"ジャーナリストとして名を馳せた本多勝一氏が、記者としての円熟期に1982年に著した本書は、数ある文章技術本の中でも金字塔と言える一冊だ。本多氏の説く「わかりやすい文のコツ」とは何か――。
私は小説家やプロのライターとは違って、物を書くことそのものが仕事ではないが、それでも仕事の数十パーセントの時間はものを書くことに割いている。そうしたこともあって、さまざまな文章技術の本を読んできた。数ある文章技術指南本の中で、自分の文章スタイルや文書作成スキルに決定的な影響を与えたのは、突き詰めれば2冊に絞ることが出来る。バーバラ・ミント著の「考える技術・書く技術」と、今回紹介する本多勝一著の「日本語の作文技術」だ。なお、この2冊とも、基本的には実務文書を前提としているので、小説や詩歌などの文章については対象外であることを断っておく。
前者は「論理的に分りやすい文書の構造」を徹底的に解説したものであり、高い論理性が求められるコンサルティング業界などではもはや必携の書となっている(ちなみに、翻訳書の出版にあたり、グロービスマネジメントインスティテュートが監修を行っている)。それに対して、本書「日本語の作文技術」は、主なフォーカスは「文書」ではなく、「わかりやすい文(センテンス)」にある。私なりに言い換えれば、「誤解を招かない(文意が一意的に伝わる)」「日本語の」「文をどう書くか」の3点に徹底的にこだわったのが本書である。"
読み手の立場でチェックする姿勢が 文章をわかりやすいものにする
"では、冒頭にも記した「わかりやすい文」を書くコツは何か。リズムを意識するなども書かれているが、これらは他の文章技術本でも紹介されていることであり、それほど目新しい主張ではない。では、本書が他の文章技術本と大きく異なる点は何か――。著者が冒頭からかなりのページを割いて解説しているのは、読点(、)のうち方と、修飾語・修飾句の順序である。その分析の的確さは、他書の追随を許さない。
こんな文章を例に考えてみよう。
「変化の早いハイテクの市場で高度なリスクをマネージする能力を持つ企業だけが圧倒的な利益を残しうる」
やや極端な例ではあるが、この手の文に出会うことは多い。さて、この文の書き手は何が言いたかったのだろう? そして、その意図を正確に伝えるためには、この文はどのように書き換えるべきだろうか?
……正解はここには記さないので、ぜひ考えていただきたい。
読点のうち方と、修飾語・修飾句の順序というと、「なんだ、そんなことか」と思われるかもしれないが、自分自身の経験から、読点の打ち方と修飾語・修飾句の順序が適切かをチェックするだけでも、実際に文はかなりわかりやすくなり、誤解を招きにくくなる。より厳密に言えば、そうしたことを意識し、読み手の立場になって誤解の余地がないかをチェックする姿勢を持つことが、文のわかりやすさを左右する。
私自身が文を書くときに意識していることを改めて書くと、以下のようになる。これらは、二十数年前に読んだ本書に影響されたものなので、参考にしてほしい。
・読点の入れ方、修飾の順番が妥当か
・助詞は適切か(特に副助詞の「は」と「が」の使い分け)
・二重否定など、誤解を招きそうな表現はないか
・無駄に長くないか
・リズムは良いか
ところで、著者の本多勝一氏とは、あの「ホンカツ」氏である。毀誉褒貶が激しく、好き嫌いがかなり明確に分かれる同氏ということもあり、中には本書を手にとることを躊躇する方もおられるかもしれない。本書も、文章論としての主張は白眉なのだが、例文等には文章論の本としては過剰に氏の主張がにじみ出ている点が、もったいないと感じられてならない。氏からすれば、「だからどうした」ということなのだろうが。
それにしても、氏に言わせれば「資本主義の走狗」であろう経営大学院の人間が、氏の書籍を紹介していることを知ったら、やはり苦笑いされるのかな。"