プロジェクト推進は全ての人に関わるスキル
大半の人が学生生活や社会人生活の中で「何らかの目標に向けて複数人で物事を進める経験」をしたことがあると思う。つまり大小に関わらず人生において何らかの「プロジェクト」というものに関わった経験はあるはずだ。
また東京五輪や大阪万博など、自分自身は大きなプロジェクトの企画者や遂行者ではないが、いち市民の立場としてニュースで見て、進捗状況などを知り、何らかの感想を持った経験がある人もいるだろう。
この書籍の原書の題名は『How Big Things Get Done』、「大きなプロジェクトの成功法」となっているが、キッチンのリフォームなどの個人的なプロジェクトが具体例として出されるなど、実は大小問わない様々な「プロジェクト」における成功・失敗の法則が導き出されている。仕事やプライベートを問わず、何か物事を企画し、予定を立て遂行する必要がある人間、つまり“すべての人”にとって学びがある有益な書籍になるはずだ。
完璧なプロジェクトはたった0.5%しかない
著者はオックスフォード大学教授で経済地理学者のベント・フリウビヤ。メガプロジェクトにおける世界の第一人者である。彼自身も136カ国20種類超の計16000件を超える大型プロジェクトのデータベース構築というプロジェクトを担い、様々なプロジェクトの成否のデータを蓄積して分析を行い、世界共通の「メガプロジェクトの鉄則」を導き出した。
フリウビヤ氏がデータベースを構築して分析した結果、予算内・工期内に完了するプロジェクトは、全体の8.5%に過ぎず、予算・工期・便益の3点ともクリアするプロジェクトは、たった0.5%だったという。また特に大型プロジェクトは、計画通り実現しないリスクがあるだけでなく、大失敗以上に、壊滅的な失敗に終わるリスクをはらんでいる。では成功するプロジェクトと失敗するプロジェクトの命運を分けるものは、何なのだろうか。
大型プロジェクトが失敗してしまう原因
失敗するプロジェクトは長引き、結果として小さな変化が組み合わさって大惨事になる。反対に成功するプロジェクトはスムーズに完遂できる。人間が間違った決定を下してしまう原因は、意思決定とプロジェクトの性質によって異なるが、利害の衝突が起こりにくい場であれば心理メカニズム、プロジェクトの規模が大きく意思決定の影響が大きくなるほど、お金や権力といった政治的なメカニズムが幅を利かせる。
① 心理的なメカニズム:「まず行動」は視野狭窄を生む
物事を進めるためにはまず行動を起こすべきだと考えがちである。実際に行動をすることで意味のあることができている感覚が得られて気分が良く、安心感も生まれる。しかし、これは慎重に考えるよりも、早く一つのことに決めたいという固定化への心理によるものである。人は危険な時ほど楽観的になりやすく、最初に目的や目標をきちんと設定しない。問題のリスク検討、代替案の思考も行わずに「固定化」をして唯一の選択肢にしてしまう思考に陥りがちである。
上記の思考から脱却するためには必要な情報がすべて手元にあると思いこまないこと、早く決めてしまいたいという気持ちに自覚的になり、抗うことが大事である。
② 政治的なメカニズム:戦略的虚偽表明
契約を勝ち取るために、またプロジェクト実施の承認を得るといった戦略目的のために情報を意図的かつ体系的にゆがめたりごまかしたりする傾向であり、後戻りできない時点までプロジェクトを進めてしまうことを狙いとする政治力学である。
具体的には契約を獲得するために実態よりも見積もりを低く押さえて出す等の恒常的に行われている手法のことで、一度発注をもらうという戦略目標や自分の便宜を重視して行われる。
成功のカギは「ゆっくり考え、すばやく動く」こと
このような罠に陥らないためにも、プロジェクトを始動させるときに目的を明確になるまで掘り下げる必要がある。何故このプロジェクトを行うのか?の問いからすべてのプロジェクトはスタートすべきであり、そして達成したいことは最後まで見失わないことが大事である。
またプロジェクトは目的を達成するひとつの手段に過ぎないため、手段の目的化をしないように注意してほしい。
そして計画フェーズにおいてしっかりと思考投入し、打てるだけの手を打っておくことが大切であり、自身の実験+経験をもとに、ゆっくり、徹底的に、反復的に立てることが重要とされている。
事前の段階であればかかるコストもリスクも少ない。実行フェーズに移ってしまうと途端にコストもリスクも跳ね上がるため、いかに事前に思考しておき、早くプロジェクトを終えられるかがカギとなる。
最大のリスクの「自分」との向き合い続ける大切さ
本書の最後には「見事で凄いもの」を創る勝ち筋として11の経験則が挙げられるが、最大のリスクは「あなた」と記されていた。これには読んでいる私自身も、自分の在り方や自覚的・無自覚的に持っているバイアスに対して警告を受けたような気持ちになった。
著者も自身のバイアスで失敗した経験を折に触れて語っていたが、この自分との戦いは、本書で成功の秘訣の一因として触れられていたような「経験」を重ねても、素晴らしい「チーム」を作れたとしても、最後まで付きまとってくるのだろう。
本書が大小や新規・既存問わず、何かしらの物事を計画し、推し進める役割を担う人たちにとって道しるべとなることを願っている。
『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』
著:ベント・フリウビヤ ダン・ガードナー 翻訳:櫻井祐子 発行日:2024/4/24 価格:1,980円 発行元:サンマーク出版