このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、重要パートを厳選して、抜粋掲載していく、ワンポイント学びコーナーです。
『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』の「アントレプレナーシップ」章から「ソーシャル・アントレプレナー」を選びました。もともと日本でも、ボランティア団体などが社会的課題に取り組んできましたが、残念ながら彼らのほとんどは持続的成長を果たせず、社会に与えるインパクトは限定的なものに留まっていました。そこに登場したのがソーシャル・アントレプレナーです。彼らは社会的課題に取り組みつつも、成長や利益の確保といったビジネスマインドも併せ持ち、持続的な社会貢献を果たすべく、大胆な挑戦を行っています。日本からも、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏のようなソーシャル・アントレプレナーが生まれることを期待したいものです。
【POINT】
ソーシャル・アントレプレナーは、従来、社会的問題に対して、ビジネス経営の感覚を生かして解決を図る存在として、近年注目を集めている。持続可能なビジネスモデルを築き、多様なステークホルダーの共感を得て成長していくことができれば成功と言える。
◆注目を集めるソーシャル・アントレプレナー
1章で触れたように、ソーシャル・アントレプレナー(社会企業家)という機能が、近年注目を集めてきている。単なるアントレプレナーではなく、わざわざ「ソーシャル」をつけて区別するのは、医療、貧困救済、福祉、人権保護といった社会的な問題の解決を主目的としているところにある。一方で、非営利の立場で社会的問題の解決を主目的としている人々や組織は、最近現れたわけではない。慈善活動家、ボランティア組織などは、昔から活動を続けてきた。それが新たに注目されるのは、「アントレプレナー」的要素、すなわち採算性、生産性。成長性といったビジネス経営の感覚を生かして、活動の継続性を担保すると同時に、社会に変革をもたらすことを目標としているからである。その活動は国や地域の枠を越えて、グローバルな広がりを持つこともある。
実は、ソーシャル・アントレプレナーという言葉は、固定的な定義があるものではなく、使う人によって意味する範囲はさまざまだ。今日的意義という観点から見れば、社会性と事業性を兼ね備えた存在を指すものと言えよう。ソーシャル・アントレプレナーが事業を行う主体は、非営利か営利企業かは問われない。
こうした潮流が生まれた背景を、社会的企業に関する教科書とされる『世界を変える人たち』の著者、デービッド・ボーンスタインはこう説明する。すなわち、多くの国で民主化が進んだことに加え、経済が成長したことで、より多くの人が社会問題に向き合うようになった。情報通信技術の革新で情報を手に入れやすくなり、社会問題の実情が広く可視化される一方で、さまざまな制約から政府など従来のセクターには必ずしも効果的な解決を期待できないことがあらわになった。そこで、社会問題に新たな角度から挑もうとする社会企業家が登場してきたのである。
日本では、1980年代末ごろから90年代前半に、地球環境保護、世界的貧困問題への関心の高まりや、阪神・淡路大震災後の被災地支援の動きなど、社会貢献活動が活発化し、98年のNPO法(特定非営利活動促進法)制定以降、制度面の整備も進んできている。最近では、東日本大震災後の地域再興のために宮城県山元町の農業生産法人GRAによる先進的ITを用いたイチゴ等の生産や、気仙沼ニッティングによる手編み商品の企画・開発など、ソーシャル・ベンチャーが活発に活動している。
◆良きソーシャル・アントレプレナーとは
ソーシャル・アントレプレナーによる社会変革の好例としてしばしば挙げられるのが、ムハマド・ユヌスが1983年にバングラデシュで設立した、貧困層向けに小口融資(マイクロファイナンス)を行うグラミン銀行である。女性を借り手のターゲットとする、借り手同士でグループをつくらせるといった仕組みによって、それまでビジネス機会だと見なされていなかった貧困層を対象に小口無担保融資を可能にし、結果として借り手たちの生活水準向上に貢献した。
このように、ソーシャル・アントレプレナーが起こす事業で高く評価される要素としては、ます、持続可能なビジネスモデルが確立されていることだ。公正な取引を通じて価値が提供されたうえで、再投資のための収益が確保され、事業を持続的に拡大していくことが可能になる。2つ目は、事業の生み出す価値が社会的に認められ、直接の顧客、従業員、地域社会といったステークホルダーを巻き込んでいけることである。グラミン銀行の場合も、携帯電話サービスのグラミンフォンや、日本のファーストリテイリングと合弁設立した衣類製造販売のグラミンユニクロなど、銀行で築いたネットワークを生かして、多方面に事業を展開している。
これらを可能にする経営上の施策としては、(1 )社会課題の理解、(2 )活動理念、ビジョンの確立、(3 )価値提供と資金循環を可能にするビジネスモデルの考案、(4 )同じ価値を共有する協力者のネットワーク構築、(5 )定量的KPIの導入による成果志向、成長志向の経営プロセスなどが挙げられる。
(本項担当執筆者:大島一樹 グロービス出版局)
ソーシャル・アントレプレナーとは
次回は、『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』の「テクノロジー・マネジメント」から「エコシステム」を紹介します。
(ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載しています)