ダイバーシティはイノベーションの母である。日本の企業社会にダイバーシティを取り込めるかどうかの試金石と言われる「女性の活躍支援」。2016年、大きな進展はあるのか。企業向け研修「女性リーダー育成プログラム」で様々な企業の課題に向き合ってきた林恭子と君島朋子に、日本企業の現場で何が起きているのかについて本音で語ってもらった。後編は、女性リーダー候補たちの直属の上司(男性)たちについて。(構成: GLOBIS知見録「読む」編集長=水野博泰)(前編はこちら)
君島: その一方で、女性リーダー候補の上司向け研修は手ごたえを感じるまでに時間がかかる。丸1日の研修のうち午前のパートでは、女性の活躍を推進することは企業にとって極めて重要な戦略であることを理解していただくことに主眼を置いている。だが、当初、男性管理職の皆さんは「なぜ俺達が、こんなことをやらなければいけないのか」と思っている様子だった(笑)。
ある大手企業の現場管理職は「子供を産んだ女性を配属してきたら迷惑だ。営業には向かないのに!」と人事部にクレームを入れたそうだ。女性が配属されたら迷惑であり、扱いに困る、生産性が落ちるという考え方が根強く残っている。そういう方々は「女性活躍って、子供を産む人を増やさないといけないから、仕方なくやるものだ」というご認識。そうではなくて、これは会社が戦略的に取り組んでいるものであり、会社の成長のために必要なことなのだということを理解してもらうことから始める。
だが、これがなかなか入っていかない。事前課題の企業事例も、表面的なとらえ方しかしていない。様々な働き方を実現するための企業の取り組みがテーマだったが、自分たちの問題として捉えるところまでいかず「経営者が偉大だった」「時代の流れだからね」といった意見が出てきてしまい…。午前中いっぱいかけて、粘り強くクラス・ディスカッションを重ねて、なんとか意義の理解までたどり着くという感じだ。
一過性の災いだと高をくくっている
知見録: まだ、かなり距離がある感じか?
君島: 何段階もある。会社の戦略という高い視点から、自分事として捉えられるようになるまでにとても時間がかかる。
午後のパートでは、典型的な管理職像を描いたケースを使う。日本では良い方に分類される管理職だが、長時間労働を厭わない、部下に休日出勤させる、会議は早朝から開く…。部下はこういう人を良い管理職だと思うか、これで生産性は上がるのか、自分は管理職としてどのような振る舞いをしているか、という問いを重ねていき、「このままではもしかしてダメなのかもしれない」と気づいてもらうところまで1日がかりで持っていく。
林: 総論賛成、各論反対ということだ。このように古い考え方で凝り固まっていて、なかなか変わらない男性管理職は、失礼ながら「粘土層」と呼ばれている。粘土層の皆さんは、今は一過性の災いが起こっているだけで少し経ったらこのブームは過ぎ去る、頭を低くして通り過ぎるのを待っているようだ。
女性の活躍推進や管理職比率何%というのも、自分の部署以外でやってくれと思っている。人事部やダイバーシティ推進室、その他管理部門などで吸収し、形だけ30%を達成すればいい。会社としてやることだから仕方ないが、自分の部署ではやらないでくれというのが本音。自分が変わるつもりは無い。そういう体質の組織の中で入社から30年くらい…。なかなか変われないのは無理も無いかもしれない。
君島: ある企業では戦略上「ダイバーシティ」を謳っていて、人事部はそうとうな危機感を持っていた。現場になかなか浸透しないので集合研修に踏み切った。支社長レベルから現場の課長レベルまで、ごそっと研修に参加されたのだが、年齢が上の方ほど研修中に発言しない。支社長さんや事業部長さんが何も喋らない。そういう偉い方のまわりを、人事部の課長さんなどが固めていて、代わりに発言する。
林: こんな研修に出たくない。仕方なく来ているという意思表示なのだろうか?
君島: 年齢が上の偉い方が全く話さない研修というのは何社かで経験しているが、正直言って「これはまずい」と感じる。
知見録: 支社長、事業部長の上の役員、経営トップまで全部そのような状態なのか?
