VUCAの時代という認識もすっかり定着してきた昨今、従来の常識にとらわれない新たなイノベーションを起こす好機が地球規模で訪れています。こうした環境下にうってつけの本書は、副題の「イノベーションの作法」という文言通り、どうしたらイノベーションを起こせるのかを極めて実践的に解説した一冊です。
ビジネスデザイン分野のコンサルタントとして活躍する著者が、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌に連載した論文をまとめたもの。書籍化に際しての書き下ろし章が加わったという形になっています。
*巻末に所収されている「『デザイン思考』を超えるデザイン思考」が掲載順としては最も早い2016年4月号のもので、その後2016年11月号から2017年12月号にかけての連載分が本文に相当します。
日本が得意とするイノベーション「SHIFT」とは
著者は、企業の創造活動で「非連続的な変化を生み出す革新(イノベーション)」のうち、従来の事業領域やメンバーで新たな商品・サービスを生み出すことを「SHIFT」と呼びます。そして、日本人こそがこのSHIFTを得意とし、効果を最大限に発揮するポテンシャルを持っていると説きます。
ところが、これまでは具体的な方法論が明確でなかったために、SHIFTがそれほど起きなかった。方法論があれば、「剣道や茶道と同じようにSHIFTを究め」て行けるはずとのこと。こう言われると、草の根レベルの「カイゼン」が得意で、新たなジャンルが人気を博すと途端に百花繚乱の流派が生まれる日本には、確かにポテンシャルがあるかもしれないとワクワクしてきます。
中でも白眉は、第3回「バイアスを破壊する」の章です。SHIFTを起こすには、それまでの多くの人の一般的な考え方(=バイアス)を知り、その逆を行けばよいとします。そして、バイアスを可視化・構造化するためのプロトコルを、事例を交えながら解説していきます。
かつてピーター・ドラッカーはその著書『ポスト資本主義社会』の中で、知識の生産性を高めるために、問題定義のための方法論、問題に取り組む手順の編成にかかわる方法論、すなわち「知らざることの組織化(Organizing Ignorance)」が必要だと説きました。と同時に、「これは私が40年前に書き始め、いまだに完成に至っていない著作の題名である」との注釈もつけました。
同書を読んだ当時の私は、「なるほど、確かに重要なテーマだが、ドラッカーでも確立できないくらい難しいものでもあるな」と感じるばかりでしたが、あれから四半世紀以上の時を経て、これこそ「知らざることの組織化」について出された一つの回答と言えると思います。
イノベーションの発想だけでなく、実践のためのツールも強調
この章ばかりではありません。徹底した実践性・具体性に貫かれているところも、本書の特長です。
イノベーションについての解説というと、ともするといかに斬新な発想をするかに焦点が当たりそうですが、本書は違います。その発想の部分と同等の紙幅を「インターナル・マーケティング」、すなわち新しい商品・サービスのコンセプトについていかに社内を説得するか、そして「エクスターナル・マーケティング」(一般的な対消費者マーケティング)の方法にも割いています。単にアイデアを思いつくだけではなく、実際に製品化し上市し、顧客の支持を得てこそ意味あるイノベーションであるということです。
また、上述の「SHIFTをイノベーション、インターナル・マーケティング、エクスターナル・マーケティングの3段階に分ける」といったフレームワークや、「ビジネスモデルのSHIFTを考える4つの問い」といったリストが多数紹介され、ツールとして使ってみることを強く推奨されています。
そして、こうしたフレームワークやリストの使い方一つ一つについて、なぜそれをやった方がよいのか、他の選択肢と比べてどんな点が優れているのかといった理由付けがあり、まさに実践の中で磨き抜かれてきた圧倒的な説得力を感じます。将来のビジネスリーダーを目指す人には是非読んでいただき、各々の実務の中で試していただきたい一冊です。
『SHIFT:イノベーションの作法』
著:濱口秀司 発売日:2019/6/27 価格:4,455円 発行元:ダイヤモンド社(電子書籍のみ)