1月20日、米国のトランプ新大統領が注目の就任演説を行いました。既に様々な論評がなされていますが、「プレゼンテーション」の原理原則に照らして見ると、「80点」をつけても良いのではないかと思います。
良いプレゼンのためのセオリーは、以下のステップを踏むことです。
(1)プレゼンの目的を押さえる
(2)目的に照らして最重要視すべき聴き手を絞り込み、その関心等を理解する
(3)聴き手を導く話の中身を決める
(4)実演する
図にするとこんな感じです。
【図】プレゼンテーション成功のためのステップ
この中で極めて重要なのは、ステップの前半です。「このプレゼンが終わったとき、どういう状況にしたいのか」という目的と、その目的に照らして「誰を(最重要の)聴き手に想定するか」という聴き手の設定です。プレゼンの中身も振る舞い方も、成功か失敗かの評価も、目的や聴き手によって変わってきます。
今回、トランプ氏にとっての「目的」や「重視する聴き手」は、どのように考えられるでしょうか。
一般的に考えれば、大統領就任演説の目的は、
「長い選挙戦も終わっていったんノーサイド。今後4年の任期の間、少しでも国民の統合が強まることを目指す」
といった感じではないでしょうか。そうなると重視すべき聴き手としては、
「ほどほどに中立的で、大統領に良きビジョンとリーダーシップを期待している人々」
になりそうです。しかし、今回の演説は、この路線を目指したものではなかったようです。
目的は、
「自分の支持をいっそう強く固める」
こと。これは間違いないでしょう。
では、重視する聴き手はどうでしょうか。
「選挙戦で投票してくれた人々、あるいは潜在的に支持してくれそうな『隠れトランプ』派」
と考えるのが普通です。演説が選挙戦の時とほとんど同じ内容で、「相変わらず既成政治への批判が中心」(日本経済新聞1月21日社説)だったのは、一貫性があったと言えます。
トランプ氏の支持者の象徴としてよく言われるのが「工場地帯の白人労働者」です。しかし、トランプ氏が上記プロセスに沿って演説を組み立てたと仮定すると、実はそのような属性的なセグメントに留まらず、もっと幅広い支持者像を想定しているのではないでしょうか。それは、既成政治から「忘れられた人々(The forgotten men and women)」であり、「これまでのワシントン政治に不満を持つすべての人々」です。「工場地帯の白人労働者」を包含する、はるかに大きな対象を自分の味方であると定義付けたのです。
これは、左か右か、リベラルか保守か、自由と平等と人権といったイデオロギー軸とは全く異なる次元によるものです。歴代の大統領、そして選挙戦で戦ったヒラリー・クリントンの目の前で、彼ら・彼女らを国民の敵と位置づけ、全否定しました。不当な扱いを受けてきた多くの国民のために、ひとり敵地ワシントンD.C.に攻め入った勇気あるヒーロー、それがドナルド・トランプだという設定です。
演説の最初のほうで、
"we are transferring power from Washington, D.C. and giving it back to you, the people."
と語ったのは、そういう意味合いが込められていたのです。
ちなみにトランプ氏は、演説の最中、一度も言い間違えたり、噛んだりすることがありませんでした。かなりの練習を重ねて臨んだものと推察されます。「実施」の観点からはほぼ完璧だったと言えるでしょう。
総合的に見ると、トランプ演説は及第点でした。しかし、もちろん満点ではありません。ワシントン政治に不満を持つ人々の心は掴んだかもしれませんが、トランプ氏に不満を持つ人々はより過激な反対行動を起こしています。アメリカの分断はむしろ深まったのかもしれません。