林: いや、役員クラスまでいくと、女性の活躍支援にポジティブな方も少なくない。時短勤務の女性の能力がとても高く、限りある時間の中で生産性の高い仕事をしているのをよく見ていて、男性の課長や部長に「君たちしっかりやろう」と発破をかける気概を持った方もいる。女性が少ない業界でも、役員の方が部下の女性を早く役職者に上げようと、応援チームを作っていたり。
君島: たしかに、役員クラスにはそういう方が多い。
林: トップは、経営戦略上、ダイバーシティの必要性を感じている。役員の中にもある程度意識の高い方がいる。
君島: 変わらないのは、その次くらいの現場管理職のトップ辺りだ。
林: その辺りから40代後半くらいの方たちが難しい粘土層になっている。そこを抜けて30代まで降りると意識の高い方が多い。
君島: 30代の管理職の方々とは話が盛り上がる。きちんと自分の問題として反省もするし、「こういうことをやっているが上手くいかない」というような試行錯誤もしている。
林: 20代から30代前半くらいの男性は、奥様も働いていることが多い。育児に対して夫婦で一緒に考えて、取り組んでいる方が多い。あと10年くらいすると、こうした層が上がってくるので凄いパラダイムシフトが起こるだろう。その間に、その上の粘土層の方々が変われるかどうか…。
知見録: 粘土層の人たちが変わる方法は無いだろうか?
君島: 例えば、「女性活躍推進というのは女性に気を遣うことではないんですよ」という話をしたら、スッキリしたという方がたくさんいた。女性を保護しろ、特別扱いしろと言っているわけではなくて、男性と同じように試練も与え、怒る時は怒り、褒める時は褒め、育てて欲しいのだ、と聞くと、「な~んだ、そうだったのか」と。
「資生堂ショック」をネガティブに捉えるのは正しいか
知見録: 子育て時短勤務者の働き方の見直しが、ネガティブな側に振れて「資生堂ショック」と報じられた。(編集部注: 資生堂が子育て中の時短勤務社員に休日勤務や遅番勤務を求めるように制度変更を行ったことに対して、「働く母親に厳しい」などの声が上がった。制度変更は2014年4月に行われていたが、2015年11月にNHKのニュース番組で報じられたことで話題となった)
林: 女性の活躍というものには段階がある。最初は、制度が何もなく、出産という身体にも負担の大きい一大事を行う女性や生まれたばかりの新生児をきちんと保護しようという時期。そして、育児に付随するある程度の制度を確立する時期。その次には、しっかり結果を出す人を育て、引き上げていく時期。資生堂はこの第3段階まで進んでいるということだ。
君島: 資生堂には元々きちんとした保護策があり、今回もそれほど無茶なことをしているわけではない。資生堂の関係者に聞いたところでは、丁寧に1件ずつ相談しながら進めているという。どんな方にも均等に夜勤を割り振ったわけではない。相当な配慮があってのことだ。
林: 女性が夜間とか土日に働けるようにするためには、同居している男性のサポートが不可欠であり、男性の働き方も変えなくてはいけない。深夜残業が当たり前とか、土曜も日曜も家のことをしないのが当たり前とか、そういうことでは成り立たない。資生堂の試みは、「普通のことを普通にやろうよ」ということ。どこの企業でも当たり前にできるようにならないと。
君島: あれがショックになってしまうのは、夜勤になったら“その人が”大変だよねという発想だから。代わりに旦那さんが早く帰って育児をすればいいという考えにつながらない。
林: 託児所などの保育施設もきちんと整備する必要がある。夕方6時を過ぎると、子供が誰にも見てもらえないなんてことはあり得ないことだ。行政も企業も、一体となって進めていかなければ変わらない。
知見録: 今年、介護退職が話題になった。
君島: 介護退職の問題が大きくなれば男性も帰らざるを得ない方が多く出るので、世の中の理解は進むだろう。
林: 在宅勤務とか勤務時間をもっとフレキシブルに考えないと無理だろう。子育てならば手が離れる時期を読めるが、介護の場合は先が全く分からない。重要な仕事をしている管理職の上の方から対象になっていく。これに対応できなかったら日本企業が終わってしまう。
林: 本当のゴールは「女性の活躍」にとどまらず、ダイバーシティの推進だ。人それぞれ強みがあって、いろいろな物の見方ができる。多様な人がいることでイノベーションが起こるのだから、いろいろな人が活躍できる世の中にならなくては進歩がない。
日本は民族がほぼ一緒、言語も一緒、宗教が問題になることはほとんど無い、男女の教育水準も能力もほぼ一緒。ここまで一緒なのに、唯一、男性か女性かでとんでもない差がある。これを乗り越えられないような企業や社会は、言語や宗教や生育環境などの、性別以上の違いを受け入れて活用することなどできない。その最初の一歩が女性の活躍推進なのだ。遅すぎる第一歩ではあるが…。
2016年、下からの突き上げが激しさを増す
知見録: 2016年には変われるのだろうか?
