『ビジネスで成功する人は芸術を学んでいる』――アートのスキルでイノベーションを生み出そう
生産性の向上が日本企業の課題と言われて久しいものがあります。事実、日本の労働生産性や時間当たり生産性はOECD参加の先進国の中ではここしばらくほぼ最下位レベルです。
筆者も昨年、『MBA生産性をあげる100の基本』という書籍を上梓し、多くの方に読んでいただきました。生産性を上げなくてはならないということは、長年デフレ経済にあがき、また国際競争力でも劣位に立たされることが増えた日本のビジネスパーソンにとって、大きな課題として共有されていると言っていいでしょう。とりわけ生産性の低いサービス関連企業にとっては、生産性を上げなくては、忙しく働いたわりには収益が上がらず、賃金も上がらないという蟻地獄からいつまでも抜け出せないのです。
さて、本書の著者である小林裕亨氏は、共同で立ち上げた現場密着型の日系コンサルティングファームで長年コンサルタンティングサービスを提供してきました。カーネギーメロン大学でMBAを取得した小林氏は、まさに経営と現場の両方が分かるコンサルタントと言えるでしょう。その小林氏が、コンサルタントとしての長い経験をもとに生産性向上のヒントやプロセスについて著した骨太の1冊が本書です。
今回は、本書の特徴として大きく3つを取り上げます。
1つは、コンサルティングの経験に徹底的に根ざしており、そこから体系化を図っている点です。Appendixには「継続的生産性向上に向けた組織変革のツール&コンセプト」がページを割いて多数紹介されており、それらを見るだけでも生産性向上のプロセスが浮かび上がってきます。また、いわゆるMBA的なフレームワークやクリティカル・シンキング的な考え方が、現場でどのようにモディファイされて用いられているかを知ることができるのも、そうしたことに関心のあるビジネスパーソンにとってはヒントになるでしょう。
2つ目は、メンタルモデル(思考のパターン)を変えることこそが生産性向上の柱であるという指摘です。往々にして多くの会社では表面的に現象として現われるさまざまな不都合や非効率を修正しようとするものです。しかしこれは一見正しいようで間違った方法論です。現象として不具合が発生する根源には、必ず好ましくないメンタルモデルが存在するものです。そのメンタルモデルを変えることが、非効率や不具合を生む原因を消すことにつながり、生産性向上のキャパシティを上げることにつながるというのは、意外に見落とされがちな点です。
ちなみに、本書では、まず以下のようなメンタルモデルの変化が必須と指摘しています。詳細は本書で確認してください
・専門家・職人思考 → 水平分業・協業志向
・管理・コンプライアンスのガバナンス → 課題解決のガバナンス
(特にサービス業において追加で)
・おもてなし → 産業化
・拠点数の拡大 → 市場に対応した資源再配分
3つ目は、章ごとに冒頭でメッセージを構造化して見せていることです(さらに言えば第1章で、全体の構造を見せています)。つまり、各章を読み終わった後に、もう1度頭の整理をしたり、1冊を読み終わった後に全体を俯瞰し、何が語られていたかを確認したりしやすくなっているのです。
ここまでは特徴について述べてきましたが、本書の中で個人的に面白いと思った指摘を1つ挙げるとすると第3章「自律型組織への転換」の第2節「いま必要なのは構造論と運動論」の「これまでの日本企業の生産性向上・改革は、構造論と運動論のどちらかが欠けていた」です。
構造論とは「考え方や方向性をぶれさせないマネジメントの型」であり、方針転換、責任体制、マネジメントプラットフォームを軸にします。一方、運動論とは「Right Issue、Right People、Right Methodology」の回転スピードを上げながら組織に広げていく知恵のことで、ロードマップ、世代計画、課題解決手法が含まれます。やや静的な構造論と、時間軸を意識した動的な運動論の両方が必要というのは、これも意外に見落とされがちなことです。
私もよく「戦略論、組織論、運動論」などとクラスで紹介することがあります。やや意味合いが異なる部分もありますが、かなり通底する部分があると感じます。手を変え品を変えさまざまな角度からアプローチしないと、やはり組織というものは変わらないのです。
冒頭にも述べたように、このまま低い生産性が続けば日本という国は沈没してしまいます。そうならないためにも、新しい時代に向けて勇気をもって生産性向上に取り組むことが必要です。本書はそのための良き指南書と言えるでしょう。
『反常識の生産性向上マネジメント』
小林裕亨(著)、日本経済新聞出版社
1944円