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「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」から考える -大手商社の人事部・青木の悩み

投稿日:2013/04/09更新日:2019/07/26

本連載「ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ」では様々な立場の現場のマネジャーのストーリーを基点に、古今東西の優れた戦略論から彼・彼女らの仕事をより良くするヒントが得られるかを具体的に考えていきます。

ストーリー概要:

青木は大手商社の人事部において、社員の異動・配属を担当する5年目社員である。

年明けのこの時期、青木にとっての大きなタスクは、新人の配属先の案を固めること。商社は様々な事業部から構成されるため、100名近い新人の配属先を決めるのはかなりの力仕事になる。特定の専門分野に習熟した理系学生のように、予め配属先としっかり紐付いて採用される新人もいるが、大多数の文系社員については、最終的には人事部の裁量によって配置を決定しなければならない。

しかも“人事部の裁量”といっても、受け入れ先となる各部署から提出されている希望要件や、新人から聞いている自身の希望配属先、さらには人事部から役員に至る面接評価など、実に様々な要素を過不足なく組み合わせながら一定のガイドラインに則り決めていかなければならない。

加えて今年は、どの部門も業績の先行き見通しがポジティブではないことが、この“パズル”を余計に難しくし、青木を例年以上に悩ませることとなっていた。短期的な業績確保に四苦八苦している状況において、即戦力とはなりにくい新人の配置に対しては保守的な傾向が強まりやすい。結果として、新人の配属希望数は急減し、各部署からの需要数を重ね合わせても、人事で採用した新人の総数の大きく満たない状況となってしまっているのだ。例年は、受け入れ側と新人側の希望がすり合う形でほぼ配属案が固まっていたのだが、今年は無理矢理ねじ込む、ということが必要になりそうだった。

現場からは、「こんな年は採用を抑えればいいじゃないか」というような声も聞こえてくるが、昨今の業績変動は予想もつかないスピードで起こることが多く、業績変動を見越した採用数の調整は極めて難しい。加えて、そもそも人材は長期投資であるという概念から、短期的な業績で採用数を大きく変動させるべきではない、というのが人事部の基本スタンスでもあった。

「今年はもう力技の勝負だなぁ。やっぱり今の稼ぎ頭の資源部隊には向こうの希望より多くの新人を吸収してもらうようにしよう。あの部門長なら多少の無理でも聞いてもらえるし、少なくとも今年なら飲んでもらえるだろう」

「一方でここ数年業績が厳しい機電部隊は次年度が本当に勝負の年だろうから、新人なんて採る余地はないだろうな。あそこの部門長補佐はうるさい人だから調整にも時間がかかるだろうし。ここは彼らの希望通りの人数の配属にしておこう」

青木はそう独り言をつぶやいて、新人の名前が記載されたマグネットを動かし始めた。

数日後、青木は自分の案にそれなりの自信が持てるようになっていた。「俺もちょっとは成長したってことかな」。ここまで会社の内部の事情を知り尽くした配属案を決められるのは自分しかないだろうと満足感を感じていた。

しかし、その夜、ビジネススクールに通う友人・岩本との会話によって、青木は再び配属案を考え直す必要を感じることとなった。

「青木、俺、今ビジネススクールで経営戦略の勉強をしているんだけど、ちょっと教えてくれないか?今、ちょうどプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントということを学んでいるんだけど、コングロマリット型の企業形態のマネジメントに使われることが多いらしいんだ。やっぱりお前のところみたいな総合商社もそんな考え方を使ってビジネスを管理しているのか?当然、商社なんてものは人材勝負なわけだし、どれくらいの人材をどこに張るかっていうのは大事なことだろう。お前が担当している人事異動とか、配属とかもやっぱりそういう考え方に基づいているのか?」

青木は当初、岩本から何を聞かれているのかが分からなかったが、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの概念の説明を受けるうちに、自分がやっている仕事がいかに合理的ではないかということを感じ始めた。

「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントか・・・」。青木は自身の立てた配属案を前に頭を悩ませていた。

理論の概説:プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントについて

プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(以下、PPM)は、1970年代にボストン コンサルティング グループ(BCG)によって開発された概念です。当時、60年代のアメリカではM&A等を通じたコングロマリット型企業が台頭していたのですが、そういった複雑な企業がより効果的な資源配分を行うことを目的に開発されたツールです。

