不正に手を貸さないように――会計は誰もが学ぶべきビジネス知識
皆さんは、1年間にどの程度の不適切会計が上場企業で開示されているかをご存知だろうか。
東京商工リサーチの調査によると、2018年度に不適切会計を開示した上場企業は50社に及ぶ。内容別では経理や会計処理のミスなどの「誤り」、次いで海外子会社などで売上前倒し計上による「粉飾」が多い。
そもそも、なぜ「粉飾」などの会計上の不正が起こるのかを疑問に思う人もいるかもしれない。だが、株主からの売上や利益といった業務目標のプレッシャーに対して、少しぐらいであれば、という意識が働いても不思議ではない。会計を知らなければ、まじめに業務を行っている方でも、知らぬ間に不正に手を貸していたということが起こり得る。
大事な会計のポイントを知っていれば、おかしいなと感じることができ、指摘し意見を述べることができる。会計知識を学ぶとは、不祥事を防ぐ「守り」に繋がるばかりか、適切に投資をするなどの「攻める」ための武器を持つことを意味する。
本書は、不正会計問題でマスコミから説明責任を求められた東芝の広報部門を対象とした会計研修がきっかけで企画された。経営の意思決定にタッチするマネジメント層だけでなく、己を守るためにもマネジメント現場で考え意思決定を行う社員の方も知っておくべき会計の知識が詰まっている。
実際の企業事例から会計を学ぶ
経済紙(誌)でよく目にする「キャッシュ・フロー経営」、「連結会計」、「税効果」、「減損」、「のれん」、「新会計基準」という言葉を、知ってはいるが、理解できているかというと怪しい、という人も多いのではないだろうか。そうした用について、東芝をはじめ過去に起こった豊富な企業事例をもとに、それぞれ押さえておくべきポイントを本書では学ぶことができる。
ここでは「キャッシュ・フロー経営」をテーマに、健全な事業活動を行っているのかのチェック、そして、適切に「攻める」とはどういうことかについて、それぞれ一例をご紹介したい。
キャッシュ・フロー計算書(C/F)は、損益計算書(P/L)や貸借対照表(B/S)と比較すると、馴染みがないかもしれない。本書では、キャッシュ・フローの大切さがよく分かる例として、2015年に起こった江守グループホールディングス(以下、江守GHD)の倒産を取り上げている。
江守GHDは化学品などを取扱う専門商社で、堅実経営を行っていた。中国事業の急拡大もあり、2011年3月期から2014年3月期まで、売上・利益ともに2倍以上となった。しかし、2014年の終わりに中国法人での架空売上が発覚し、翌年には536億円もの大幅赤字に転落、そのまま倒産に至った。
「キャッシュ・フロー」を押さえて企業の健全さをチェックする
堅実経営だった会社がまさか倒産と思うだろうが、もしもキャッシュ・フローの動きを正しく押さえておくことができていたら、この不正を見破ることができたのではないだろうか。中国法人で、商品は動いていない架空取引を行うとともに、仕入れの資金を継続的に流出させていたことで、本業から得られるキャッシュ(営業活動によるキャッシュ・フロー)がマイナスだったのだ。キャッシュのマイナス分を借入や株式の発行(財務活動によるキャッシュ・フロー)で補ってつじつまを合わせていた。
営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスの状態が続いているにも関わらず、損益計算書上で利益が出続けている場合は、粉飾決算の可能性がある。本当に正しいのか、と疑ってみるといい。
一方で、「適切に攻める」とは、を考えるうえで有効な事例を取り上げたい。本書では安定した優良企業の典型的なキャッシュ・フロー計算書としてトヨタ自動車を挙げている。トヨタ自動車は、営業活動によるキャッシュ・フローの範囲内で投資を行い、余ったキャッシュは配当や自社株買い、そして借入金の返済などに充てている。本業から得られたキャッシュをもとに事業を組み立てていくという手堅い経営をしている。
企業の成長ステージやビジネスモデルなどにより、キャッシュ・フロー計算書から読み取れる意味合いは異なるが、企業が継続成長し続けるための生命線はキャッシュである。キャッシュ・フロー計算書を正しく理解することで、不祥事を未然に防ぐとともに、適切に攻めるためには、を考えることにも繋がる。
本書を通じて、これまで読者の皆さんが、疑問に感じていた会計用語の意味合いだけでなく、自分自身が携わるビジネスを深く考える、そんな一冊になるかもしれない。
『現場で使える会計知識』
著:川井隆史 発売日:2019/6/13 価格:1980円 発行元:明日香出版社