『グロービスMBA組織と人材マネジメント』の第2章から「組織文化の機能」を紹介します。
良き組織文化は企業の競争力をさまざまな形で高めます。スピーディな行動やベクトルの合致、意思決定や行動の効率化などです。良き企業文化こそが企業の競争優位性の源泉となると言う経営者も少なくありません。ただし、難しいのは、組織文化は直接的にコントロールするのが難しいということです。また、いったん組織文化が悪い方向に流れてしまうと、それを押しとどめるのは容易ではありません。もともと起業家精神にあふれていた企業が、成長に伴い、いつの間にか官僚的な文化を持つようになってしまったというケースなどがその典型例です。だからこそ組織のリーダーは、悪しき組織文化の芽を発見したら早めに摘み取るとともに、良き組織文化を維持・拡大すべく、コミュニケーションに力を入れたり、組織の制度を良き組織文化と整合させる努力をし続けなくてはならないのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
組織文化の機能
堅固な組織文化を維持することができれば、組織は存続できる可能性が高くなる。それはなぜだろうか。
実務面での効果
1) 意思決定や行動の迅速化
組織文化はある事柄をどのように解釈すべきかの基準を与える。個人は、判断に迷った時、組織文化が教える基準に従うことによって解決できるようになる。つまり、価値判断の基準が合意されており、意味解釈の仕方が決まっているので、ある程度手順を踏めば意思決定でき、さまざまな案件を処理するうえで効率がよくなるのだ。
もちろん、あらゆる事柄は組織文化に従えば、自動的に処理できるというわけではない。重要なことは何か判断に迷った時の拠り所になるということだ。たとえば、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)には、クレドと呼ばれる企業理念があり、これが企業文化に強く影響を与えている。同社はさまざまな事業に進出しており、数百を超える事業会社を傘下に持つが、さまざまな場面で意思決定に悩んだ時はクレドに従って意思決定するという。
なお、行動の拠り所があることは、ルーチンな仕事よりも不測の事態や難しい判断が求められるシーンでより強みを発揮する。言い換えれば、組織としての環境適応力が高いということだ。事実、J&JやGEは、競合他社に比べ遅れて進出しながら優れた業績を誇っている事業を多数持っている。まさに柔軟な行動が功を奏したのだろう。
2) 凝集性の向上と自由の付与
組織は、組織文化に基づくことで一丸となって意思決定し行動できる。言い換えれば、価値観に反する、あるいは合わない意見は取り上げられないから、組織として求心性が高い状況を維持しやすくなるともいえる。
また、組織として凝集性の高い行動がとれる一方、組織文化が示す価値にしたがっている限り、自由に行動ができることも指摘しておきたい。組織文化が共有されていれば、細かなルールで行動を縛る必要はない。その分だけ裁量の余地が広まり、弾力的に行動できることになる。
将来、何か起きるかを予測することは不可能であり、事前に完璧な対策ルールを具体化しておくことは難しい。むしろ重要なのは、一定の価値観に従って行動できるという規律を持っていることなのだ。
3) 知恵の結晶
組織文化は、長期間にわたって組織メンバーの行動基準となってきたがゆえに個人の能力以上の確かさを持っているといえる。つまり、組織文化はある意味、そこで働いてきた人たちの知恵の結晶であると考えられる。ある銀行における、「不良な取引先は、コストをかけてでも早い段階で切る」はそうした知恵の一例だ。
その知恵は、当然ながら数え切れない人たちの経験を基礎としている。そして、時間をかけて洗練されてきたものである。組織に共有されている価値に従って考えるということは、スーパーコンピュータを駆使して考えることと同じ効果をもたらす。
このように組織文化は組織メンバーの価値解釈や価値創造に影響を与える。行動基準が共有化されることで、組織内部での行動が統一性を持つ。同時に基本的な行動基準さえ守っていれば、裁量は広がる。環境変化を敏感にとらえたら、すぐ行動に移すことが可能となる。行動基準の範囲内であれば上司の判断を仰いだり、決裁を待ったりすることはほとんど必要ない。1人ひとりがこのように行動することで、結果として組織は外部環境への適応力が高められる。
心理的拠り所としての組織文化
組織文化は実務の効率性を高めるだけでなく、心理的な機能も持っている。好業績を生み出し、企業市民として尊敬されるような文化を持つ組織のメンバーであることは、それ自体が誇りとなる。ソニーやホンダの社員が周りから好意的な目で見られるのは、単に大企業の社員として見られているからではなく、創造性や挑戦を好む組織のメンバーと見られるからだ。社員は、優れた組織のメンバーであること自体に誇りを感じると共に、組織で働く自分自身も優れているという感情を抱くようになる。このような感情は、仕事に積極的に取り組む態度を形成するうえで役立つ。
一般に自己に対する肯定的な感情は、より積極的な行動を起こさせる要因となる。好感情とは脳内物質であるドーパミンが大量に分泌する現象であり、これが学習や動機に影響を与える。一度ある行動を起こし、それが心地よいものであることを経験すると、それが動機となって、さらに特定の行動を繰り返すようになる。
そして、行動を起こした結果が好ましいものであれば、さらに行動が強化される。仕事を通じて一度自信を持つと、次の仕事もできるように思えるのだ。これを自己効力感と呼ぶ。自己効力感が高まると、一見不可能と思われることにでも挑戦しようとする。
マイナスの効果
一方で、好ましい組織文化を持つ組織ばかりではない。悪しき文化は、業績を左右することすらありうる。
悪しき文化がいったん根づいてしまうと、組織の存続が危うくなる。悪しき文化によって、内部は乱れ、だれもが勝手に行動する(勝手に行動することを止めない)。組織のなかで生き残るために政治的行動(ポリティクス)に走ってしまい、顧客へ目を向けること、顧客の声に耳を傾けるよりも、社内の政治情勢に敏感に反応するようになる。このような状況が外部に伝わると、イメージはさらに低下し、結果としてその会社の製品やサービスが消費者やユーザーから支持されなくなる。
(本項担当執筆者: グロービス経営大学院教授 佐藤剛)
次回は、『グロービスMBA組織と人材マネジメント』から「組織構造を規定するもの」を紹介します。
https://globis.jp/article/4250