本連載「ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ」では様々な立場の現場のマネジャーのストーリーを基点に、古今東西の優れた戦略論から彼・彼女らの仕事をより良くするヒントが得られるかを具体的に考えていきます。
ストーリー概要:
星田はプラスチック部品メーカー「上海スターテクノロジー社」の営業担当である。10年前に「スターテクノロジー社」に営業担当として入社した星田は、中国にて設立された生産子会社における営業責任者として3年前より派遣されていた。
スターテクノロジー社は、プラスチックを非常に複雑な形状に仕上げる成型技術を武器に、当初は住宅資材業界中心に深く食い込んできた。ニッチながらも優良企業であった同社は、成長の限界を見据えて技術をベースとした多角化を進め、家電や自動車業界などにも顧客層を広げてきたのであった。
同社が中国へ進出したのは5年ほど前になる。元々日本で作っていた白物家電向けの部品においてコスト競争が激化し始めたため、生き残りをかけて中国への生産移転を決定したのであった。当初は中国で生産し、本社を経て日本企業へ販売を行っていたが、マーケットを広げるために徐々に現地企業への拡販を仕掛けていった。その現地企業の開拓という大役に星田が抜擢されたのである。
現地企業への営業は星田にとって非常に刺激的なものであった。とにかく意思決定のスピードが速く、日本企業であれば数週間、場合によっては1カ月以上かかるような意思決定が、その場の即決即断、受注決定となってしまうことも少なからずあった。また発注ロットのボリュームにも驚かされることが多かった。現地企業が中国のみならず、アジア、アフリカなどの新興諸国にも進出し始めていることがその背景にはあった。それらの要因により、上海スターテクノロジー社の受注実績は急激なスピードで伸びていき、勢いはとどまる気配はなかった。
しかし懸念材料がないわけではなかった。星田の目下最大の懸念点は、原材料の調達だった。現地にはまだ調達機能は存在しない。したがって、調達は常に本社経由となっていた。星田には「ここで欠品が出てしまっては重要な販売機会ロスを生じさせることになる。競合が似たような商品を出してくるのも時間の問題だ。今のうちに発注の見積もりを上積みしておかないと・・・」という焦りがあった。
しかし、本社調達部門からの反応は絶えず星田を苛立たせるものだった。「既存のサプライヤーには、そんなスピードとロットの対応してくれるところはない」、というのだ。しかし、星田には調達部門が本気になっているようには思えなかった。
「ここでの売り逃しがどれだけインパクトを与えるのか分かっているのですか?今まで使っていない調達先や、条件なども含めて、ゼロベースで調達先を探しているのでしょうか?どう考えてもそうは見えません」本社との電話会議にて、星田は危機迫る想いで訴えかけた。
星田にはもう一つの不安があった。それは、営業現場では、受注はどんどん入ってきているものの、回収面はあまり管理できていない、ということだった。現地企業に対する資金回収は、商習慣の違いもあり、一筋縄ではいかないということは理解していたが、とにかく人手が足りなかった。「今は何よりも受注実績が最優先だ。回収のことは敢えて目をつぶるしかない・・・」
これら一抹の不安はあったものの、今年の自分の営業成績は、かつて見たことがないほどのものになるという事実が、星田の気持ちを明るくさせていた。星田は忙しい毎日に充実感を覚えながら、また提案依頼を受けた顧客先へと急いだ。
理論の概説:カネ系領域への理解向上の重要性と「運転資金」について
さて、今回のコラムは若干趣を変えて、アカウンティング(会計)やファイナンス(財務)の世界に一歩足を踏み入れて考えてみたいと思います。
この領域、苦手意識をお持ちの方も多いのではないでしょうか。私が教鞭をとるグロービス経営大学院においても、これら、いわゆる「カネ系」領域については潜在的な苦手意識をお持ちの方が多いと感じています。
ではなぜそのような意識を持ってしまうのか。私はその理由は2つあると思っています。1つは、カネ系の領域が自分の業務とは直接関係がない、と考えていること。もう1つは会計などを中心にして、会計用語やルールを暗記しなくてはならないと思っていることです。しかしこの2つはどちらも正しくありません。
カネ系の話は、経理や財務の担当者、はたまた経営者が管理すること、ということではなく、我々ミドルリーダー全ての一つひとつの業務に深く関係してくることです。そして、その中で重要なのは、日々の行動が最終的な結果としての財務諸表にどんな形で表れてくるのか、ということを「ざっくりと」押さえることです。決して細かなルールを覚えることではありません。
