「イノベーション」という言葉を聞いて、心穏やかでいられるビジネスパーソンは少ないだろう。今回はそうした多くのビジネスパーソンが、“ジャケ買い”してしまいそうな『成功するイノベーションは何が違うのか?』を紹介する。帯には「事業の立ち上げにMBAは役に立たない!」という言葉が躍り、ビジネススクールで教鞭を執る者としてドキドキさせられる1冊だ。
そもそも伝統的なマネジメント手法は、比較的確実性の高い既存事業の課題に対応している。そのため、不確実性の高いイノベーションのマネジメントには不向きである、というのが本書の出発点である。なるほど、MBAが伝統的なマネジメントのみを教えているなら帯の言葉も頷ける。
「既存の企業・組織はイノベーション向きにはできていない。なので、切り離し、あたかもスタートップのような起業家的マネジメントをすべき」。この論調は、類書でも多く見られる。これはこれで重要な示唆であり、イノベーション系科目を担当している私自身、常に意識している点でもある。
本書が特徴的なのは、立ち上がった事業が成長・拡大する「移行期」においては、伝統的なマネジメント手法を採り入れるべき、というさらなる主張にある。イノベーション実現のためのマネジメントと伝統的なマネジメントの「融合」が、キャズム(次フェーズへの溝)を越えるために必要というわけだ。
創業者の多くが、自分の会社から追い出されたり、それこそMBAホルダーのプロ経営者にバトンを渡したりする「見慣れた光景」が、この主張を裏付けている。立ち上げ時とは異なるキャズムを、多くのベンチャー企業や新規事業は越えられないのである。
問題はその「移行期」の見極めだ。本書では、同じ種類の課題が繰り返し発生することを、その兆候と捉える。プロセスが確立しつつあるというわけだ。その際は、プロセスを着実に進める伝統的なマネジメント手法が有効となる。他方で、依然として不確実性の芽がなくなったとは言えない。それ故、「融合」なのだ。これらの主張が骨太な論調で展開されている第8章「拡大」は必読だ。
構成としては、その手前の第7章までイノベーション実現の(≒起業家的)マネジメントについて論じられている。原題である『The Innovator’s Method』の通り、イノベーション実現のメソッドという形で、次の4つのステップが紹介されている。
1)インサイト: サプライズを味わい
2)課題: 片付けるべき用事を発見し
3)ソリューション: 最小限の素晴らしい製品をプロトタイピングし
4)ビジネスモデル: 市場投入戦略を検証する
詳細は本書を読んでいただくとして、このメソッドはクリステンセンの一連のイノベーション理論をベースに、昨今流行りのデザイン思考やリーン・スタートアップ、アジャイル開発を組み合わせたものだ。やや“手垢”がついた感は否めないものの、それでも、豊富な事例と分かりやすいチャート類で実践性を高めている。
イノベーションとしての事業を、立ち上げから安定成長が見込める事業へ育て上げるための一連の流れを、具体事例を交え分かりやすく整理しているので、イノベーションに問題意識や関心を有する全てのビジネスパーソンにとって有用な書となるだろう。とりわけ、既存の企業・組織に閉塞感を感じている「イントレプレナー」予備軍に強くオススメしたい。必ずや強力な武器になるだろう。
最後に、「事業の立ち上げにMBAは役に立たない!」という言葉についてひと言。
「創造と変革」を掲げるグロービス経営大学院は、「事業の立ち上げにも役立つMBAです!」