具体的には、縦軸に「市場成長率」、横軸に「相対市場シェア」を取り、それぞれ高低で区切ることによって、4つのセルに分類します(下の図)。縦軸の市場成長率の高低については、分析者がその事業特性や業界平均などを踏まえて一定の値を判断して決めます(当時のBCGは10%を基準に考えることを提唱していたようです)。他方、横軸の相対シェアについては、「自社シェア÷自社を除く最大競争相手のシェア」で求められ、1.0以上、つまり最大シェアを持つ事業は左へ、2位以下の事業は右のセルにプロットされることになります。相対シェアが小さければ小さいほど、リーダー企業との差が開いている事業であるということを意味します。

図1:PPMのイメージ図

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そして、それぞれの軸を踏まえ各事業をプロットしていくわけですが、その際、プロットする事業の売上の大きさを円の面積で表現します。円の面積は、各事業が売上に比例する形で表現されていればよく、絶対的な大きさに関する制約はありません。

これらの作業によって、企業におけるそれぞれの事業部の位置づけが一目で分かるようになります。多種多様な事業を持つ複雑な企業経営の実態、社内の個々の事業の位置づけが、4つのセルにおける位置と円の大きさにより感覚的に把握できる、というのがこのPPMの特徴になります。

■PPMの理論的背景

さて、ではこのPPMのメカニズムをもう少し深く考えてみましょう。まず、縦軸の市場成長率が表すものは、即ち「資金需要」でもあります。市場成長率が高ければ高いほど、一般的に必要となる投下資金は多くなります。逆に市場成長率が望めなければ、資金需要もそれほど多くはなりません。

そして、これらの考えは、プロダクトライフサイクル(PLC、下の図)に基づいています。(PLCについてはこちらをご参照ください。)市場成長率が高い、というのは、PLCで言うところの導入期、もしくは成長期となります。その時点でのセオリーは、まずはリソースを投下することによって有利なポジションを確保することであるため、資金需要も高くなります。逆に市場成長率が低いのは、PLCにおける成長期、衰退期に該当します。そこでは出来るだけリソースを投入せずに効率的に戦い、適切なタイミングで撤退時期を探る、ということがセオリーとなります。資金需要はそこにはあまり発生しません。

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一方、横軸の相対市場シェアが表すものは、「資金獲得」です。相対市場シェアが高ければ高いほど、業界内で優位なポジションに位置する、ということになり、多くの資金を獲得できる可能性があります。この理論的背景は、「経験曲線」にあります。

経験曲線とは、累積生産量の増加に伴い、一定の比率で単位当たりのコストが減少する効果のことを指します。例えば、今からお弁当事業を始めるプレイヤーの弁当製造販売1個あたりにかかるコストと、既に1万個作ってきたベテランプレイヤーの弁当製造販売1個あたりにかかるコストは、仕入原価が全く同じだとしても、ベテランプレイヤーの方が安く作れる、ということは感覚的にお分かりいただけると思います。

これは、1万個作ってきた間にどうやって作ればロスなく効率的な手順で作れるか、どうやって効果的に売ることが出来るか、ということを経験上学習することができ、その経験値がそのままコストに跳ね返ってくる、ということです。このコスト低減効果は、最初の段階での効果は大きく、徐々にその効果が薄れてきます。従い、図示すると以下のような格好となるため、経験曲線と呼ばれています。

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では、なぜPPMの横軸に「相対シェア」が使われるのか――。これについては、「相対シェアが高まれば、経験量を積み増すことができ、その結果コスト低減が可能となり、最終的にキャッシュ獲得につながる」、というシナリオ(下の図を参照)に基づいています。

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■PPMの各セルの意味合い

それでは、PPMを構成する2軸を理解した上で、それによって出来上がる4つセルの意味合いを考えてみましょう。

1.スター:相対シェア高×市場成長率高
キャッシュの入りも多い一方で、キャッシュの投下量も多い、ということで、企業の中でも一番注目が当たりやすい文字通りの花型事業です。このカテゴリーの事業は、キャッシュの入りと出が拮抗している場合が多く、短期的には収益源とはなりにくいですが、このまま市場が成熟期となり、キャッシュ投下量が減れば、一気に収益事業になります。したがって、企業の将来性を考えるのであれば、このスターのカテゴリーにどれくらいの事業があるのかがポイントになります。