たとえば、体重や体脂肪などの数値と日々の活動を結び付けると分かりやすいと思います。お腹いっぱいご飯を食べれば体重は増えます。逆に運動をしっかりやれば体重は軽くなるでしょう。そういったことを理解するために、体の細かな仕組みやメカニズムから勉強する必要はありません。「こういうことをやり続ければ、おそらく体脂肪は増えるだろうな」とか「ここまで走れば体重はこれくらい減るだろうな」という、結果としての数値と行為をイメージの上で「ざっくりと」結び付けて考えられることが大事なのです。
もちろん、企業というのは結果に至るまでの過程が非常に複雑なので、「最低限の仕組み」はちゃんと理解しておく必要はあります。体重を効果的に減らすために、ある程度の食事に対する知識や運動に対する知識が必要なのと同じです。ただ、普通に生活していく分には、それ以上の専門的な情報を持っている必要はありません。そういうのは、専門家か、「それを知ることが楽しい」と思える人が趣味の世界でやればいいのです。
今回のコラムでは、そんな前提を置いて、過度に複雑にならずに、重要な原理原則をお伝えするように心がけたいと思います(一方で、財務諸表の基礎的な説明についてはここでは紙面の関係で割愛させていただきます)。
さて、いくらカネ系が苦手だと言っても、現場のミドルリーダーの方、特に営業のような立場の方は、少なくても売上という項目は意識しているでしょう。それに加えて、売上から原価を差し引いた売上総利益、さらには人件費など諸経費などを差し引いた営業利益ベースの目標が定められている部署も少なからずあると思います。ここまでの話は、ある意味日常に根づいたアカウンティング領域なので、感覚的に理解できると思います。敢えて公式にすると以下の通りになります。
本題はここからです。今までの話は、アカウンティング的に言えば、P/L(Profit and Loss statement、損益計算書)の領域です。ただ、それに加えて我々が日常的に押さえなくてはならないことは、B/S(Balance Sheet、貸借対照表)、もしくはファイナンス領域にもあります。しかし、たとえばB/Sは資産を計上するための財務諸表になりますから、「そんなこと経営者や経理以外意識しなくてもいいんじゃないか?」とお感じになる方もいると思います。もちろん、B/Sの細部まで全てを把握する必要は必ずしもないでしょう。大事なのは、最低限必要な部分を絞って理解する、ということです。
では、その部分とは何でしょうか。いくつかある中で、ここで取り上げたいのは、「運転資金」(ワーキングキャピタル)です。
運転資金とは、言い換えれば、ビジネスを日常的に回していくためにどれくらいのキャッシュを使っているか、ということです。
具体例で考えてみましょう。1つの製品を作るのに原材料として1000円分の調達をしなくてはならないとします。その商品は1300円で売れるとしましょう。1つ売れれば300円の利益です。ここまでは皆さんも日頃から目にするP/Lの世界です。ただ、その調達に際して1000円分を仕入れと同時に調達業者に支払うという契約になっているとします。また、その一方で原材料から完成品に仕上げるまでに1年かかり、さらに売った商品の資金回収は1年後だったとしましょう。
そうすると、どうなるでしょう。少なくともこのビジネスを回すためには2年分のキャッシュが初めから必要になります。この会社はP/L上では売れば売るほど利益は出ていきますが、もし回収が始まる前段階で金融機関の貸し出しが止まったりすることになれば、その途端に倒産となるでしょう。こうやってお金の出入りのタイムラグのマネジメントに失敗して潰れてしまうことが、世に言う「黒字倒産」の構図です。
ちょっとこれは極端な事例ですが、ここで強調したかったのは、P/Lだけを見ていてもこの資金繰りの良し悪しは見えてこない、ということであり、B/Sについてもしっかりとした理解をしておくことが重要であるということです。
では、これから、そのB/Sにおける運転資金に焦点を当てて深掘りしていきましょう。
運転資金の概要と原則
それではまずは運転資金の見方を説明します。
B/Sに「運転資金」という項目があるわけではありません。以下の項目を抜き出して計算することによって理解することができます。
なお、B/Sにおいては以下の赤字の箇所が該当します。
