今年8月発売の『KPI大全–重要経営指標100の読み方&使い方』から「056 従業員1人当たり人件費」を紹介します。
日本ではキーエンスや日本M&Aセンターが平均年収の高い企業として知られています。1人当たりの人件費は、こうした年俸に各種手当や社会保険料等を足したものであり、平均年収の1.2倍から1.3倍程度の数字です。この数字が安定して高いことはその企業の収益性の高さ(例:業界そのものの競争が緩い、他社に真似できない競争優位性がある等)を示しており、通常は好ましい状況です(そのかわりに仕事がハードになりがちという側面もあります)。一方で近年は、組織の壁が低くなり、緩い契約社員的に働いたり、フリーランスで働く人も増えています。特にベンチャー企業や、公開企業であっても若い企業などではこの動きが加速しています。高い能力を持つ人は短時間でも高い報酬を得ることが可能となってきていますが、これは外注費となって、伝統的な人件費には含まれません。1人当たりの人件費は、単純な指標に見えますが、実際に「その会社の『人』に関連する費用」を正しく捕捉するのは容易ではないのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、東洋経済新報社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
従業員1人当たり人件費
従業員1人にどれだけの人件費がかかっているかの指標
KPIの設定例
キャッシュは十分にあるので、来年は従業員を1000人に増やしたい。従業員1人当たりの人件費は1000万円までは大丈夫なので、人件費総額も100億円以内だ
数値の取り方/計算式
人件費÷従業員数
数値は財務諸表より読みとれる。他社については、ウェブなどで取れる平均年収に簡便的に1.2倍などして求めるケースもある
主な対象者
経営者、人事責任者、事業責任者
概要
この指標を特に気にするのは経営者や人事部、あるいは事業部長などです。人件費は給与・賞与だけではなく、各種手当、退職一時金や退職年金の引当金、社会保険料や法定福利費、福利厚生費、通勤定期券代や社宅の費用なども含まれます。業界にもよりますが、通常、これらの費用は給与・賞与の20%から30%程度を占めるとされます。この数字の多い企業は従業員に報いている企業といえます。
KPIの見方
この指標は、ウェブなどで手軽に手に入る「1人当たりの年収」とは上記のように少し異なりますので、まずはそれを意識する必要があります。
一般に、この指標の高さは、通常、採用においては人材獲得力の高さにつながります。日本においては通常、業界ごとに「相場」的なものがあり、さらにその中で大手企業になるほどこの指標が高くなるのが一般的です。「相場」が高い業界としては、総合商社や金融、ディベロッパーなどがあります。
なおこの数字は、いまだに年功的な報奨制度が色濃く残る日本企業においては、従業員の平均年齢が上がると上昇する傾向があるので、そちらも同時に見るのが一般的です。人件費は費用という側面もありますので、業績がさえない割にこの指標が高い場合、利益が圧迫されている可能性もあるので、利益も同時に見るのが一般的です。
KPIの使い方
この数字は総人件費と従業員の数で決まってきますから、一般にはそれとあわせて検討します。実際には総人件費が決まり、従業員数が決まれば自ずと決まるというパターンが多いです。また、「無い袖は振れ」ませんから、翌年度の売上げや粗利などの利益の見込みなどもあわせて勘案します。
通常は、前年の数字を元に、業界他社との比較をしたうえで決める企業が多くなっています。外資系の企業は一般的に雇用が不安定な分、数字が高くなる傾向かあるので、日本企業の場合はそれも勘案して決めることが多いです。
この数字はさらに「1人当たりの給与」「1人当たりの賞与」「1人当たりのその他人件費」に分けることもできます。この中で一番コントロールしやすいのは1人当たりの賞与です。それゆえそれが利益の調整弁として使われることも少なくありません。1人当たりの給与は下方硬直性が高く、容易には下げられないため、経営が厳しい局面では昇給をしない、あるいは新しく人を採用しないことで総人件費を抑えるという手段が用いられます。
補足・注意点
この指標は、正規、契約、派遣など、雇用の在り方が多様化する中、経年比較やライバルとの比較がしにくくなっている指標でもあります。近年は組織の壁を超えてフリーランスの方々を必要に応じて「オンデマンド的」に調達して仕事をすることもありますが、それは外注費となってしまい人件費には含まれないため、「真の人件費」を正しく捉えるのは必ずしも容易ではないのです。
関連KPI
従業員1人当たり売上高、従業員1人当たり粗利額