2.金のなる木:相対シェア高×市場成長率低
キャッシュの入りは多く、キャッシュの投下量が少ない、という収益事業のカテゴリーです。先程説明したスター事業は、時間の経過とともにこの金のなる木に位置付けられるようになります。この事業は、全社的にはキャッシュの供給源として機能することが多く、ここで稼いだ資金をどこに回していくか、ということが経営上の課題となります。そういう観点で、このカテゴリーに多くの事業がある企業は、現時点での経営に余裕がある、という見方ができます。

3.問題児:相対シェア低×市場成長率高
これから伸びていく有望な市場であるにもかかわらず、競合との競争に負けている、というカテゴリーです。キャッシュの入りは少なく、一方でこれからキャッシュをどんどん投下していかなくてはならない、という観点で、金食い虫的な存在になります。しかし、何らかの形でシェアを伸ばすことができれば、スター事業になる可能性を秘めている、ということであり、このカテゴリーの事業をどう伸ばしていくか、ということが経営の1つのポイントになります。しかし、当然ながら全ての「問題児」に一律に投資できるわけではありません。複数ある「問題児」からどのような価値判断から投資すべき事業を選ぶか、どのような状況に陥ったら手を引くのか、ということは、まさに経営のイシューそのものと言っても過言ではないでしょう。

4.負け犬:相対シェア低×市場成長率低
今後の伸びが期待できない市場において、シェアが獲得できていない、という事業です。市場が成熟期や衰退期に入っているため、キャッシュを新たに投下することの必然性が認められにくく、一方でシェアが低いためにキャッシュの入りも見込めないカテゴリーとなります。現状はキャッシュインがない一方で、キャッシュアウトも限られているので、大きく損失を出しているわけではありません。ただ、将来性を考えれば、撤退をする、ということが一つの定石となっています。

それぞれ各セルの意味合いを理解した上で、改めて図1のPPMの事例を見てみましょう。

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この企業は、金のなる木の事業が存在するため、かなり資金が豊富な企業であることが推察されます。また、スター事業も多く、将来的にも収益源が見込めている、ということが言えるでしょう。そういう意味で、現状と将来のバランスが取れた非常に健全な経営をしていることが一目で分かります。今後、さらに成長を期すのであれば、この余裕があると思われる段階において、市場成長が見込める分野への長期的な投資をする(=問題児のセルに事業を作る)ということも考えられるかもしれません。

以上は例ですが、このような形で、それぞれの事業をシンプルに、一覧性を持って感覚的に把握することができ、そして何らかの示唆を見出せるようになる、というのが、このPPMというツールのメリットになります。

■PPMの限界
当然ながら、メリットばかりではありません。PPMには、その性質上、限界もあります。むしろ、この限界を理解しないで使うと、弊害の方が強くなる、と考えていただいた方がいいと思います。そういう意味では、これからが本題です。では、その限界や留意点を考えてみましょう。

1.PLCに起因する限界
このPPMの縦軸が市場成長率、そしてその裏側にはPLC(プロダクトライフサイクル)の理論的背景があることは先にお伝えした通りですが、そこに限界の1つのポイントがあります。つまり、市場は必ずしもPLCに描かれているように、導入期からゆるやかに成長期、成熟期、そして衰退期に至る、とは限らないということです。詳細の説明は以前記載したコラムに譲りますが、成長期が止まり成熟期に移行したような市場が急に再度成長期のようなパフォーマンスを見せる場合もあれば、これからの有望市場と見られていたものが、結局市場として成立せずにすぐに衰退に至る、ということもあります。したがって、PPMにおいても、縦軸がそのままスムーズに移行するのか、ということを本質的に見極めることは難しい、というは理解しておくべきでしょう。

