庭の教育力というのは、核家族化と少子化によって数十年前からどんどん失われてきた。要するに子どもたちが家庭で“揉まれ”なくなってきている。また、地域社会もどんどん後退していくなかで、その教育力を失ってきた。

本来なら子どもの教育は学校・家庭・地域の三位一体でやらなきゃいけない。でも家庭と地域が後退していったから、学校がひたすらその部分も担っていった結果、学校がかなり過剰な負担を強いられるようになった。それで、たとえば今は「給食は残さず食べなさい」「雑巾はこういう風に搾りなさい」なんていう生活指導…、「生徒指導」と言うのだけれども、学習指導とは関係のないところまで学校が踏み込んでいくようになっている。

ところが今はそれも難しくなってきた。理由は教員の年齢構成にある。今、公立の教育では60万人の教師がいるけれども、世代別では50代が最多。さらに多かった60代はすでに引退しているし、50代の教員は今後10年で皆いなくなる。今は35%が50代だ。

その下の世代はどうか。50~60代を採用し過ぎたということで30~40代の採用はすごく減ってしまった。だから非常に層が薄い。世代別の人口分布のグラフにするとワイングラスというよりシャンパングラスのような形になってしまう。それで焦って新採用の20代教員を増やそうとしている。でも、私企業の調子が比較的良いものだから、公務員の採用にはあまり人が集まらない。

つまり枠は広げているのに人気が下がっている。東京だと小学校教員の競争倍率はすでに3倍を下回っていて、実質2倍だと言われている。私企業の常識では競争倍率が7倍ぐらいないと人材の質は保たれない。10人採るなら70人、100人なら700人いないといけない。

ということで、学校の教育力が下がっていく。さらに言うと…、大臣も知っていると思うけれども、算数では小学校3・4年生で一番大事なことが教えられる。「3/5+1/2はいくつか」といった問題とともに、分数と少数、それから図形がはじまる。その意味では、小学校3年生で学ぶ算数は、人間が抽象概念を考えはじめる一番大事なところと言える。

でも、今お話ししたような教員年齢構成でベテランがどこを担当するかというと、入り口の1・2年生と出口の5・6年生。会場の皆さんも校長になれば必ずそういう人員配置にすると思う。つまり算数で最も大事な抽象概念の学びがはじまるところを一番のベテランが担当せず、新採用の教員が担当したりするの。

とうことで何が起きるかというと、日本の学校ではそこで半分が落ちこぼれる。でも、ここで落ちこぼれて算数が分からなくなっちゃったら、もう次の瞬間から授業もヒンディー語で聞いてるような感じになる。耐えられない。そういう子たちが中学に上がってきても数学が分かるわけはない。XとYが分かっても「3/5+1/2」が分からないんだから。

そんなわけで、日本の学校においてもし問題があるとすれば、半分ぐらいはこの学習指導が原因になる。なんとかしなきゃいけないですよね?でも、それを先生たちだけに任すのも厳しいものがある。だから、やっぱり道具としてICTを使わざるを得ない。それで僕は今、高校で個人のスマホを教室に持ち込ませて、それを学習に役立たせるということに世界で初めて取り組んでいる。タブレットを使っているところはあるけれど、僕がやっているのは生徒個人のスマホを使った学習サポート。もしかしたらあと10年のうち、小学校でも中学校でもスマホというメディアを使わないと先生の力量低下をカバーできないようになるかもしれない、とまで思う。

教育現場でのICT活用

松野: 藤原先生の現状認識は私もほぼ共有している。まず教師の応募者が減ってきた理由は、ひとつには労働環境が大変厳しいからということがある。世界で最も長時間労働を強いられている教員が日本の教員だと思うから、ここを改善しないといけない。

それと、教師と社会との軋轢が大きくなってきた。保護者は常に学校教師に不満があって、学校教師側も「いや、それは私たちの責任じゃないでしょう」と。まさに学校・家庭・地域の役割分担という話になるけれども、そこでしっかりとコンセンサスを取らないと双方に不満がある状況は変わらないと思う。

「教師の力が落ちているのでは?」「中堅層がいないのでは?」というご指摘についてもその通りで、私たちも問題意識を持っている。で、こちらに関しては今ちょうど国会で「教育公務員特例法等の一部改正」というものをご審議いただいている。これは教員の養成課程や研修をしっかり整備しようというものだ。中堅がいなくなって授業ノウハウ等が次世代に伝達しづらくなっている状況のなか、しっかりとした研修体制で先生方をサポートしていこうという法律になる。ぜひ今国会で成立できたらと思う。

そういうなかで、ご提案のICT活用も当然ながら必要になる。たとえば語学教育とICTは非常に親和性が高い。また、特別支援教育でもICTが極めて有用なツールになるのではないか。文科省の調査によると、今、発達障害を含めた特別教育支援の対象児童は6%になるという。ただ、現場にいらっしゃる先生方にお話を伺うと、「恐らく10%を超えるのでは?」という声もある。そうした子どもたちにもしっかりと教育を提供していくためにもICT活用は大変有効だと考えている。

自己肯定感と「正解主義」との関係。そして秘策としてのスマートフォン

藤原: それと自己肯定感に関するお話もあった。恐らく日本の子どもたちは、経済的には世界で最も豊かだ。なのに「自分はこのままでいい」「自分はOKだ」「自分の未来は開かれている」といった自己肯定感が世界一低い。なぜか。非常に大事な論点だと思う。

結論から言うと、僕はその原因が日本の教育における「正解主義」にあると考えている。正解しか認めない。正解以外の人はダメ。そういう教育をしているから。今、教育の95%は正解主義で、そうじゃない教育は、どれほど良い私立でも5%程度。正解のない、僕がやっている「よのなか科」のようなことを徹底的にやる学校はほとんどない。大学にもない。

