「逃げ恥」に見る「普通のアップデート」―『男性の育休―家族・企業・経済はこう変わる』

男性育休取得の課題と現状

2016年秋に大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(以下、逃げ恥)。2021年1月2日にファン待望の新春スペシャルとして帰ってきた。2時間の中にも選択式夫婦別姓、無痛分娩、セクシャルマイノリティーや女性の癌といった内容が盛り込まれ、社会問題も切り込んだ本作や原作の勢いが特番でも再現されていた。かつ原作にはないドラマオリジナルの内容だった「コロナ禍での子育て」も、現在の状況にリンクしてネット上でも共感の嵐が起こっていた。私自身、2歳の娘がいる親の立場として影響が不安だった当時(今もだが)を思い出し胸が詰まった。

ドラマの中で注目だったのが、残念ながらコロナのせいで切り上げられてしまった平匡さんの「育休」である。ドラマ前半では、「さも当然」の表情を練習してから育休の申請を行うなど、取得のしづらさが若干コミカルに描かれていた。けれど「男が育休取っても何の役にも立たない」というセリフやみくりの同僚が言う「男が育休なんて取ったら仕事やる気ないって思われちゃうよ」という言葉は、リアリティがあったのではないだろうか。

ドラマの話を永遠に続けてしまいそうだが、平匡さんが取得したこの「男性育休」。コロナ禍ですっかり遠い昔にも感じられるが、昨年初めには環境大臣である小泉進次郎氏が取得することで注目が集まり、最近ではレギュラー番組を持つお笑い芸人やYouTuberが取得宣言をしたことでネット上でも何度か話題となった。しかし、実態を見ると日本における男性の育休取得率は7.48%と低く、当初政府によって掲げられていた目標(2020年に13%)も到達していない。未だ課題だらけの領域だ。

男性育休は、日本の課題を一挙解決するレバレッジポイント

しかし、この男性育休が、少子化、産後うつ、企業における生産性といった日本にとって喫緊の課題を一挙に解決できる「レバレッジポイント」であると掲げているのが、本書だ。

手がけたのは、ダイバーシティ推進コンサルタントであり、NPO法人みらい子育てネットワークの代表である天野妙氏と、「働き方改革」の推進者として多くの企業で研修やコンサルティングを行う株式会社ワーク・ライフバランスの代表、小室淑恵氏の2人。もともとそれぞれのフィールドで子育て支援や生産性向上に活躍されてきた2人が、病児保育認定NPO法人フローレンスの代表・駒崎弘樹氏によって引き会わされ、「男性育休義務化プロジェクト」を立ち上げ、政府や経済団体などに働きかけている。まさに実践しながら書かれた書籍である。

「男性育休」は政府も注力し、今後の成長戦略にも盛り込まれている施策の一つであり、実は休暇取得可能日数や手当に関して日本は、世界有数の手厚さである。しかし、2007年に掲げられた取得率の目標は2020年に13%だったのに対し、目標に届かず、徐々に伸びているとはいえ、歩みは鈍い。

本書はそんな「手厚い制度と低い取得率のギャップ」には多くの誤解が介在しているためであるとし、男性育休にまつわる勘違いを丁寧に拾い上げ、正しい方向に解説してくれる。

例えば、次のような勘違いだ。

「育休で収入がなくなったら生活が立ち行かないのでは」
「男性が育休を取っても、家庭でやれることは少ないだろう」
「長期間会社を休んだら、職場の仕事が回らなくなる」

実際の職場でも聞こえてきそうな声である。しかし、本書には、上記を解決できる制度や企業事例が多くの参考事例とともに書かれている。「育休=1年近くの長期の離脱で収入減となる」、とイメージされがちだが、給付金によって九割近くが補償されたり、男性の育休はある程度時期や取得期間が柔軟にできたりとイメージするよりも影響は少ない。また「半育休」といった制度もあるので、情報をすべて遮断するような期間にはならず、フレキシブルに活用している人も多いという。

制度を紹介するだけには留まらない。実際に取得した人の体験談、育休取得者の多い企業の状況、市場のアンケートなどのファクトを元に男性育休が企業にもたらすメリットが具体的だ。

例えば、優秀なエンジニアの採用に成功しているメルカリや、地方の中小企業でも採用に全く困らないというサカタ製作所では、トップ自らが育休を取得したり、男性社員の妻が妊娠したタイミングでの面談を実施し、給付金の案内や業務調整を相談する機会を作ることで子育て世代の公平性を担保し、優秀な人材の確保に繋がっている。育休を取得した社員も会社へのエンゲージメントが高まり、ロイヤリティも向上した、と口にする。

また、男性育休は周囲にも良い影響をもたらす。マネジャーが取得することで部下の成長機会となった事例や、逃げ恥でも「誰が休んでも仕事が回る・帰ってこられる環境を作っておくのがリスク管理、リーダーの仕事」と平匡さんの頼れる元同僚沼田さんが言っていた通り、部下やメンバーが育休を取得しやすい環境づくりをすることは、今後さらに多様な価値観を持つメンバーをマネジメントしていく上で、必要なスキルとなっていくだろう。

まさにこれからの時代「戦略的に男性育休を導入する企業にこそ、未来がある」のだ。

当事者意識の醸成で「普通のアップデート」を

育休における「当事者意識」は大きな壁だ。女性であれば出産後のキャリア継続について、制度や手続きを会社側も丁寧に説明してくれる。しかし、子どもを授かり、親になるタイミングとしては同じであるはずの男性は、制度の存在自体知らなかったり、取得したくても周囲の目や空気が気になって取れなかったりと、個人によって差が激しい。

そこで、著者たちが手がけたのが、経済界でも賛否両論の議論を巻き起こした「男性育休“義務化”」だ。

先にネタあかしをすると、「義務」とは個人における取得の義務ではなく、企業が対象者に対して打診することを指す。しかし、あえて主語をぼかすことで当事者意識を促したかったという。

「義務化」によって、企業が対象者に対しての説明責任を担い、制度を浸透させ、希望する人が取得しやすい仕組みがあれば、取得者はさらに増えるだろう。現に育休取得を希望する男性は増加傾向にある。私自身、組織の未来やメンバーのためにも、希望者がいたら後押しをする存在でいたい。

社会が変わるきっかけがここにある。世代交代を待つだけでは手遅れになってしまう。世論も後押しし、政府も意欲的に取り組むこの「男性育休」。我々ミドル世代が現場の空気とマネジメント層の意識を変え、仕事も家庭も育児も向き合うビジネスパーソンを増やしていく出番なのではないだろうか。逃げ恥でも語られた「普通のアップデート」にぜひ取り組んでいきたい。

男性の育休
著者:小室淑恵/天野妙 共著 発行日:2020/9/16 価格:968円 発行元:PHP新書

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