また、そもそも新しく創出するような市場は、市場成長率自体の定義がほぼ不可能である、ということもあります。本来市場成長率は今後3~5年程度の年平均予想成長率を用いるべきですが、実務的にはそれが難しいため、直近3~5年の平均成長率を用いることが多いです。しかし、もしどのカテゴリーにも属さない全く新しいビジネスを作ろうとした場合、過去の成長率が存在しないため、それを何%と見積もればいいのか、という点は極めて恣意的にならざるをえません。

2.経験曲線に起因する限界
続いて横軸は相対市場シェアであり、その裏側には経験曲線がベースにある、ということでしたが、これがもう1つの限界のポイントです。まず、経験曲線を使っているということは、裏を返せば、「累積生産量によるコスト優位性がモノを言う業界」でない限りは意味がない、ということです。当然ながら、コスト優位性が重要な業界ばかりではありません。独自の付加価値を提供することがコスト以上に強く求められる事業も存在するわけであり、そのような業界にはこの「相対シェア」という概念の意味は薄れます。また、さらに言えば、累積生産の増加によってコストが下がる、ということも、必ずしも全ての事業で等しく適用されるわけではありません。特にサービス業などは当てはまりにくい業種が多いでしょう。また、累積生産量が多いとしても、後発企業が最新設備を導入することにより、一気に単位当たりのコストを下げて、コスト優位性がなくなってしまう、ということもよくある事例です。成熟産業のように、もはや経験曲線が下がりきってしまったような業界においても、それほど意味は持たないでしょう。

結局、突き詰めて考えると、「シェアNo.1の企業は常に一番利益率が高い」、という業界は必ずしも普遍的ではないため、この相対シェアを前提にしたコストの優位性は、事業特性を選ぶ、ということを押さえておく必要があるでしょう。

3.分析単位に起因する限界
もう1つは、「シェア」という概念に関するポイントです。シェアは、「自社の規模÷全体の市場規模」によって算出されるのですが、全体の市場規模をどこに取るのかによって、景色が全く変わってきます。例えば、日本国内で見るのか、グローバル市場で見るのか、この市場定義を変えるだけでも、「金のなる木」の事業だったはずのものが、一気に右端の「負け犬」事業になったりします。また、細かいことですが、市場規模自体も、売上ベースで図るのか、販売個数にするのか、生産個数にするのかによっても変わってきます(理論に忠実に考えるならば、この横軸は累積「生産量」が前提なので、正しくは「生産個数」であるべきなのですが、シェアは一般的には売上ベースになっていることが多いのも実態です)。

さらに言えば、PPMの横軸は、相対シェア1.0が基準となり、左右に分かれるのですが、その業界のリーダーでなければ決して左のセルには事業がプロットされないマトリクスである、ということも要注意です。つまり、業界1位の事業がない企業にとっては、全ての事業が「問題児」、もしくは「負け犬」に入ることになり、ものすごく脆弱な経営基盤に見えてしまう、ということに注意しなくてはなりません。例えば、独自の優位性のあるニッチ的な事業を多く抱えている企業はこのPPMではその強さを表すことはできませんし、シェアでみれば業界下位事業ばかりになってしまう中小企業などにとっても使い勝手の悪いフレームワークになるでしょう。

4.着目点がキャッシュに限定されていることに起因する限界
このPPMというのは、今まで記載した通り、基本的には「資金需要」と「資金獲得」のフレームワークなので、裏を返せば「キャッシュしか見ていない」とも言えます。そこに限界の最後のポイントが隠されています。つまり、それぞれの事業があることによって生まれるシナジーのような概念はここには一切表されていません。もしくは、当然のことながら、その事業にどれだけの社員がどういう思いで働いているか、というモチベーションの側面なども考慮には入っていないことも理解しておくべきでしょう。

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解説:ミドルリーダーへの示唆

では、そのような限界を理解した上で、PPMは現場でどのように使えばいいのでしょうか。

まずは、マトリクスを作る上で、このPPMの公式を鵜呑みにしない、ということです。このPPMがそのまま使って有効に機能するのは、先ほどの留意点を踏まえて考えると、基本的には大手総合メーカーだけです。それ以外の業界においては、特に横軸の相対シェアを中心にカスタマイズし、「疑似PPM」を作り上げることが必要です。

