夜、寝ていた3男~5男の寝顔にキスをし、起きている妻と長男、次男に別れを告げ、一路羽田へ向かった。離陸後ずっと眠り続け、着陸前に起きた。LA空港に着くと現地時間18時だ。辺りは、もう暗い。ヒンヤリとした乾いた空気が、僕を出迎える。このまま、グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)が出資する投資先企業のレストランに向かう。
レストランは、「Tokyo Table」と呼ばれ、アーバインに位置する。ワタミの創業期からの経営陣の一人が退職後、単身アメリカに渡り、日本食のチェーンを展開するために起業したものだ。英語があまり得意でなかったけれども、「アメリカに日本風の居酒屋」を広めたい、という思いで、立ち上げたのだ。
その思いとコンセプトに、GCPも応じて出資した。先のG1サミットでも、「海外に日本食レストランがあっても、日本人が経営しているのは少ない」という指摘があった。でも、この店は違う。日本の「食」を、日本人が現地化して、広げているのだ。
お店の前で、片山さん(米国のCEO)に迎えられ、中に入る。140席入る中規模のスペースに、几帳面にテーブルが並んでいる。満席で、盛況だ。客層は、現地の人ばかりで、日本人はあまり見当たらない。現地化にも成功したようだ。株主としては、ホッとする瞬間だ。
片山さんも同席され、メニューを眺める。「現地で一番売れているものを」とお願いして、オーダーが決まっていく。先ずは、“ハウスサケ”の熱燗だ。熱燗などここ数年飲んだこと無い。「ハウスサケ」と言う響きも新鮮だ。ハウスワインのお酒版なのだろう。更に、ガーリックエダマメ、ハマチのカルパッチョ、ロブスター・ダイナマイト・ロール、さらには、スシピザだ。斬新な発想に、ビックリさせられる。でも、売れているのだと言う。さらに、ビーフ・ラップやベーコン・ラップという焼き鳥の一種。米国で人気の、スパイシー・ツナを乗せた寿司(但し、ご飯の部分はカリっと焼かれていた)等を注文した。
以前日本でベーグル屋に投資をした時のことだ。ユダヤ系米国人のパートナーが来日し、照り焼きベーグルを見たときは、「こんなのはベーグルじゃない。ベーグルは、クリームとサーモンで食べるものだ」と言われたことがあった。僕は、すかさず反論した。「カリフォルニアロールも寿司じゃない」、と。
「食」というのは、面白くて、現地に溶け込むプロセスで、新たなイノベーションが生まれるのである。片山さんが言うには、「これらのメニューは、日本に逆輸入できる」、と。確かに、ガーリックエダマメも、ダイナマイト・ロールや、スシピザもメチャクチャ美味しいのだ。
久しぶりの熱燗をむせながら飲み干す。フライトの間、何も食べずにずっと寝ていたので、食が進む。会話も弾む。
片山さんの話は、興味深い。「米国リコーに長年勤務し、ディレクターまで務めたが、米国に残り何かしたいと思っていた。日本で海外進出が遅れている産業は何かと考えているうちに、サービスとファッション業界だと気付いた。そこで、その分野の様々な会社を探しているうちに、この会社に出会いジョインした」、と説明してくれた。「リーマンショックで、多少売上は落ちたが、今は順調に売り上げを伸ばしている。これから、米国への展開と、アジアでの弁当事業の展開のどちらにプライオリティ置くかを議論する事になろう」、と。
片山さんがこの会社を選んだ理由の一つは、日本に本社が無いことだ、と説明してくれた。「日本の本社の意向ではなく、退路を断ち切り海外を拠点にして徹底的に展開していくという不退転の決意が嬉しくて、ジョインした」、と言うのだ。片山さんは米国で、創業者は今アジアで奮闘中だ。
僕らGCPの役割は、こういう高い志を持った起業家を、資金面、人材面、ノウハウ面で支援して、新たな価値を社会に生み出すことだ。その結果として、僕らを信用してくれた投資家にリターンを生み出すのだ。慣れない熱燗と熱い想いを聞きながら、心が高揚してきた。そして、目の前には、「スシピザ」だ。
食後、片山さんに別れを告げ、タクシーに乗り込む。日本人らしく、車が見えなくなるまで直立不動で見送ってくれた。サンタモニカまで一時間のドライブだ。僕は、後部座席でまた一寝入り。ビーチに面するホテルに車が乗り入れて、チェックインした。明日の朝から大事な会議が二つ。出張は、続く。
時差ボケで、結局未明に早起きして仕事をする。外が明るくなったので、カーテンを開ける。緑のヤシの木ごしに、サンタモニカの海岸が見える。薄緑色の水、水平線には紫色の雲がかかる。天空はもう青い。窓を開けると、冷たい空気が入り込み、カラスの様な鳥の鳴き声が聞こえる。さあ、先ずはパワー・ブレックファストからだ。
プールサイドのカフェ風のレストランで、LAで最も影響力のある人との一人と朝食をいただく。冬だというのに、朝陽が明るい。ドラマに出てきそうな雰囲気のお店だ。年配の人が入ってきたので目をやると、俳優のジャック・ニコルソンが、杖をついて入ってきた。思わず反応した。そっくりだが、どうやら違う人のようだった。なあんだ。
パワー・ブレックファストを終えたら、次は投資家訪問だ。ホテルのロビーで、GCPの同僚の高宮氏と合流し、タクシーに乗り込む。サンタモニカのビーチ沿いのパシフィック・コースト・ハイウェイを車が走る。カリフォルニアの青い空が広がっている。
センチュリーシティでの、かなり密度の濃い会合を終え、クタクタになりホテルに戻ってきた。昼過ぎにサンタモニカの、3番通りプロムナードまで歩いて行った。入口に立つ美しい金髪女性に魅かれるようにして、アメリカ風イタリア料理店へ入る。プロムナードに位置する外のテーブルに、着席した。通行客をウォッチングできるロケーションだ。
デンバーまで一緒に同行する経営者仲間の橋本氏と高宮氏と男3人で、ハンバーガーとパスタを注文した。光がまぶしい。サングラスを持ってこなかったことを後悔する。日射しが照りつけて、ぽかぽかするので、最後はTシャツ姿になった。BGMは、プロムナードの真中を占拠するストリート・ミュージシャンによるギターと歌だ。
1泊4日の弾丸出張で来た高宮氏と別れを告げ、僕と橋本氏とが、LA空港に向かった。2人の目的地は、デンバーだ。そこに世界から経営者が1000人近く結集する。日本からも20人近く来る予定。2月のコロラドと言えば、ピンとくるであろう。会議のためだけに来るのは、勿体ない。そこで、ある場所に向かう事にしていた。
2011年3月3日
日本に向かう帰路でツイッターに基づき執筆
堀義人