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目には見えない問題を見抜くヒント――『「洞察力」があらゆる問題を解決する』

投稿日:2015/12/26更新日:2020/01/24

本書の執筆者でゲイリー・クライン氏は、世界を代表する認知心理学者であり、仮にノーベル賞に心理学賞があれば確実にそれをとっただろうと言われている斯界の第一人者である(ちなみに、彼の論敵であるダニエル・カーネマン教授は、行動経済学の始祖ということでノーベル経済学賞を受賞している)。その彼が、120の事例(ケース)を丹念にひも解くことで、目に見えにくい問題解決のヒントが閃く人間の脳のメカニズムの一端を示したのが本書である。

まず、クライン氏は、組織のパフォーマンスを上げる方向性は2つあるという。1つは、「目に見えるミスを減らす」方向であり、もう1つは「見えない問題を見抜く」方向である。クライン氏は、世の中の組織は、前者に意識を向け過ぎており、そのための方法論(例:ミスを減らすためのチェックリストや、6シグマといった取り組み、あるいはバイアスに関する研究)は多く整備している一方で、後者がなおざりにされていると指摘している。しかし、本来、組織のパフォーマンスをより高めるのは後者であり、問題発見・問題解決の方がより大きなインパクトをもたらすというのが彼の主張の前提だ。

ここで言う問題解決は、ロジックツリーを用いたシステマチックな問題解決ではなく、とてつもないアイデアの閃きのことである。たとえばノーベル科学3賞はしばしばそうした閃きから生まれている(本書の中でも、いくつかその例が紹介されている。下村脩氏が発見したクラゲの蛍光タンパク質を、生体物質の可視化に用いたマーティン・チャルフィー教授の例など)。ノーベル賞は極端な例かもしれないが、そこまで行かずとも、組織のパフォーマンスを劇的に向上させるのは、そうした閃きによる優れたアイデアである。画期的な新商品開発や、ビジネスモデルの構想は、こちらの領域に属すると言えるだろう。

しかし、そうしたアイデアの閃きのメカニズムを解き明かしたり、それを再現したりするのが非常に難しいことは想像に難くない。世の中には発想力などに関する書籍が溢れてはいるが、多くは単なる思い付きであり、あまり再現性はない。

本書が、そうした書籍と一線を画すのは、そのアプローチであろう。もともとクライン氏は「現場主義的意思決定(NDM理論)」という方法論を認知心理学に持ち込んでセンセーションを巻き起こした人物だが、本書のテーマについても、それを応用している。いうなれば、実験室の中ではなく、実際に現場で起きた事例をもとにそれを深掘りするという方法である。冒頭で述べたように、120もの現場で起きたさまざまな事例を丹念にヒアリングし、分析することで、そこで起きたことの共通項を見出し、それがどのように閃きへと繋がっていったかの考察を行うというアプローチである。

その発見のエッセンスをいくつか紹介しよう。まず、見えない問題を見抜くパターンには、以下の5つのトリガーがあるという。これを起点に、「トリガー」→「思考」→「結果」とつながる発見のプロセスが始まるのだ。

・出来事のつながりから見抜く方法
・出来事の偶然の一致から見抜く方法
・好奇心から見抜く方法
・出来事の矛盾から見抜く方法
・絶望的な状況における、やけっぱちな推測による方法

面白いのは、これらのトリガーは、最終的な閃きに至るまでに、同じ思考を要求するのではないということだ。詳細は本書に譲るが、最初の3つと、「出来事の矛盾から見抜く方法」、そして「絶望的な状況における、やけっぱちな推測による方法」の大きく3パターンでは、閃きにつながるための思考のプロセスは異なる。

また、彼の発見によれば、これらのトリガーを加速する要素もそれぞれ異なる。例えば、経験は、「やけっぱちな推測による方法」においては邪魔になるが、その他のトリガーに対しては有効である。また、「心を開く」という態度は、「出来事のつながりから見抜く方法」には効果的だが、「出来事の矛盾から見抜く方法」では必ずしも必要ではない。「出来事の矛盾から見抜く方法」では、むしろ批判的な思考(クリティカル・シンキング)が有効というのが氏の主張だ。

トリガーごとの差異が大きいという難しさもあって、「見えない問題を見抜く力」の向上を組織的に促すのは容易ではない。たとえば、オフィスのレイアウトを工夫することで自分とは違う専門の人間との接触頻度を上げようとする会社がある。これはこれで有効ではあるのだが、コリンズ氏の趣味ではないという。彼は、数学者のポアンカレの以下の言葉を引用している。「想像とは・・・新しい組み合わせからなるものではない・・・。そうして作られた組み合わせは数の上では無限でも、その大部分は絶対的に価値がない。創造することとはまさに、無価値な組み合わせをしないことなのである」。つまり、人間の閃きに対する洞察が少ないところで、形から入っても、なかなか効果は得られないのだ。

また、近年ではITによる人間の思考支援について多くの議論がなされているが、クライン氏によれば、少なくともこの分野について言えば、ITはあまり役に立たないという。進化の早いITが本当にいつまでも役に立たないかは疑問もあるが、「洞察」という領域にITを応用するのが難しいことは間違いなさそうだ。

「洞察」≒「見えない問題を見抜く力」という複雑な話題を扱っているがゆえに、本書は、多くの読者が期待するような、単純な解や方法論は用意していない。それを期待している読者にとっては、ややもどかしい部分が多いだろう。私自身、ページによっては何度も読み返さないと頭に入ってこない部分も少なからずあった。しかし、それを割り引いても、大きな示唆が得られる1冊である。自分の解釈力を確認する上でも、年末年始に読まれるといいのではないだろうか。
 

「洞察力」があらゆる問題を解決する
ゲイリー・クライン著、奈良潤訳
1,700円(税込1,836円)

 

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