シネコンに押され廃れてしまった「街の映画館」を再生することで、地域コミュニティのつながりを取り戻したい――。シーズオブウィッシュの青山大蔵さんが、そんな思いで作ったのが神奈川県厚木市の「アミューあつぎ 映画.comシネマ」である。この8月、KIBOW社会投資ファンド1号の出資を受け、その思いを日本全国に広げ、届けようとしている。青山さんに展望を聞いた。(聞き手は、水野博泰=GLOBIS知見録「読む」編集長)
知見録: シーズオブウィッシュの事業内容を教えてください。
青山: 街の映画館の再生を通じて地域を活性化する仕事をしています。
知見録: 地域を活性化する場として映画館に着目したのはなぜですか。
青山: 私自身は、映画よりも映画館が好きというところがあって、幼い頃によく父に連れていってもらった街の小さな映画館は子供からお年寄りまでが集まる地域コミュニティとして記憶に残っています。今はシネコン(シネマコンプレックス)が多くなり、地域コミュニティという性質が失われ、単なる娯楽施設になっています。私には、昔のように、映画館が地域のコミュニティになり得る、映像を使うことで地域の課題をもっと分かりやすく地域の皆さんにお伝えできる、という思いがありました。
知見録: 映画館を再生して作った「場」に、どのようにして人を集めてくるのですか。
青山: まずはシニアの方々に来ていただきたい。私がよく言うのは「病院よりも映画館に行こう!」。弊社が運営している「アミューあつぎ 映画.comシネマ」は、高齢者保養施設として神奈川県厚木市から認定されているので、65歳以上のお客様に対して助成金が下ります。特別な制度を厚木市に用意をしていただいたのです。独り寂しく暮らしているようなお年寄りを映画館に引き寄せる施策を打っています。
もちろん、元気なお年寄りもいらっしゃいます。そういった方々は市民活動にとても積極的です。介護問題、高齢者教育、不登校だった若者への教育機会の提供などに取り組んでいる市民団体の皆さんがいらっしゃる。ただ、草の根的な活動だけではその輪がなかなか広がらないことに苦労されている。そこで、活動に関連する映画作品を選んで映画館で上映し、シンポジウムや講演会をセットで企画すると、関心を持った人たちが集まってくるんですね。すると活動の輪が広がっていき、一生懸命取り組んでいるシニアの方々がますます元気になる――。今、私たちの映画館を中心に、そんな良い循環ができつつあります。
最初は市民団体から総スカン
知見録: 実際に映画館に来て、映画を観て、いろんな交流をされている高齢者の方々からは、どのような声が寄せられていますか。
青山: 実は、最初は反対の声が強かったのです。
知見録: 反対?!
青山: はい。厚木の場合は公共施設です。そこに映画館ができた。オープン当時には、「なんでこんな娯楽施設に税金を使うんだ。高齢者福祉や障害者福祉、児童福祉に使え!」というようなご意見をたくさんいただきました。
知見録: お年寄りから批判されたのですか?
青山: 市民団体の方々からです。この人たちを敵に回したら、映画館を続けていくことは絶対に不可能だと思いました。なので、市民団体のありとあらゆる会合に顔を出して、「福祉を目的とした映画館」「地域課題を解決するための映画館」ということを、粘り強く、お話しました。2014年4月から8月ぐらいまで、盆踊りのやぐらに上がったり、河原のバーベキュー大会に顔を出したり…。そうするうちに、次第に理解をいただけるようになり、今では一番のサポーターになっていただいています。2014年のオープンから約2年で映画館会員は延べ3000名、提携する市民団体は20以上になっています。そのおかげで私たちの映画館の存在意義が多くの方々に浸透し、良い流れを作ることができたのです。
知見録: そうした変化を起こした一番の説得ポイントは何でしたか。
青山: 「ここは映画館ではありません。映画という手段を使った福祉コミュニティ施設です」という言い方をよくしました。「必ずしも映画には拘っていません。落語や演芸でもかまいません。一番大事なのは皆さんが元気になることです」とも。アミューあつぎで映画を観て、催し物を観た後に何か幸せな気持ちになる、ホッとした気持ちになれる場所を厚木に作りたい。私が責任を持ってやらせていただきますと、粘り強くご説明しました。
私自身、当初は、「映画館がなかった街に映画館を作って、みんなに楽しんでもらおう」という単純な気持ちだったのです。しかし、そんなに甘いものではありませんでした。誰に対してどんな付加価値を提供できるのかを、しっかり説明できなければ存続できないということを学びました。
シートに座るや涙し、スクリーンに向かって合掌
知見録: 市民団体から理解を得てグッドサイクルに入った時、高齢者の方々はどんな反応を見せたのですか。
青山: 映画館で映画を観たことがないという方が、けっこういらっしゃいました。若い頃は好きだったけど、ここ数十年観ていないという方も。懐かしさのあまり感極まって、シートに座るや涙を流すお客様、スクリーンに向かって手を合わせるお客様もいらっしゃる。「この街には映画館が必要なんだ。皆さん、待っていたんだな」と実感することができました。「ここに映画館ができて良かった」と言っていただけるようになったことが本当に嬉しいですね。
知見録: 高齢者以外の世代についてはいかがですか。
青山: 映画のジャンルの選択で広げています。最初はシニア向けのヒューマンドラマが中心でしたが、若い人向けのアニメを上映するようにしたところ人気となり、今では「厚木はアニメで熱い街」と言われるぐらい若いお客様も集まるようになっています。
