『グロービスMBAマーケティング』の第9章から「コーポレート・ブランディングの新潮流」を紹介します。
企業経営におけるコーポレート・ブランドの重要度は近年ますます増しており、単にマーケティング活動のみならず、企業活動全体に影響を与えるものという認識に変わりつつあります。キーワードは、多くのステークホルダーを巻き込んだ信頼感の構築です。通常の企業活動をしっかり行い、顧客をはじめとするステークホルダーの信用を得るのはもちろんのこと、社会貢献等にも適切な方法でコミットすることが必要です。経営理念を再確認し、それに沿いながら社会全体に価値提供し、ITも活用しながら積極的にコミュニケーションすることが、企業経営上、非常に重要な課題となってきているのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
コーポレート・ブランディングの新潮流
コーポレート・ブランディングとは、単独の製品・サービスのブランディングではなく、企業そのもののブランド構築を指す。ここ何十年間にわたって議論されてきたブランド課題であったが、そのあり様は社会環境の変化に伴って変化している。
企業のブランド・コミュニケーション活動の変遷
コーポレート・ブランディングのためのコミュニケーション活動は、社会情勢や企業環境の変化を背景に、時代によって活動の重点を変えている。
1980年代から、コーポレート・ブランディングの重要性が指摘され、「CI(コーポレート・アイデンティティ)活動」という名で、広く企業に導入された。しかし、CI活動はロゴのデザイン刷新など外形的な活動にとどまり、本来の目的である企業のブランド価値向上を認識できないケースが多かった。だが中には、CI活動の本質をとらえて、企業のブランド価値向上につながった成功事例がある。
その1つが、教育産業大手のベネッセコーポレーションである。同社は、1995年に社名を「福武書店」から「ベネッセコーポレーション」へと変更した。ベネッセ(Benesse)は、ラテン語で「良く」という意味の「bene」と「生きる」を意味する「esse」を組み合わせた造語で、同社の企業理念をそのまま社名として採用した格好であった。変更当時、売上高の8割は「進研ゼミ」に代表される通信教育事業で占められていた。だが、少子化の流れに伴い、国外市場を狙った国際化、育児・介護などの新事業への展開を志向するとともに、株式公開も目指していた。こうした戦略に合わせて実行されたCI活動では、社名はもとより、ロゴ・マークをはじめとするコミュニケーション・ツールをすべて改定し、公器としての社会への貢献や海外展開・業容拡大という戦略転換の意思を内外に強く知らしめた。そして「大学受験を中心とする通信教育」から「生涯学習事業」「グローバル・カンパニー」というイメージを浸透させ、マーケティング活動や採用活動を後押しすることに成功している。
ITの影響と理念発信型ブランディングの台頭
2000年代に入ると、コーポレート・ブランディング活動は外形的CI活動にとどまらず、マーケティング戦略全体の中での役割を増すようになった。コミュニケーション戦略(第8章)でも取り上げたがITの進化によってリアルの製品や企業に触れずにインターネット上でブランドが形成されるようになったこと、マスメディアに依存せずに自社からの直接発信が可能になったことから、ネット上でのブランディングが主要なトピックとなった。企業はホームページ、ブログ、SNSなど、多様なインターネットメディアを活用して、従来の広告よりも多くの情報を顧客に届け始めた。ことに膨大な情報の中からネット上の読者を引きつけるために、限られたキャッチコピーにとどまらない「読み物・ストーリー型」のコミュニケーションを実施する企業が増えている。バーチャル環境では得にくい「リアリティ(実感)」や「共感」をいかに生み出すかを試行しているのである。
一方、顧客側の購買動機にも変化が見られるようになった。機能や便益だけでなくライフスタイルや価値観といった心理的満足を求めるとともにその企業が社会に良質な価値を提供しているかどうかといった企業姿勢を重視する傾向が強まったのだ。これを受けて、多くの企業で「企業理念」を前面に出したコミュニケーションを行うようになった。特に、環境をはじめとするCSRとブランディングをどう関係づけるかが大きなテーマとなっている(CSRに関わるブランディングについては後述する)。
また企業は、顧客の心理的満足を充足させるためにライフスタイル提案やストーリー性の強いコミュニケーションを通して顧客の「感動」や「共感」を引き出し、顧客が自然と巻き込まれていくことを狙ったさまざまな取り組みを行っている。例えば高級大型オートバイ製造・販売の「ハーレーダビッドソン」では、ブランド・コンセプトを「モノを売る前に、ライフスタイルを売る」とし、ハーレーを所有して楽しむライフスタイルやストーリーの提案・伝達によって熱狂的なハーレーファンを作り出すことに成功している。
CSRを活用したプランティンク
ブランディングにおいては、主要指標である「認知度」に加えて「信頼度」が重要なファクターとなる。特に昨今、社会から共感を得、好感をもたらすコミュニケーションスタイルの重要性が増しているが、その際に重要な役割を担うのがCSRである。
CSRの背景にあるのは、企業は顧客や株主、社員に対して責任を果たすだけではなく、広く社会全体に対しても責任を果たし、また価値を提供すべきである、という考え方である。1990年代以降、特に先進国においては、企業は利益や経済成長という「結果」だけがよければ手段がすべて正当化されるわけではなく、環境対策や地域貢献など社会への価値提供も求められるようになってきた。
CSRにはさまざまな活動が含まれるが、特に重要な領域として「環境対策(エコ)」「社会・地域貢献」「貧困層支援」「災害支援・エイズなどの病気への対策」などが挙げられる。これらは、「企業の評判・名声(レピュテーション)」を高める活動として位置づけられる。また、企業が社会にマイナスの影響を及ぼさないための最低限の倫理的行動である「法令順守(コンプライアンス)」「内部統制」「リスク・マネジメント」も、広い意味でCSRの範疇にあると言える。これらの活動は特に、企業ブランドの価値を守る「守りのブランディング」活動ととらえることができる。
CSRはこのように「公器としての企業の責任」という側面で語られがちであるが、実は、ブランディングの「攻めのツール」としても有効である。ハーバード大学教授のマイケル・ポーターも、企業が社会に及ぼす悪影響を処理するための「受動的CSR」にとどめず、戦略上の差別化を実現する活動として積極的に活用する「戦略的CSR」の有効性を説いている。
昨今では、環境対策によって「環境にやさしい企業」という企業ブランドを構築するとともに差別化可能な戦略的要素を追求する企業が増えている。古くからそうした活動をしてきた例として、1970年代に創設されたザ・ボディショップが挙げられる。同社は、動物実験に反対し、天然原料を使った化粧品・トイレタリー製品を製造販売するイギリス企業であるが、自然派化粧品として競争の激しい業界での差別化に成功している。冒頭のリコーのケースも長期的にCSRを活用したブランディングに取り組んだ好例と言えるだろう。
次回は、『グロービスMBAマーケティング』から「顧客維持と収益性向上の関係」を紹介します。
https://globis.jp/article/4111