本来のPPMにおいて、この横軸が表現したいことは、「キャッシュの入り」ですから、経験曲線が効かないような業界は、例えば端的に現状の営業利益率やEBITDAマージンでもいいわけです。そして、その企業にとって経営上の目安となる値を中央の基準値に取れば疑似PPMの完成です。当然どの数値やどの基準値を採用するかによって見え方は変わってきますので、慎重な検討が必要ではありますが、少なくとも相対シェアをそのまま鵜呑みにする必要はないでしょう。

そしてもう1つ大事なことは、これを意思決定ツールには使わない、ということです。このツールを使うべきは、検討初期の問題提起の段階に限られるでしょう。このPPMによって普段意識しなかった全体像をお互いに把握し、初期段階で気付きを促す目的として使うようにした方が賢明です。つまり、どんなに軸をカスタマイズしようと、経営という複雑なものを2軸「だけ」で表現しようとすれば、どこかに無理が生じます。大事なことは、まずはこの2軸だけから見えてくる世界を理解し、そして同時に見えていない世界についても正しく理解すること。そして、見えていないものについてはまた何らかの形で情報を補完する、というステップを経た上で、意思決定をしていく必要がある、ということです。

解説:青木さんは何をすべきだったのか?

では、冒頭のストーリーの青木さんは何をすべきだったのでしょうか。

まず、今まで一担当者の視点しか持っていなかった青木さんが、PPMというツールを使って、全社の経営的視点で全体像を把握しようとしていることは高く評価できると思います。当然ながら、人材というのは貴重なリソースであり、どの部署にどれくらいの人材を張っていくのか、ということは極めて高度な経営的視点が求められます。単に各々の部署からこういう希望がきているから、とか、部門長がこういうキャラクターだから、といったレベルの話で決められることではありません。もう少し中長期的な視点で俯瞰して考えなくてはならない、という意味において、各事業の全社にとっての寄与度や今後の成長余地を把握し、そこから人材需要を見極めようという問題意識のありよう自体は評価に値すべきことだと思います。

ただその上で、もしPPMを活用するのであれば、やはり何らかのカスタマイズが必要となってくるでしょう。少なくとも、非製造業中心で経験曲線も効きにくく、かつシェアという概念も定義しにくい業種であることからすれば、「相対シェア」という切り方はあまり意味を持たないかもしれません(実際に手を動かす段階で青木さんはその難しさや矛盾に気付くと思います)。

とすれば、横軸をどう定義するか、ということについてしっかり知恵を絞らなくてはなりません。営業利益率でも、キャッシュフローマージンでも何でもいいですが、その後、上司陣に説明していく場面を考えると、できる限り経営の関心事と整合する指標と、基準値をここで設定しておくべきでしょう。

そして、作った疑似PPMでは表現しきれていない要素も十分認識し、補完しておく必要があります。例えば、今は市場成長率だけで将来的な資金需要を予測していますが、市場自体の成長率が低い事業であっても競合との競争上の観点を踏まえて積極的な投資先と評価する事業もありえるわけです。そのような要素は一切排除されている枠組みであることをちゃんと理解した上で、その観点をどう織り込むのか、織り込まないのか、という点も考えておく必要があるでしょう。

以上、PPMの現場での現実的な活用方法をストーリーとともにお伝えしてきました。PPMは経営のフレームワークでも知名度が高いツールですが、使用上の留意点が多いが故に、実際に実務で使われる頻度は少ないのが現状です。

しかし、それでもなぜ根強く経営書に残り続けるかというと、「性格の違う事業が複雑に絡み合って成立している企業経営というものを、極めてシンプルに分かりやすく表現することができる」ことの価値が重用されているからに他なりません。PPMをそのまま活用しないとしても、この「シンプルに表現する」というメリットや意識は最大限活用すべきです。是非自社、顧客企業、もしくは競合企業の全体像を一度整理してみてください。そうすれば、多くのミドルリーダーにとって、まだ見たことがない経営の全体像が見えてくることになるでしょう。

■参考文献:
競争の戦略
経営戦略の巨人たち―企業経営を革新した知の攻防
競争戦略論講義
BCG戦略コンセプト 

■連載一覧はこちら
#ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ

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