「私が言ってもなかなか動いてくれないのに、あの人が言うとなぜか動いてくれる。言っていることは同じなのに・・・」そういう悔しい思いをしたことのある人は少なからずいるのではないかと思います。
人は「ロジック」のみに従うのではありません。どういう場面で伝えるのか、どう伝えるのか、ということはもちろんのこと、その伝える人が誰なのか、といった要素からも大きく影響を受けることになります。あえて公式で示すならば、「What(伝える内容のロジック)×How(伝え方)×Who(伝える人)」と言うことができるでしょう。
では、ここでWho、つまり誰が伝えるのか、という要素の中身をもう少し紐解いていきましょう。このWhoの裏側にあるのは、「信頼残高」というものです。信頼残高とは、残高という言葉が表す通り、「人間関係の間に存在する擬似的な貯金」です。よく「あなたには借りがありますから」とか「これで貸し借りはチャラね」という会話がありますが、まさにそのような目に見えない通貨のようなものです。言うまでもなく、過去から残高が積み上がっていれば、その人間関係の間で物事は頼みやすくなるし、動かしやすくなります。
そして、この信頼残高は、コミュニケーションの結果に大きな影響を与えます。先ほどの公式、つまりWhat×How×Whoに従えば、いくらロジックや伝え方が完璧でも、伝える側と受け取る側の信頼残高がない、もしくはマイナス(借金状態)であれば、場合によっては逆効果になってしまうこともあるわけです。
ここから言えることの一つは、「ロジックの力を過信するな」ということです。筋道の通った漏れのないロジックを作ることも大切ですが、一方でそればかりに気を取られていても人は動かせません。ロジックを磨き続けていると、ややもすると「ロジックさえ完璧であれば人は動いてくれる」と考えてしまうのですが、信頼残高がない人にどれだけロジカルな話をされても、却って話を聞く気がしないわけです。これが人間の性というもの。だからこそ、多くの人々を動かそうと思うのであれば、より深い「人間理解」ということにも関心を持たなくてはならないのです。(ちなみに、グロービス経営大学院では、こういった人間理解を深めるために「パワーと影響力」という科目を提供しています)
そして、この公式から言えることのもう一つは、信頼残高がある程度積み上がってきた人の動き方についてです。残高のある人は、この公式に従えば、「多少ロジックが雑でも人が動いてくれる」状態であるとも言えます。であるならば、ロジックを固めることができない不確実な状況下こそ、信頼残高の高い人の出番になるわけです。
先行きが見えない不確実な状況というのは、過去のロジックが通用しにくくなり、最終的にはロジックで詰めきれない部分が大きく残ります。したがって、周囲も理屈だけではなかなか「なるほど!」というまでには至らない。そういう状況で最後に人を動かしていくのは、そこまで積み上げてきた信頼残高になるのです。
貯金はいざという時に使うから価値があります。残高が高い人は、どんどん新たな仕掛けにチャレンジしていきましょう。それが残高を持てる人のお金の使い道なのです。
※本記事は、FM FUKUOKAの「BBIQモーニングビジネススクール」で放送された内容を、GLOBIS知見録用に再構成したものです。音声ファイルはこちら>>
イラスト:荒木博行
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