午前中や午後一番はシニアが多いのでヒューマンドラマ、夕方はアニメを上映するという構成にしているのですが、入れ替わりの時にお客様がクロスするんですね。「アニメって面白いの?」という興味関心を持ったシニアの方がアニメを観たり、アニメを観た若い大学生がちょっと渋めのヒューマンドラマやフランス映画を観たり。お客が混じっているんです。配給会社の方が来館してその様子を見るとビックリされますね。「こういう状況になるのは厚木さんだけです!」と。私たちが目指す良いカタチが実現しつつあります。
知見録: 改めて、青山さんのこの社会事業にかける思いを伺わせてください。
青山: 映画館というものは単なる娯楽施設ではなく、語らいの場になり、コミュニティの拠点になり得るということを厚木で証明できたと思っています。このモデルを全国に広げていきたい。この手法を使えば、映画館に限らず、公民館や文化ホールなどをコミュニティ施設として再生できると思っています。映画で社会を変える、映画が社会に貢献できると信じています。
父親が役者だったので、私は幼い頃から映画と、そしていろんな大人と触れあう機会が多かったのです。支配人や売店のおばちゃんに遊んでもらったり、映画を観た後の人たちが笑っていたり、泣いていたりする、その表情を観察するのがとても楽しかった。私にとって映画館は、「映画を観なくても、とても楽しい場所」だったのです。
社会人になってから、IT業界に身を置いていたのですが、2011年にK.I.T虎ノ門大学院に入学し、修士論文の研究テーマとして「ミニシアターの再生」を選び、シネコンに侵食されてミニシアターが潰れていくメカニズムを調査したのです。そのメカニズムが分かれば、再生の糸口をつかめるのではないかと。調査を進めるうちに「自分でやってみたい」という気持ちが強くなっていったのですが、簡単にできるはずもありません。
ところが、グロービス経営大学院からK.I.T.に単位互換制度で学びに来ていた方が、ミニシアター再生をテーマとするイベントを企画してくれて、そこで講演をさせてもらったのです。すると、思いのほかに多くのお客様が集まり、共感していただき、同様のイベントを何回か重ねているうちに、映画館再生計画を進めていた厚木市のご担当者の目に止まり、連絡をいただいたのです。2012年のことです。
映画業界には、「一度潰れた映画館には手を出すな」という不文律があって、厚木市は運営先を探していたのですが、どこも話に乗ってくれない。しかも隣の海老名市には、日本で9番目にお客様が入る「TOHOシネマズ海老名」と「イオンシネマ海老名」の合計17スクリーンもある。「そんな激戦区に新しい映画館を作って大丈夫か?」という見方があったようです。
弟子入り募集!厚木で育てて日本全国へ送り出したい
知見録: 今後の展開について教えてください。
青山: いくつもの自治体から「うちにも」というお声がけをいただいています。ただし、私しか対応できる人間がいないので対応しきれなかった面があります。そこで、「自分の街に映画館を再生して、コミュニティと一体化した施設として運営していきたい」という人を募りたい。そういう方々を厚木に集めて、この映画館で“修行”してもらい、のれん分けしていくようなイメージを持っています。
机上の空論ではなくて、地元の皆さんと膝詰めで話して、分かっていただいて、信頼していただいて、地域と一緒に作っていくプロセスを学んでほしい。そして、全国各地に散ってもらい、彼ら・彼女らの手で地域活性化に繋がる映画館を作っていってほしい。「映画館づくりは街づくり、街づくりは人づくり」です。私は厚木で「人づくり」を一生懸命やっていきたいと思っています。
知見録: 今回、KIBOW社会投資ファンドからの投資を受けられましたね。
青山: 大切なお金を投資していただきました。身の引き締まる思いです。私たちのような社会的事業は、ベンチャーキャピタルの目には止まりません。止まったとしても「どのぐらい儲かるのか、どのぐらいスケールするのか」というところに主眼が置かれてしまって、私たちが本当にやりたいことからズレてしまうのではないかという思いがありました。KIBOW社会投資ファンドについて、初めて聞いた時には「社会的課題を解決することで真のインパクトを生み出そうとしている事業を応援する、こんな投資のやり方があったのか!」と驚きました。
KIBOWさんは、単にお金のリターンを求めているわけではなく、地域や社会へのインパクト、貢献ということを評価基準とされている。映画館づくりを通して地域を活性化させていきたいという私の思いに対して共感していただき、その共感に対して投資していただいていると私は理解しています。
知見録: 失われた地域コミュニティを再生する青山さんの挑戦が、新しいステージに入りますね。
青山: とても印象に残っているシーンがあります。おばあちゃんと大学生とおぼしき男子2人がロビーに。お年寄りが一生懸命若者たちに話しかけているんです。若者たちは鬱陶しそうな顔をしていたのですが、それでも、なんとなく会話になっている様子。すると、3人が一緒に上映室に入っていったんです。2時間経って出てくるときには、両脇の若者が真ん中のおばあちゃんの手を引いて出てきたんですよ。たった2時間、一緒に同じ映画を見たら、この3人仲良くなっていたんです。そのまま隣のカフェでお茶をしながら、笑顔で話していました。
「ここでは世代を超えて分かり合える」「これは素晴らしいコミュニティだ」と、確かな自信を得た瞬間です。あの笑顔を日本全国に広げたいと思っています。応援、よろしくお願いします。
知見録: 青山さん、ありがとうございました。頑張ってください。
■ニュースリリース
「KIBOW社会投資ファンド、シーズオブウィッシュに出資
街の映画館再生を通して地域を活性化する社会的事業を支援」