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未来志向がソーシャルイノベーションを駆動する ―『震災復興にかける、ダイムラーの行動力。』

投稿日:2016/12/16更新日:2019/04/09

東日本大震災から5年半以上が過ぎた。本書は、震災直後から被災地の復興支援のために立ち上がった独ダイムラー・グループ、日本財団、グロービス経営大学院による「ソーシャルイノベーション」の実録である。そして、それまで接点を持たなかった3つの組織が、大震災後の社会的課題の解決という目的のために、どのようにつながり、どのように成果を生み出したのかというメカニズムを描写した「ソーシャルイノベーション」の教科書でもある。

「200万ユーロ(約2億2800万円)を被災地支援のために寄付する」――。東日本大震災から1週間後の2011年3月18日、独ダイムラーによるこの発表から、その物語は始まった。

ダイムラーと三菱ふそうが無償提供した50台の大型特殊車両を含めて、その配備・活用は社会貢献活動に実績のある日本財団に託された。その日本財団の青柳光昌ソーシャルイノベーション本部上席チームリーダーはちょうどその頃、NPOマネジメントの実践スキルを身につけようとグロービス経営大学院で学んでいた。そして、グロービス経営大学院学長の堀義人は、震災直後に「KIBOW」を立ち上げ、被災地に直接入り、その惨状を目の当たりにしていた。「東北の復興を導くリーダーを育成する必要がある」と悟った堀は、グロービス経営大学院の「仙台校」の開設を決意していた。

堀とダイムラーを青柳氏が仲介役となって結びつけた。3者の思いが重なり合い、「ダイムラー・日本財団イノベーティブリーダー基金」の創設につながる。その基金はグロービス経営大学院仙台校における「イノベーティブ奨学金」の原資となり、仙台校特別講座「東北ソーシャルベンチャープログラム」から輩出された社会起業家たちに「スタートアップ基金」として注入されていった。それぞれ単独では実現できなかっただろう。この3者の出会いがあったからこそである。だが、その出会いは決して偶然の産物ではなかった。

1つには、ダイムラーの支援が単にお金の寄付にとどまらず、経営トップをはじめ多くの社員が現地に入り、その活動から本業に活きる何かを学ぼ取ろうという姿勢を明確に持っていたことだ。CSR(企業の社会的責任)の次元が高い。

1つには、複数の関係者を結びつけ活動の幅と奥行きを広げる仲介役の存在があったこと。日本財団の青柳氏である。

1つには、「未来志向」という共通の視点や価値観が共有されていたこと。ソーシャルイノベーション研究者の大室悦賀氏は、「社会的課題を根本的に解決するならば、システム変化、つまり文化の創発が必要だ」と分析している。未来志向とは、文化を変えるほどの長期にわたり、根気強く、初心を貫くための信念であり価値観である。ダイムラー、日本財団、グロービス経営大学院の3者の求心力は、まさにこの「未来志向」という価値観だったのではないかと思う。

さて、スタートアップ基金の支援を受けた東北ベンチャーは14社にも達している。

夜明け市場は、お米を使ったバーガーの製造販売で風評被害の打破に挑戦し、現在は「市場型飲食テナント」を運営する。

マテリアル・コンセプトは、低コスト、高性能、省エネを実現する銅電極の開発・生産・販売で太陽光発電普及の一翼を担う。

愛さんさん宅食は、高齢者向け配食サービスで、障害者、シングルマザー、被災者など200人雇用を目指す。

GRAは、ICTを用いたイチゴ栽培とスパークリングワインの製造・販売で農業に革新を起こす。

アイローカルは、手作りオーガニック石鹸の製造・販売で地産の素材を活かす。

フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングは、水産業を“新3K”(カッコよくて、稼げて、革新的)に変える水産イノベーションを起こす。

セッショナブルは、東北由来の材料と技術を用いた国産ギターの製造・販売に挑戦。

チームふくしまは、福島ひまわり里親プロジェクトで福島と全国の絆を作る。

アスヘノキボウは、公・民と連携しながら地域に起こっている社会課題を解決する。

ボランティアインフォは、情報流通、コーディネート、促進・啓蒙事業で、新たなボランティア文化を創る。

HAY(ヘイ)は、耕作放棄地の牧草地化事業で畜産農家の経営改善に貢献する。

fluir(フルイール)は、カフェ「Art Cafe Bar SEA SAW」の運営を通して七ヶ浜ににぎわいを取り戻す。

manabi(マナビ)は、オンライン学習システムによる在宅職業訓練で障害者によって仕事を失った人などの職場復帰を支援する。

りぷらすは、デジサービス事業、コミュニティヘルス事業、仕事と介護の両立支援事業で誰もが健康的に暮らせる社会を創造する。

未来を拓くこのようなチャレンジをもっともっと生み出し、それぞれが持続的な成長を遂げることで、社会の中に新たな文化が醸成されていくだろう。偶然ではなく、必然の創生メカニズムをいかにして作るか――。社会的課題を本気で解決するためにぜひとも考えたい論点である。
 

『震災復興にかける、ダイムラーの行動力。』
ソーシャルイノベーション研究会(著)
日経BPコンサルティング
1000円(税込1080円)

 

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