そういう正解主義や情報処理型の教育を変えないといけない。徹底的に正解を記憶させたうえでそれを再生させるような、「正解を速く正確に出したもの勝ち」みたいな教育を少し緩める必要がある。なくしちゃダメ。少し緩める。今は9割~9割5分の正解主義を7割程度に緩めて、その代わりに僕が「情報編集力」と呼んでいるものの教育を行っていく必要がある。正解がない課題について議論したりブレストしたりして、「納得できる解」を求める方向に教育を振らないといけない。

で、これは一条高校でやってみてよく分かったんだけれども、そうした情報編集力の教育でもスマホが大変面白い役割を果たす。なぜか。生徒たちが使うのは自分のスマホだ。自分の手足や脳の一部だと思ってるから自分の意見が容易に打てるし、それでどんどん発表するようになる。

たとえば教室で「分かる人は?」「質問のある人は?」と言って挙手を募るとどうなるか。40人前後のクラスなら挙手に慣れている成績優秀児が5人ぐらい、あとは目立ちたがり屋も3人ぐらい手を挙げる。それで8人ぐらい。でも、その時点で残り32人ぐらいは脳が止まっちゃう。それが日本型の一斉授業だ。

これはまずい。「質問のある人は?」「分かる人は?」と聞いてみても、やっぱりそうなっちゃう。そこで脳を回転させ続けるのは一部の子。じゃあ、全員に脳を動かしてもらうためにはどうするべきか。スマホで全員に質問を打たせる。たとえば、先日は茂木健一郎さんが学校に来た。河瀨直美さんという映画監督も一条高出身なんで来たことがある。でも、有名過ぎる人が来ると奈良の人たちはしぼんじゃう。そこで生徒に「質問ある人は?」と言ったって出てこないですよ。

だから「全員質問を出せ」と。スマホで。そうすると、これは無記名だから「茂木さん、その髪の毛って天然ですか」みたいな(会場笑)。そういう、普通なら絶対にできないけれども皆が聞いてみたいと思ってるような質問ってあるじゃないですか。「茂木さんって子どもいるんですか?」とか。そういう質問まで含めていろいろと出てくる。

それをスマホから打たせると、今どきの高校生は両手フリック入力で2分間に200文字ぐらい打っちゃう。2~3行なんてすぐに打てる。そうやって集めた質問をざっと見て、そのなかから茂木さん本人が質問を拾っていったりするわけだ。本当はこの会場でも挙手を募るのではなくて、ざーっとスマホで打ってもらって、そこから登壇者が質問を選んで答える形のほうがいいと思う。河瀨さんのときもそういう感じだった。これには保護者の方々もすごく驚いていた。

特に男の子はそういうとき、絶対に意見を言わない。質問しない。女の子のほうは思いついたときにどんどん喋る天才だ(会場笑)。コミュニケーション能力は女性のほうが2年や5年早く成熟するし、大人になっても追いつけない。ですよね? でも、じゃあ男の子には意見がないのかっていうと、そんなことはない。あるんだけど、フルセンテンスですべて言える自信がないから言わない。

だからそこを解除してあげて、「とにかく思いついたことを打ちなさい。途中まででもいいから」っていうことでスマホから打たせる。するとどんどん質問や意見が出てくる。これが自己肯定感につながる。結局、正解はひとつしかないという正解主義にするから“しょぼしょぼ”ってなっちゃうわけ。だから、「どんな意見でもいいからスマホで打ちなさい」と。

今週土曜もまた「よのなか科」の授業がある。今回は中室牧子(教育経済学者)さんが見学に来る予定だけれども、そこで自殺と安楽死の是非を議論する。恐らく生徒たちはそういう議論でもかなりの意見を打ってくると思う。無記名だから。そうして集まった意見や質問のなかから、「いいな」と思ったものをピックアップして、「これ、もっと発言してもいいという人はいる?」と聞いてみる。すると、普段あまり発言しないような子がすごいことを打ってきたりする。それをピックアップしてあげれば発言の場がさらに増えたりする。

そういう授業が増えるべきだと思うから、僕としてはスマホがすごくいい。タブレットじゃダメ。打ちにくいから。

高学年になるほど下がってしまう「自己肯定感」を回復させる

松野: 自己肯定感について切実だと感じるのは、日本では学年が上がるほど自己肯定感が下がる点だ。原因は、ご指摘のあった正解主義にあるのだと思う。だから私たちはアクティブ・ラーニングの視点に立ちで、主体的に学び、しっかりとコミュニケーションを取っていくような教育を推進していきたい。その意味では大学入試のあり方も変えていかなければといけないと思う。

たとえば、学生時代に成績抜群だったけれども、会社ではぱっとしないというような方は会社にもいらっしゃると思う。なぜか。日本の学校教育はこれまで時に、「解答とは覚えるものだ。知るものだ」という教育をしてきた。でも、皆さんご承知の通り、社会に出てみると答えとはつくるものだということが分かる。そういう発想法ができる教育を、今後は学校現場で広めていかなければいけない。(続きはこちら

 

※この記事は、2016年11月3日にグロービス経営大学院 東京校で行われた、G1経営者会議2016 第7部全体会「テクノベートがもたらす新たなパラダイム ~日本企業の競争優位の構築に向けて~」を元に編集しました
※本セッションの内容は、GLOBIS知見録「視る」で動画版をご覧いただくことができます
テクノベートがもたらす新たな「教育」のパラダイム ~松野文部科学大臣×藤原和博氏×北野宏明氏

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