企業の一般的なビジネスの流れで考えてみましょう。その流れとはざっくり言うと、以下の3つのフローになります。そして、この3つがそれぞれ買掛金、棚卸資産、売掛金に該当します。
この3つに対して現場で的確に働きかけることによって、運転資金をコントロールできるようになります(コントロールに関する詳細は後述します)。
先に申し上げたとおり、運転資金が増える、ということは、資金繰りの必要性が発生するということです。つまり、運転資金を確保するために金融機関もしくは市場から資金調達をする必要があります。そしてもちろん、その調達のための資金もタダではありません。金融機関であれ株主であれ、善意でカネを貸すわけではなく、そこにはそれぞれ一定の利率のリターンの支払い義務が発生します。
つまり、運転資金を増やすということは、「投資」に他ならないわけであり、その意味においては、工場建設や設備投資などと全く同じなのです。しかし、工場などと違って、「見えざる投資」であるがゆえに、意識しないと徐々に企業を蝕むことにもつながりかねません。しかし、そんな「投資」が発生しているかどうかはP/Lだけでは見えてこないのです。したがって、売上を上げ、利益を伸ばす、ということとは別軸で、自社の経営の健全度を理解するために運転資金をウォッチし、それをコントロールできるように働きかけることが重要になるのです。
運転資金の評価方法
ただ、運転資金のコントロールの前に、まずは自社の運転資金に対して正しく認識・評価する必要があります。では、自社の運転資金が相対的に大きいか小さいか、ということはどうやって判断すればいいのでしょうか。
ここでは2つのアプローチをご紹介したいと思います。
1つ目は、運転資金自体の「大小」を見るのではなく、「増減」を見る、ということです。
企業の資金繰りに影響を与えるのは、運転資金の絶対量というよりも、まずは「増減」です。運転資金の金額がいくらになろうと、それが等しい金額規模で回っている限りにおいてはキャッシュの流出は起こりません。問題は、その運転資金が「増える」タイミングです。運転資金が増えれば、キャッシュの流出につながり、それが企業経営に影響を与えていきます。したがって、まずは自社、自事業の運転資金の推移をみることを心がけるべきでしょう。
ただ、やはり絶対量で同業他社などと比較したい、という場合には、「キャッシュコンバージョンサイクル」をベースに業界内での比較をしてみるのがいいと思います。キャッシュコンバージョンサイクルは、以下の数式で算出することが出来ます。
つまり、運転資金を具体的な日数で表現した数値であり、ビジネスをして、キャッシュを手にするまでに何日必要なのか、ということを見るための指標となります。
運転資金は企業規模によって当然その金額は変わってきますが、キャッシュコンバージョンサイクルはそれを売上高などの規模で割りますので、企業規模に関係なく横並びで数値を比較することが可能となります。
なお当然、これは業界、業種によって異なります。たとえば、医薬品であれば、だいたい150日間、機械は100日間、鉄鋼は70日弱、商社は30日程度、というように業界によって大きなぶれがあります。それぞれ求められる初期投資やビジネスを行う上で必要最低限な在庫量などが異なるために、こういった差異が発生します。まずはこのキャッシュコンバージョンサイクルの日数を業界平均と比較して、自社を評価してみるのがよいでしょう。
ちなみに、キャッシュコンバージョンサイクルは米国発の経営指標ですが、最近は徐々に世界標準になりつつあります。日本においても、古くは2000年にパナソニック(当時は松下電器産業)が導入し始めたことを皮切りに、東芝、ソニーといった大手メーカーが同指標を経営指標の1つに掲げました。更に2012年12月5日付の日本経済新聞によれば、日本電産、スミダコーポレーション、JVCケンウッドといった企業も管理指標として導入を開始した、という記事も掲載されています。
運転資金のコントロール
では、運転資金はどうやってコントロールできるでしょうか。
もう一度運転資金の公式に戻ると、
となりますから、運転資金を抑えるためには、3つのやり方が考えられます。
ではもう少し具体的に、どういうアプローチをすればこの3つに対して働きかけられるのかを考えてみましょう。
まず「売掛金」と「買掛金」について考えてみましょう。
結論からいうと、ここはそんなに簡単ではありません。なぜならば、相手がいるからです。売掛金を早く回収しようとすれば、当然、顧客側の買掛金(つまりツケ)は減ってしまうわけで、それは顧客にとっての運転資金の増大につながります。買掛金を増やす、つまりツケ払いを増やすというのも、調達先の売掛金を増やすことになり、それは調達先の運転資金増加になります。したがって、結局は相手との交渉になるのですが、先ほど申し上げたとおり運転資金の増加は、結局、資金需要を増やすことに直結しますので、すんなりと行く話にはなりません。
