「アカウンティング(会計)」と聞くと、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。「ルールを覚えないといけない」「会計士のような専門家が詳細に計算を行うもの」といったように、機械的に無味乾燥な数字を仕訳するようなイメージを想起される方も多いのではないだろうか。世の中の「会計」というタイトルのつく書籍の多くが、財務諸表についてのテクニカルな解説やルールの解説に終始していることも、そういったイメージを助長しているのかもしれない。
実際、MBAスクールでアカウンティングのクラスを担当していると、受講生から「ルールや仕訳の方法はどうやって覚えればよいか?」「よい暗記方法はないか?」「計算が楽になるようなソフトはないか?」といった質問を頂く。最低限のルールや知識は必要ではあるものの、最も大事な会計を学ぶことの意義やビジネスとの繋がりに対する意識が希薄であるように感じる。
このような現状を踏まえ、私がお薦めしたいのが本書である。会計の素人だった稲盛さんの目線で事業活動との繋がりの中で会計の重要性を述べた本だ。会計とはまずルールありきで、専門家がやるものだといった固定観念を払拭し、経営における役割と意義を語っている点は、会計に対して心理的ハードルを持っている初学者の方には示唆が多いのではないだろうか。
例えば、稲盛さんが経理担当者に財務数値について「何故そうなるのか」と問いただす場面。経理担当者は「会計的にはこう考えるのだ」「ルールではこうなっている」と答えるが、稲盛さんは原理原則に照らして納得するまで問い続け、考え抜き、経営としての判断を行おうとする。要するに、ルールを暗記し機械的に処理することでは経営における示唆はなく、ビジネスの特性や状況を踏まえるとこうあるべきという視点から、「何故そうなるのか」を考え抜くことの重要性を説いている。
さらに、会計上の重要論点を実際のエピソードを交えて解説しており、実務でどこが肝なのかについても理解を深めることができる。何よりも稲盛さんという「経営の神様」の言葉であり、納得感も大きい。
私自身も会計の苦手な受講生に対して、「数字を見て何もイメージできないときには、事業構造、戦略といったその背景をイメージしてみてごらん」とアドバイスしているが、本書の「夜泣きうどんの屋台を引かせる」話は、まさに同じことだと思う。稲盛さんが社員に屋台を引かせる研修を提案した話で、どこで屋台を引いてどのような顧客を対象にするのか、それによって値決めも変わるし、うどん玉や鰹節をどこで買うのかでも収益構造が違ってくるといった、経営感覚を養わせる意図があったという。
このように、本書は稲盛さんならではの事例を交えながら、会計ありきではなく、事業の戦略が数字にどのように影響するのかという視点で描かれており、数字と事業との繋がりのイメージも湧きやすいと思う。
1998年発売、もはや古典的名著と言える本書を読み込めば、これまで会計を暗記するものと思っていた方や食わず嫌いの方をはじめ、多くのビジネスパーソンの方の会計に対する意識が変わるはずである。実務における多くの示唆を得てもらいたい。『稲盛和夫の実学-経営と会計』