『グロービスMBAクリティカル・シンキング』の序章から「クリティカル・シンキングの3つの基本姿勢」を紹介します。
人間の様々な営み(例:子育て、夫婦生活、ダイエットなど)の成果は、スキルやテクニック以上に、その大元となる「姿勢」に負うところが大です。クリティカル・シンキングも同様です。
姿勢というものは、簡単に「学ぶ」ということができません。人間のメンタリティや価値観を変えることにもつながるからです。厳しく自分を律するとともに、他人からの指摘を謙虚に受け止め、体に染み込ませていくしかないのです。これは時間と労力を要する仕事です。また、ある程度「姿勢」をマスターしても、なまじスキルがついていくと、往々にして人は「初心」を忘れてしまうという問題もあります。人間は弱い生き物であり、易きに流れてしまいやすいからです。そうなると、せっかくのスキルも効果半減です。
とはいえ、「姿勢」をひとたび身につけることができれば、大きな強みになり得ます。今回は3つの姿勢を紹介しますが、特に1つ目の「目的は何かを常に意識する」と2つ目の「自他に思考のクセがあることを前提に考える」は難しく、強く意識してほしいと思います。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
クリティカル・シンキングの3つの基本姿勢
スポーツなどでも同様だが、個々のテクニックを身につけるだけでは、必ずしも結果を残すことはできない。テクニックは、姿勢(心構え)のバックボーンがあって初めて生きてくる。
では、クリティカル・シンキングの土台とでも言うべき3つの基本姿勢とは何か。それは、(1)目的は何かを常に意識する、(2)自他に思考のクセがあることを前提に考える、(3)問い続ける、の3つである(図表参照)。
クリティカル・シンキングのための3つの基本姿勢
この3つのポイントは、本書を読み進めるうえで常に念頭に置いてもらいたい。実際、この3点は本書のさまざまな箇所で、さまざまな表現の仕方で登場する。たとえば、「目的は何かを常に意識する」は、第1章29ページの「イシューの特定」に直接関連している。また、第1章38ページのピラミッド・ストラクチャー作成の第1ステップや、補論186ページにも再登場する。それだけあらゆる思考技術の基本姿勢となっているということの証左である。ほかの2つの基本姿勢についても同様だ。
この3つの基本姿勢は、日頃何かを考える際にも意識して気をつけてもらいたい。この3点を意識するだけでも、考え方はかなり整理され、深みや広がりが出てくるはずだからだ。
(1)目的は何かを常に意識する
これは文字どおり、何かを考える際に「何のために考えるのか」を明確にすることだ。イシューをしっかり押さえること、と言い換えてもいい(イシューとは、論点、議題、課題、検討事項といったさまざまな日本語訳がある言葉だが、本書は、「そもそも何を考え、論じるべきか」という意味で用いている)。
冒頭ケースの例では、訪問件数を上げるための効率化ではなく、売上げを伸ばすために取りうる方向性は何かを(できればゼロベースから)考えることが先決であろう。そこを検討したうえで、やはり「訪問件数がカギだ」とわかったとすれば、そこで初めてケースのような議論を進める意義が生まれてくる。
正しく考えるためにはまず、「そもそも、いま、このことについて考える意味はあるのか」「本当の目的は違うところにあるのではないか」と考える習慣をつけることが重要だ。目的を見失ってしまうと、問題の一部だけに注目したり、問題のあちこちを意味もなく検討するなどして、なかなか全体的な解決に至らなくなるからだ。
考えたうえでの着地点(望ましい結論)をうまくイメージすることが、目的を押さえるコツである。
(2)自他に思考のクセがあることを前提に考える
これは、自分自身、あるいは相手の思考のクセを意識しながら考えようということだ。たとえば、人は誰しも、何かを考える際には暗黙の前提――個人的価値観や過去の経験からの教訓――を置いているものだ。それを認識したうえでコミュニケーションや問題解決をしていかないと、いつまでたっても議論がかみ合わなかったり、非常に狭い範囲で問題の解を求めてしまいがちになったりする。
あるプロジェクトの一場面を考えてみよう。プロジェクトリーダーはAという結論に誘導したがっている。皆、ほかにもさまざまな代替案を考える価値はあるのではないかと思っているが、あえてプロジェクトリーダーに異議を申し立てるほどのことなのかどうか判断しかねている。そうこうしているうちに、プロジェクトリーダーの希望するAという結論に決まってしまった……。
プロジェクトリーダーはなぜAという結論に誘導したがったのだろうか。以前、Bという別のやり方で失敗してから、Bの手法を「使いにくい手法」と見なしているのかもしれないし、あるいは昔からAのやり方で成功していて「Aはいちばんいいやり方だ」と思い込んでいるのかもしれない。これらを、暗黙の前提として置いてしまい、自分自身気がつかないうちに、最初からAの結論しか眼中になかった可能性は大いにある。誰かが、「なぜBやCのやり方ではダメなのか」「その理由は妥当なのか」を突き詰めていたら、最終的にBやCの結論にたどり着くこともありえただろう。Aのやり方で結果が出ればいいが、本当はBやCのやり方がよかったとしたら、これは会社にとって大きな損失となってしまう。
こうした思考のクセを見抜くコツ、特に気がつきにくい自分自身の思考のクセを見抜くコツは、自分自身を客体化し、客観的に眺めてみることだ。自分自身を第三者の目で見ることと言い換えてもいい。そのうえで、「自分の判断に影響を与えている価値観や好き嫌い、思い込みはないだろうか?」と自問してみるとよいだろう。
こうした思考のクセを客観的に把握することができれば。議論のすれ違いや、解の見落としは格段に減るはずである。また、そもそも自分の考えが常に最善であるとは限らないし、むしろ隔たっているのではないかという前提のもと、他者との対話や、自分にない視点に触れることを通じ、互いに建設的に考えを高めていくことに議論する意義がある。クリティカル・シンキングは他者の批判あるいは自己の正当化を目的とするものでは決してないということである。
(3)問い続ける
これは、何らかの結論に達したと思っても、そこで思考を止めず、さらに考え続けるということだ。その際に問う言葉は、「So what?」(だから何なの? その意味は?)、「Why?」(なぜ?)、「True?」(本当に?)の3つだ。「So what?」と問うことは本質をひねり出すことにつながる。「Why?」と問うことは原因の発見や前提の確認につながる。「True?」と問うことは誤解がないかの確認につながる。
たとえば、「残業が多い」というコメントに対して、「なぜ?」と考えることで、「納期までの期間が非常に短い業務依頼が多いようだ」という答えが出てくる。さらに「なぜ?」と考えると、「依頼する側かバッファを見込んでわざと納期を早めに設定するから」という答えが出てくるかもしれない。さらにその先も、「なぜ?」「その意味は?」「本当に?」と問い続けていく。そうすると、いままで見えなかった問題や、誰も気がつかなかったチャンスを見つけることができる。当たり前だと思うようなことでも、問い続けると意外な発見があるものだ。また、問い続けることによって、考える力や考える習慣がついてくる。