しかも一般的に見て、営業担当者は顧客への資金回収の催促をそれほど重視しない、もしくはそれを嫌がる傾向があります。「自分は受注さえ積み上げればよく、後の回収は事務方の仕事だ」という意識で、最後の回収まできっちり管理している現場はそれほど多くありません。特に好調な製品やサービスを抱える現場は、販売に必死になってしまい、回収に対する意識がおろそかになるということはよく散見されることです。
もちろん、売掛金を確実に回収するためには、現場で様々な工夫があります。詳細は割愛しますが、分割払いにして手付金などを払ってもらうことなどもあれば、自社に担当部署を置かずに商社などを間に立たせて未回収リスクを減らすとともに、売掛金の変動要素をなくす、というスキームを導入している企業もあります。
買掛金の支払いについても、拡大局面においては、急な調達などが増えるため、支払いサイトの条件が厳しくなることもよくあります。それを個々の現場で安易に飲んでしまうと、キャッシュが回収されずに現金化されない債権だけが溜まる一方、ということになり、運転資金の増大化につながることになってしまうのです。
したがって、現場での支払いや回収についての基本動作を徹底し、仕組み化する、ということは、非常にベーシックなことながらとても効果的であることなのです。
そして、売掛金、買掛金以外に運転資金をコントロールする重要な手段が、「棚卸資産」に対するアプローチです。
棚卸資産をコントロールする、ということは、つまり簡単にいいかえれば「在庫を減らす」ということです。在庫削減方法については、専門書などがたくさんありますので、詳細はそちらに譲るとして、私からは現場リーダーとのディスカッションを通じて重要だと思われるポイントのみを記載しておきたいと思います。
まずは、適切な在庫量というのが、原材料から完成品在庫に至るまで、あるロジックに基づいたものになっているか、ということです。実際の現場ではまだそれぞれ属人的な勘や経験に基づいた運用がなされている場合が多いのが事実です。もう少し言うと、勘と経験と言いながらも、実態は「従来同様の発注量」という場合が少なからずあります。つまり、現場が難しいことを考えることを避けている、ということです。そこをいかに科学的なアプローチで言語化できているか、という点が1つ目のポイントです。
もう1つは、実際の在庫をどれだけ確実に把握しているか、ということです。当たり前と思われるかも知れませんが、実はどういった在庫がどこにあるのか、ということに関する帳簿やシステムでの管理の度合いは、企業によって大きくばらつきがあります。もちろん形式上では管理はなされていますが、それがトップから現場の末端まで情報としてタイムリーに流通し、ルールが徹底されているか、という観点でみると、あやしい企業は多いのが事実です。その管理徹底が不十分な現場であれば、当然のことながら過去の分析なども正確にできなくなりますので、今後の発注予測もおおざっぱにならざるを得ないのです。
そして最後のポイントは、社内における機能間の情報がしっかり流れているか、という点です。「ビジネスシステム」についてのコラムでも述べた通り、ビジネスシステムの間(たとえば研究開発・生産・営業間)でどれだけ情報の連携がなされているか、という点は、適切な在庫量に大きなインパクトを与えます。各現場がそれぞれ欠品のリスクヘッジをするために少しずつ必要在庫量を上増しする結果として、企業全体としては総和として想像以上の在庫を持つことになってしまう、というようなケースも、この社内連携がうまくいっていないために起こる問題です。
以上のようなことは、在庫管理という観点では基本中の基本ではありますが、こういった基本動作の積み重ねが運転資金の適切なコントロールにつながっていくのです。
かのアップルは、キャッシュコンバージョンサイクルがマイナス(つまり、運転資金のための資金繰りが不要どころか、事業を回せば回すほどキャッシュが生み出される、という状況)であることでも知られています。同社は製品のイノベーションやデザインの素晴らしさが注目されがちな会社ではありますが、その裏側では、いかに売掛金や在庫を減らし、買掛金を伸ばすか、という極めて正しいファイナンス・マネジメントが徹底されている、ということも忘れてはならないことでしょう。
解説:星田さんはどうすべきか?
