人の可能性を開花させる「思いやりのコーチング」
成長を願う相手の人生において、ポジティブな変化のきっかけをつくりたいーー。人を支援する立場にあるビジネスリーダーなら誰しもが願うことだろう。
本書は、2種類のコーチングを比較で論じながら、「思いやりのコーチング」こそが人を持続的に良い方向へ導く力があると教えてくれる。
本書で提唱されている従来型のコーチングと「思いやりのコーチング」との比較は以下のとおりだ。
【従来型のコーチングと「思いやりのコーチング」との比較】
| 従来型のコーチング | 思いやりのコーチング |
---|---|---|
刺激するモチベーション | ・外部からの期待への対応 ・自分自身の弱みや課題の克服 | ・自分自身のありたい姿の体現 ・自分自身の強みの自覚 |
生み出す成果 | ・迅速な問題解決 | ・自分自身のありたい姿への持続的な変化、成長 ・イノベーションやコラボレーションの活性化 |
変化の持続性 | ・ストレス反応を引き出し、変化が持続しない | ・主体的な変化が持続する |
従来型のコーチングとは
相手の成長を願えば願うほど「何か問題があるなら早く解決してあげたい、なんとかヒントを与えたい」という気持ちは強くなるものだ。そして私たちはつい、「じゃあこうしたら?」「ここは私がサポートするからもう少し頑張ってみようか」など、問題解決的なアプローチを取ってしまう。これが従来型のコーチングだ。
達成すべき目標に向けて、目の前の問題を共に解決しようとすること自体はもちろん間違いではない。
しかし、「あのとき上司の話を聞いて変わろうとあんなに決意したのに、どうして続かないんだろう…」と自己嫌悪に陥ったり、「あの時たくさんのアドバイスをした後輩、結局なにも変わっていない様子だな…」と勝手にガッカリしたり。そんな苦い経験があるのはきっと私だけではないはずだ。
つまり、 “問題“に対してストレスを感じる根本原因にフタをしたままでは、良い方向への持続的な変化を期待することは難しいのだ。
「思いやりのコーチング」とは
一方「思いやりのコーチング」とは、変わりたいと願う人の気持ちと根本からしっかり向き合い、どんな人間になりたいのか、理想の未来では何を達成していたいかというビジョンを自覚させることで、相手の内側から成長のエネルギーを呼び起こすコミュニケーション技術を指す。
本書では、人が本心からの望みに突き動かされて変化するとき、その根底にはポジティブな感情、ホルモン、神経の一連の作用があることを科学的根拠とともに多くの具体事例が記されている。
みなさんは、「自分のありたい姿」をすぐに言葉に出来ますか?
ただ、ここでひとつ残念な事実がある。感情知性(EQ)に関する国際調査において、日本は調査対象国の中で最下位。幼少期から親や社会の期待に応えようと、外から規定された目標や評価軸に沿って懸命に努力する真面目さが、皮肉にも「自分が本当にやりたいことが分からない…」という状況に陥らせてしまうのだ。
かくいう私もその一人だ。親族が多い家庭の「最初の女の子」として生まれ、良くも悪くも周囲の注目を集めながら幼少期を過ごした。自分から望むよりも先に与えられるものが多く、自分が何かやり遂げたという喜びよりも、誇らしげに喜んでくれる両親や親族の顔を見ることに安心を覚える子供だった。
「周囲の大人が喜んでくれるから」「上司が認めてくれるから」、そんな外発的動機づけに支えられながら遮二無二がんばってきた人は少なくないように思う。その努力自体を否定するつもりは毛頭ない。しかし、外への期待に応えようと努力することによって「周囲からの期待をはるかに上回るような飛躍」と呼べる成長を、一度でも出来た人はいるだろうか。
きっと多くはないはずだ。
真の支援者になるカギは「自分を助けること」
どんなに人を支援したい気持ちがあっても、自分自身がストレスの只中にあっては、思いやりのコーチングの実践は難しい。支援の大前提は、まずもって自分自身がポジティブな感情でいられることなのだ。
自身のコンディションを良い状態に保つための技術については、ぜひグロービス経営大学院講師である若杉忠弘著の『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』を併せてお読みいただきたい。
労働人口の減少、人生100年時代による就労の長期化が叫ばれる中、人生のビジョンと情熱を持って生きることの重要性はますます高まっている。周囲の人の情熱を引きだし、ポジティブな感情を通じて持続的な成長を支える思いやりのコーチングは、これからの時代を生き抜くための切り札といえそうだ。
そして、相手を気遣い、相手の向上を鼓舞するアプローチは、きっとあなた自身にも希望や思いやりの感情をもたらしてくれることだろう。
本書との出会いによって、あなた自身が、そしてあなたにとって大切な人たちが、希望や思いやりをもって飛躍できることを切に願っている。
『成長を支援するということ――深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生むコーチングの原則』
著:リチャード・ボヤツィス 、メルヴィン・L・スミス、エレン・ヴァン・オーステン 監訳:和田 圭介、内山 遼子 訳:高山 真由美 発行日:2024/4/24 価格:2420円 発行元:英治出版