君島: 粘土層の方々が変わるのが先か、いろいろライフイベントがあっても昇進していく女性が増えて下からの突き上げで変わるのが先か――。おそらく後者なのだろう。多くの企業で女性リーダーが登場し始めている。「あれ、俺も変わらないとまずいな」と感じる管理職の方々が増えてくれば良いなと思う。
林: 若い世代の意識は、50代以上の方々とは圧倒的に違う。例えばデジタルに対する意識、生き方の価値観。クルマは要らないし、お酒もあまり飲まない。滅私奉公なんてとても受け入れられない。下から突き上げていくしかないのかもしれない。
君島: 経営トップは意外と分かっている。管理職層が「あれ、自分達だけが取り残されている」と気付いてくれると良いなと思う。
林: 人口全体が減っていく中で、労働人口も少なくなり、優秀な人材を巡る争奪戦が激しくなっていく。どの企業も優秀な人材が欲しい。では、優秀な人達はどのような企業で働きたいのか。旧来型の滅私奉公の会社?訳の分からないおじさんたちが幅を利かせているような会社?それとも、いろいろな人がいて、いろいろな働き方をして、バリューを世の中に打ち出し、そこに属していることに意味を感じられるようなコミュニティ?絶対に後者だ。だから、変わらない企業には優秀な人材は集まらないし、必然的に淘汰されていく。
知見録: 粘土層を変えるのではなくて、粘土層を置き去りにしたまま、それ以外の人達が変わっていくということか?
親の介護で粘土層も変わる?
林: 介護の問題に直面する最初の世代が粘土層に当たるので、自分の体験をきっかけに意識が変わる可能性はあるかもしれない。夫と妻の両親を合わせれば、4人の老人の面倒を見なければならない。粘土層のみなさんはその問題に直面することになる。
知見録: これから取り組もうという企業に向けてメッセージを。
君島: 企業によって進展度合いが分かれる。第1段階は、研修に来る人も全くいないような段階。第2段階は、現在受講されている方々。さらに、資生堂のように先端を行く企業もある。2016年には、第2段階に差し掛かる企業が一気に増えていくと思う。そこがボリュームゾーンになって、世の中を変えるうねりになっていけば素晴らしい。
林: 女性の活躍推進は今に始まった話ではなく、過去にもいろいろなことをやっている。その都度盛り上がるのだが、数ミリ進んではすぐに元に戻ってしまう。しかし、今回こそきちんと変わらなければ未来は無いと思う。
君島: そうなったら、日本の少子化が加速して日本はスカスカになってしまう(笑)。
林: 今回はKPIを設定していることが、これまでと違う。「2020年までに30%」という数字が良いのか悪いのかは別にして、「頑張りましょう」と言っているだけでは何も変わらないのも事実。経営トップの皆さんに本気を出していただいて、粘土層の方に上からKPIを突き付けていただきたい。やはり何らかの強制力がないと変わらない。
君島: 粘土層の方々も、管理職としては結構良い人である場合が多い(笑)。古き良き育成意識を、ぜひとも未来ある女性に向けて育てていただきたい。
林: 管理職層の方々もどうして良いか分からなくて困っているのではないか。「何で俺がこんな目に遭わないといけないんだ」と戦々恐々としているのかもしれないのだから、そういう気持ちにも理解を示してあげながら、“ほぐしてあげる”ということも必要だろう。
知見録: 刺激的な本音トークを、ありがとうございました。