では、ストーリーに戻りましょう。冒頭の事例で、星田さんは何をすべきだったのでしょうか。
まず、大前提として、星田さんの事例のように、急成長のステージにあるビジネスにおいては、一般的には運転資金も比例的に増大します。つまり、運転資金の増大は、企業・事業成長のためには不可避なものです。したがって、この状況で「運転資金の増大を押さえろ」ということはあまり現実的ではありません。
ただ、ここで気になるのは、星田さんが運転資金に対する認識がまったくない、ということです。これは会社のマネジメントの責任でもあるのですが、営業現場のリーダーが、受注や売上以外に全く関心がない、ということはよく見られることです。しかし、気をつけなくてはならないのは、先述の通り、運転資金の増加は、「見えざる投資」であるということです。投資ですから、当然ながら、それに伴い必ず調達コストが掛かってしまうものです。
では、一般論として、投資に先立って必要なことは何か?それはもちろん、どれくらいの規模の投資をするのか、という「意思決定」です。
そういう意味で、今回のケースは、「意思決定なき投資」といっても過言ではないでしょう。もちろん金額は売掛金の回収期日延長など、個々に見ていけば少額でしょう。しかし、これがそれぞれの営業現場で行われていると考えたらどうでしょうか。「見えざる投資」が意思決定なく無意識に日常的に行われているのです。事実、こうした「見えざる投資」が積み重なってキャッシュが回らなくなり、黒字倒産するような事例は枚挙にいとまがないのです。したがって、星田さんがまずここでやるべきは、この新製品において、どれくらいの投資を行うのか、つまり、どれくらいの運転資金を増やすことができる案件なのか、ということをマネジメントサイドと握る、ということです。
もちろん、これは企業側の管理項目やマネジメントとしての問題でもあるでしょう。しかし、ここまでのことは、それほど複雑な話ではありません。むしろ、ビジネスを行う限りにおいては、当たり前の原理原則だということもできます。現場を取り仕切る星田さん自身が、こうしたキャッシュの流れということに意識を向け、運転資金を自己管理し、自分たちで健全な運転資金の規模を決めておく、という姿勢があってもよかったのではないでしょうか。
ミドルリーダーへの示唆
さて、それでは最後にミドルリーダーにとっての汎用的な示唆をまとめておきたいと思います。
まず、冒頭にも述べたことですが、日々の活動と数字を紐付ける、という意識を持つことは非常に重要なことです。これは、部署や役割は関係ありません。営業であれ、研究開発であれ、何であれ同じことです。自分の一挙手一投足が数字、つまりP/LやB/Sにおいてどんな影響を与えているのか、そのイメージを持つことが大事です。
繰り返しになりますが、そこには過度に専門的な知識はいりません(個人的には、簿記などのように無機質な会計ルールから入ることが、会計嫌いを作りかねないとも思っています)。むしろ、ルールからではなく、日常的な行動から会計に入っていく、という思想が大事なのです。
このことは、会計の名著とも言われる『稲盛和夫の実学―経営と会計』において、このように表現されています。
「会計」についても、まったく同じである。つねにその本質を考えるようにしていたので、自分が予想したものと実際の決算の数字とが食い違う場合、すぐに経理の担当者から詳しく説明をしてもらうようにした。私が知りたかったのは、会計や税務の教科書的な説明ではなく、会計の本質とそこに働く原理なのだが、経理の担当者からは、そのような答えを往々にして得ることが出来なかった。だから私は「会計的にはこのようになる」と言われても、「それはなぜか?」と納得できるまで質問を重ねていた。
つまり、現場で必要なのは、会計の細かい教科書的なルールを覚えることではなく、経営の意思決定が会計ではどういう形で表記されるのか、というざっくりとした仮説を持っておく、という思考モデルなのです。もちろん、そのためにも、最低限の基礎知識は必要です。ただ、あくまでも最低限で十分。後は、その知識をベースに、現場の行動から仮説を立てる、ということを心がけるようにしてください。
そして、運転資金についてももう一度触れておきます。前述の通り、運転資金は「見えざる投資」と説明しましたが、ミドルリーダーにとっては特に運転資金に対してより意識を高める必要を感じます。なぜなら、設備投資については、社内的に稟議書が回り、しかるべき決裁機関で決議されますが、運転資金の投資はなかなかこの様には行かない事が多いからです。しかし、この運転資金の投資が滞ると、一発で企業活動を止めてしまいかねない「生命線」とも言えるものです。したがって、特に前年からの増分については、必ずチーム内の誰かがしっかりと計算し、どの様に資金調達するのか、そして管理するのかを各現場で考えていなければならないのです。
最終的に企業の決算書に表れてくるのは大きな数字ですが、その数字は結局のところ日々の現場の積み重ねに他なりません。この運転資金は、「見えざる投資」であるがゆえに、ミドルリーダーのカネ系の力を推し図るデータであるとも言えるのです。
以上、今回は運転資金について深めてきました。しかし当然ながら、カネ系で理解すべき項目は運転資金だけではありません。今回はかなりいろいろな説明を割愛してきましたが、その他にも知識として知っておくべきことはあります。もしこの説明で現場とカネ系のつながりを理解していただき、関心を持っていただいた方がいるならば、これを機に更に学びを深めていっていただければと思います。
■参考文献:
[実況]ファイナンス教室 (グロービスMBA集中講義)
戦略思考で読み解く経営分析入門―12の重要指標をケーススタディで理解する
稲盛和夫の実学―経営と会計
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