前回は、議論の方向づけには「広げる、深める、止める、纏(まと)める」という4つがあることをお伝えしました。そして、まずは「広げる」に焦点をあて、広げる対象は、論点、意見、根拠、情報など様々にあることや、それらを明確に峻別して方向づける必要性と方法についてご説明しました。今回は「広げる」に続き、「深める」について考えていきましょう。
結論の質を左右する「深める」
前回取り上げた「広げる」は、主に「考えるべき論点を漏らさない」「取り得る施策や可能性を見落とさない」「様々な人の多様な意見を引き出す」といった視点から重要なものです。これに対し「深める」は、その判断は本当に正しいのか?なぜそう言えるのか?といった「判断の適切さや確かさを高める」、もしくは議論をさらに発展させるうえで重要な役割を果たします。
我々は毎日様々な判断をしています。しかしそれら判断の多くは「なんとなくこうだ」という直観的な考え=結論だけで行われ、なぜそう言えるのか?本当にそれで良いのか?といった根拠を深く考えることはむしろ稀です。人は、自分が良く判らない事柄や、自分の直感や常識と異なる判断に遭遇すると、「なぜだろう」と考えはじめますが、自分が良く知っている事柄、自分がそこに自信を持っている領域については、往々にして自分の判断の根拠を確認せずに結論を出してしまいがちです。ここで「自身の考えを批判的に振り返り、検証してみることが重要」などと言うは簡単ですが、それには限界もあります。我々の考え方はどうしても自身の特定の立場の影響を受けますし、一人の人間が具体的に知り得る情報の範囲も限られているからです。本来こうした限界を超えるためにこそ「衆知を集める」、つまり多くの人が集まって情報を共有し、意見をぶつけ合い、議論する意味があります。
■「根拠」を深める
一口に議論を「深める」といっても、いくつかのパターンがあります。ひとつはある意見について、なぜそう言えるのか、直接の根拠を問うものです。ここを問うことで、ある人の意見・判断がどういった理由、根拠から導かれているのかが他の参加者にも理解できるようになり、その判断や理由づけが適切なのかを、正しい理解に基づき実質的に議論することが可能になります。
ある意見・主張に対して根拠が適切かつ十分かは、その論理展開をチェックすることによって行います。より具体的には演繹法、もしくは帰納法の論理展開からみて、適切かどうかを考えることになります。
演繹的な論理展開では、ある事象を、ある前提に基づいて判断することによって結論を導きますので、チェックするのは次の2点です。
・結論の根拠となっている「前提となる考え方」が何かを確認する。そしてその前提が、今、この場面で用いることが適切か?を議論していく
・結論の根拠となっている「事象に関する認識や情報」が正しいか、適切なものかどうかをチェックする
一方、帰納法の場合は、いくつかの事象から共通点を見つけ一般化して結論を出す思考法ですので、
・挙げられている事象は一般化するのに十分か、偏りは無いか?
・導かれた結論に対して、反証例は無いか?あるとすれば、ある結論が成立する範囲や条件はどこまでか?
などを問うていくことになります。
■「論点」を深める
何らかの議論をしていると、その論点だけを議論してもなかなか結論が出せない、といった状況に至ることがよくあります。そうした場合、そのまま議論を続けるのではなく、判断の前提となる部分を論点にし、そこについて議論し合意を得ることで結論が出せる場合が多いものです。
たとえば、ある製品のTVCMをどうするかについて議論していて、「Aというタレントを使って、Xというメッセージを伝える」案と、「Bというタレントを使って、Yというメッセージを伝える」案のどちらが良いか議論をしていますが、どちらもそれなりの言い分があり、なかなか結論が出ないとしましょう。この状態は、「タレントを誰にするか?」「メッセージをどうするか?」という論点に留まって議論していても、おそらく結論は出ません。結論を出すためには、そのTVCMを流す目的、より具体的には、「誰に、どのような認識を持ってもらう必要性が高いか?」という論点について検討し、合意を得ることが早道です。
「誰がターゲットなのか?」「そのターゲット顧客の興味・関心は何か?そしてどんなことに共感するのか?」といった論点を議論し、そこについて検討、合意が得られていれば、「ではこれに適したタレントやメッセージはどのようなものか?」と自然な流れで納得感の高い議論を展開できるでしょう。
このように、ある論点について結論を出すために必要な前提となる論点を見つけ、そこに議論のポイントを移す、そしてそこでも結論が出なければ、更にその根拠となるレベルの論点に遡って議論する、といった形で論点を深めていくわけです。
■一致点と対立点を明確にする
議論を深めるうえで、もうひとつ意識しておくと良いのは、どういった論点については合意ができていて、何については対立があるのかを整理し、考えるべきことを絞り込んでいくことです。結論を出す上で障害になっている議論の焦点はどこなのか、逆にそれ以上議論する必要が無い論点はどこなのかを、参加者が理解共有できるように明確にします。
たとえば先ほどの例で言えば、製品のターゲット顧客と、その興味関心に関しては対立が無い、そしてそのターゲットに共感を得られるメッセージについても概ね合意ができているとします。この場合、「20代の男性について、Cというメッセージを訴え、共感を得たいというところまでは皆さん良いでしょうか。では、その目的に対して、AとBのどちらのタレントを起用した方が良いか議論しましょう」といった形での整理を挟むことが有効です。つまり、「一致点を確認」し、「対立点を明確に」し、そこに議論がフォーカスされるようにします。この確認と論点の絞り込み、明確化を行なうことで、参加者は自身が考えるべきことがはっきりし、より深い議論がしやすくなります。
「議論を深める」うえで重要な基本姿勢
議論を深めるイメージと方法はご理解いただけましたでしょうか?ここで最後に申し上げておきたいのは、議論を深めるためには手法だけでなく、時にはそれ以上に、議論に参加する一人ひとりの姿勢、議論に臨む目的意識」が重要であるということです。
先に、「我々が持つ考えの偏りや知り得る情報の限界を超えるためにこそ、衆知を集め議論する意味がある」と述べましたが、現実の議論はどうなっているでしょうか?残念ながら逆の発想で議論の場に臨んでしまうこと、そしてその問題点に気づいていない人があまりに多いように感じます。
人と議論する目的を「そこに集う人が一人では出せないより良い結論を出すこと」ではなく、「自身がもともと持っている考えを他の人に認めさせる」「自分の意見を通す」という点に置いてしまい、「議論の勝ち負け」に拘っていないでしょうか?そこまで行かなくとも、議論の中で自分の意見を変えることを良しとせず、怖がり、無用に自身の考えに固執して守り通すことに汲々としていないでしょうか?
こうした姿勢、目的で会議に参加する人が多いと、議論の場の質が下がり、適切な判断が行われなくなっていきます。またそうした会議は参加するものにとって得るものが小さく、苦痛に満ちたものになるでしょう。
ファシリテーター自身が議論をする本当の目的、意義をしっかり認識することはもちろん、 参加者が本来の目的に沿った態度、姿勢で議論に臨めるように働きかけ、また議論の場の雰囲気づくりに気を配ることがとても重要です。この壁を超えることは決して簡単ではありませんが、そこにチャレンジし、影響を与え得るファシリテーターを目指したいものです。(続きはこちら)