世界が米国大統領ドナルド・トランプ氏の就任演説を見守る中、アメリカ国民の半数近くが嬉しそうにほくそ笑み、残りはがっかりして首を横に振った。世界の首都では慌ててトランプ大統領の「アメリカ第一主義」政策に対する新戦略を構築する羽目になった。
トランプ大統領について分析する上で最も重要なことは、彼はビジネスマンだということだ。彼は私達が見慣れている型通りの政治家ではない。選挙運動以前には、彼の個人的なツイートとごくたまにあったインタビュー以外には、引用できるような具体的な政治的実績はない。ならば、ビジネス分析を利用することで、彼の演説と意図を明らかにできるかもしれない。
プレゼンテ―ションを成功させるための4つのP
すべてのビジネススピーチは、4Pに基づくプレゼンテーションから始まる。4Pとは、計画(Plan)、準備(Prepare)、練習(Practice)、そして説明(Present)/伝達のことである。
ここで、トランプ大統領が明らかに宿題をしてきたことがわかった。彼はいつもの即興スタイルに頼ることはなかった。彼は演説の原稿を計画・準備し、時間をかけて練習していたのだ。
4番目のP(Present)については、彼は力強く、情熱的に、そして最も重要なことは確実性を持ってうまく伝達し、これによって彼は約束を遂行していくだろうという強い印象を残した。良かったことにまた、彼は選挙運動中に使った不快なジェスチャをしなかった。例を挙げると、肩すくめ、薄ら笑い等だ。
彼は今回の大統領選挙戦のときと同じく、まるで宣伝コピーの如くキーとなる忘れられないような言葉をうまく使った。
「今、ここから始まります」(行動を示すために2度使われた)
「私達の雇用を取り戻します…私達の国境を取り戻します…私達の富を取り戻します…私達の夢を取り戻します」
「アメリカのものを買おう、そしてアメリカ人を雇おう」
「アメリカを再び強くして…豊かにして…誇り高くして…安全にして…偉大にします」
プレゼンテーションをうまく伝達する秘訣は、話者は聴衆と心情的に結ばれている必要があるということだ。以前の大統領バラック・オバマやビル・クリントンは温かみと前向きさを見事に活用した。一方ジョージ・W・ブッシュは彼の庶民的なスタイルを利用して親密さを築き上げた。
ここがトランプ大統領に足りないところだ。彼には温かみも庶民的なところもない。しかし、彼が提示したものは、次のような言葉にある行動的なビジネスリーダーのスタイルだ。
「建前論の話をする時間は終わりました。行動を起こすときが来たのです」
「それは全て変わる――今、ここから始まります」
この言葉は聴衆が覚えのある、憧れたことのある、断固とした行動スタイルのボスを思い起こさせた。くだらない話は止めてしまえ――聴衆の多くが、この演説と感情的に結ばれ、トランプ大統領に信頼を置いた。
説得力のあるスピーチの流れとは
説得力のある流れを構築することは、ビジネスプレゼンテーションを成功させるために、4Pの次に重要な基本ルールだ。話者は、以下の順番で構築することが求められる。
・目的を定義する
・聴衆を見極める
・聴衆の関心事を理解する
・提案の利点を説明する
・聴衆と心情的に結ばれる
・行動を呼びかけて終わる
全ての大統領就任演説の目的は、聴衆を仲間に引き入れ、新しい大統領の政策と将来への計画にわくわくさせることだ。ほぼ間違いなく、大統領就任演説の聴衆は米国市民と世界のリーダーであろう。
しかし、全てのアメリカ国民が米国に関する暗い見方を共有しているとは限らない。彼の演説の中で述べたようなアメリカは「虐殺」の国だとは、全員が思っているわけではない。そして、彼が言ったように「中流階級の富は家庭からもぎ取られ、世界中に再配分された」と皆が信じているわけではない。
それにもかかわらず、彼は次のように述べて全員に手を差し伸べようとした。「今日の私の就任の宣誓は全てのアメリカ国民に対する忠誠の宣誓です…新しい国の誇りは私達の魂を呼び覚まし、新しい視野を与え、分断を癒やすでしょう」。そして、人種や性的指向による差別を心配している人に対して彼は言った。「あなたたちが愛国心に心を開けば、偏見が生まれる余地はありません」
しかし、彼が聴衆の関心に向けて話したことからすると、明らかに彼は聴衆の中で特定の一部分を選んだ。彼を当選させた人々だ。就任演説で、トランプ大統領は目的とする聴衆の関心、即ち教育、犯罪、雇用、彼らに無関心に見えるワシントンDCに、正確に向き合った。トランプ大統領はこれらの関心に真っ向から向かい、彼が任務に相応しいという論理を次のように言って裏付けた。「私たちは権限をワシントンDCからあなた達アメリカ国民に返すのです」
彼は次のように述べて、彼がビジネスリーダーのスピードで聴衆の心配を解決すると付け加えた。「建前論の話をする時間は終わりました。行動を起こすときが来たのです」そして、彼は付け加えた。「二度と無視されることはありません」
聴衆と心情的につながるため、トランプ大統領は次のように述べることで共通の願望を思い起こさせた。「そしてデトロイトの郊外で生まれた子どもたちも、風に吹きさらされたネブラスカで生まれた子どもたちも、同じ夜空を見て、同じ夢で心を満たし…」
最後に、彼は、「アメリカを再び偉大にします」という彼のキャンペーンのスローガンをより詳しくして、アメリカをより強く、より豊かでより誇り高く、より安全で偉大にするための行動を呼びかけて演説を終えた。
つまり、ビジネスの視点からは、目標とする聴衆を念頭に置いたという点で、トランプ大統領は素晴らしい演説をしたと言えるであろう。
就任演説が私達に語るもの
しかし、なぜトランプ大統領は全アメリカ国民のニーズや望みに答えないのか。なぜ、多くの人が分裂を深めた大統領選挙運動の傷を癒やそうとはしないのか。
皆知っているように、ビジネスでは組織のすべての人が特定の提案を支持することは決してない。特に、それが過去からの激しい変化である場合は。
提案を認可させるには、提案を組織の中で通していくために充分な数の人が熱心に支持するようにビジネスプレゼンテーションをデザインしなくてはならない。成功するビジネスプレゼンテーションは、考えを変えないと思われる人は相手にしない。そうではなく、中立な人を強力な支持者にするか、あるいは少なくとも提案に反対しないようにすることに集中する。
ワシントンDCの「沼を干上がらせる」という言い方で、条約の再交渉をし、米国のメキシコ国境に壁を作るというトランプ大統領の計画は、控え目に言っても前大統領オバマからの大きな転換である。
トランプ大統領のプレゼンテーションの意味は、彼らが聞きたいと思うメッセージを伝えて彼の地盤を強化するということだ。彼は部分的にでも彼の考えに共感している人を彼の熱心な支援者基盤に引き込もうとしていく。そして、反対する人を追い出していく。
これが第45代米国大統領の就任演説の真意だ。