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顧客一人ひとりに最高の体験価値を

投稿日:2024/04/30更新日:2024/05/16

今年2月発売の『ビジネススクールで教えている 武器としてのAI×TECHスキル』から「Chapter8 顧客に対する提供価値を劇的に高める」の一部を紹介します。

もともとマーケティングにおいてセグメンテーションやターゲティングという概念ができたのは、経営資源は有限なのですべての顧客に製品・サービスを提供することはできないということに加え、「同じようなニーズを持つであろう人々をターゲットにした方が、費用対効果が高い」という発想からでした。

この考え方は今でも有効ですが、ITの進化は、顧客一人ひとりにあつらえた対応を可能にしつつあります。まさにワン・トゥ・ワン・マーケティングの世界です。

ワン・トゥ・ワン・マーケティングはアマゾンやフェイスブックといったネットビジネスで先行しました。昨今ではセンサーの性能が上がり価格も安くなったことから、リアルビジネスでもビッグデータをベースに、顧客一人ひとりに合わせた対応をとれるようになってきています。競合に先駆けてビッグデータを活用し、個別の体験を提供できる企業が大きなアドバンテージを持てる時代になってきたのです。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、東洋経済新報社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

リアルの世界でのパーソナライズ

今はさまざまなセンサーが安価になり、かつ性能が上がっています。ネットで完結しないビジネス(多くの製造業やサービス業)においてもリアルでの人間やモノの動きを捕捉することで、よりきめ細かいマーケティング施策を行い、体験価値を上げることができるようになっています。 AIを活用した「テックタッチ」の経験と、「ヒューマンタッチ」の経験をほどよいバランスで提供することが、そうしたビジネスでは重要となります。

たとえば建機大手のコマツは、日本における典型的なIoT活用の成功例とされます。21世紀初頭にはすでに自社の建機にセンサーを取り付け、「Komtrax」と呼ばれるシステムによって1台1台の製品の稼働を可視化しました。それを活用することで、スピーディな故障対応や、故障前のユーザーへの警告出しなどを可能にしたのです。そしてそれにとどまらず、建機そのものの効率化から、工事現場全体の効率化、そして生産性向上へと付加価値を広げ、顧客に対する体験価値も高めてきました。この取り組みは他企業でも参考になるでしょう。

こうした動きはBtoC、BtoB問わず、あらゆるところで加速する見込みです。たとえば福岡県に本社を置く流通業トライアルカンパニーのスマートショッピングカートは、他社のショッピングカートの多くが決済機能のみにとどまっているのに対して、プリペイドカードの顧客情報や購買履歴などのデータに基づき、1人ひとりに最適な商品をAIが選択し、タブレット上でお薦めするレコメンド機能を搭載しています。また、適宜クーポンの発行なども行っています。

今後は、料理に使う高級鍋なども、何回かの食事のメニューを記録したり使い方のデータを捕捉できたりすれば、好みのメニューをレコメンドしてくれるかもしれません。

あるいは、冷蔵庫内にセンサーがつけば、「この商品がそろそろ切れます」「この商品が賞味期限まで1日です」「こうした食品を買うともっと健康的な生活ができます、レシピは……」といったレコメンデーションができるようになるかもしれません。

1社だけでは完結しない話も、個人情報保護法への配慮は行ったうえで、顧客にとってほどよい距離感をとりながら、驚きの体験価値提供を業界を跨いだ横連携で実現できる可能性は高まっています。個人の特定まではできなくても、マーケティングに役立てられる情報は多々あるのです。「はじめに」のSection3のストーリーで紹介した通信キャリアによる人流分析サービスも、個人情報保護法は守りつつ、顧客企業にとって有益な情報を提供している例です。

なお、ここまではIoTなどを前提に議論してきましたが、それとは別のやり方によって顧客の嗜好に合わせパーソナライズすることもできます。アメリカのファッション企業THE YES (のちにSNS企業のピンタレストが買収)は、いろいろなブランドを組み合わせながら、顧客の嗜好やスタイル、顔の色、髪などに合ったファッション(アクセサリーなども含む)を、AIの力を用いて提案しています。衣装の組み合わせに悩む人などにとっては非常にありかたいサービスと言えるでしょう。

特にZ世代とも呼ばれるデジタルネイティブの若い世代は、レコメンデーションに対する抵抗が少ないとも言われています。自分のこだわりがあるもの以外の買い物は、適当に見繕って提案してくれるということが、彼らの満足度を高めることにつながる可能性が高いのです。

機械が感情を読み取れる時代は来るか

現段階ではいつ実現するかの正確な予測は難しいですが、より技術が進化して人の表情などをビッグデータとして解析することができれば、サービス業の接客等に活かせる可能性もあります(ただし、利用者の1人ひとりへ用途などを説明し、同意をとる必要があります)。目の動きや声のトーン、顔の動き、体の動き等々のデータから感情や満足度を推測し、より適切なコミュニケーションやレコメンデーションを行うわけです。これも結局はAIの強みである学習と予測の力を使います。

これまでは、こうした作業は人間の記憶や感性で行っていました。たとえばバーで、顧客のAさんがある表情をしていたら話しかけない方がいい、また別の表情をしていたらお気に入りの酒をお薦めするといいなどです。バーの世界では、「良いマスターとは、顧客に話しかけていいか話しかけない方がいいかが瞬間的にわかるマスター」という言い方もあるそうです。それを機械の力を借りて行うわけです。

人間の感情は複雑ですから、もちろん当たり外れはあるでしょう(特に当初は)。ただ、顧客の同意が得られ、また結果として顧客のライフタイムバリュー(LTV:顧客がそのプロダクトを利用している期間にトータルでもたらしてくれるキャッシュ)が平均○○%増すのであれば、そのシステムを使おうということになるかもしれないのです。もちろん、顧客がそうしたバーに行きたいと思うかという別の問題はありますが、それに価値を感じる顧客が一定数以上いれば、ビジネスとして成立するかもしれないのです。

 『ビジネススクールで教えている 武器としてのAI×TECHスキル
著:グロービス経営大学院 発行日:2024/2/28 価格:1,980円 発行元:東洋経済新報社

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