顧客の期待を超えるおもてなしは、業績とは関係ない――本書は、昨今のサービスマネジメントに対する考え方へのアンチテーゼから始まる。ディズニーランドやリッツカールトンの例を始めとして、顧客の期待を超えるサービスを提供することが、ロイヤリティ(=そのサービスへの信頼度)アップ、ひいては業績アップにつながるという考え方を真っ向から否定しているのだ。私も教育というサービスを提供する立場として、沢山の気づきがあった。もちろん、本書に記載されていることが全てではないが、ぜひサービスマネジメントの1つの考え方として、お薦めしたい。
では、何がロイヤリティに最も影響するのだろうか。結論から言ってしまうと、「顧客に手間をかけさせないこと」だ。統計的に言えば、顧客に対して、期待を超えるサービスを提供してロイヤリティが高まる確率より、問題が発生してディスロイヤリティが発生する(=獲得した顧客が離れる)確率の方が高い、というのだ。
確かに、顧客の期待を超えるサービスというのは、言葉を選ばずに言うと、「まぐれ」感がある。もちろん「まぐれ」にしないために仕組化することは重要だが、全ての施策がロイヤリティにつながるわけではない。一方で、サービスに対して何か問題が発生したとき、どれだけ信頼していたとしても、信頼度は確実に下がる。さらに言えば、信頼しているものほど、問題が発生したときは、その信頼は揺らぐかもしれない。つまり、ロイヤリティを上げるためには、顧客の期待を超えることよりも、問題を発生させないことのほうが大事なのだ。また、昨今ではSNSというツールの登場により、その影響はますます大きくなっている。
とはいえ、サービスを提供する側の立場としては、どんなに努力をしても、問題をゼロにすることはできない。では、何をすればいいのか。冒頭に記載した通り、「顧客に手間をかけさせないこと」である。つまり、問題が起きたとしても、顧客が手間だと感じなければいいのだ。ぜひ皆さんには、ご自身の業務に立ち戻り、顧客が何に手間だと感じているのかを具体的に考えてみてほしい。例えば、電話やメールをする手間を減らすために、FAQを用意しておく、というのは一例である。
ここで大事なことは、ただFAQを用意しておけばいいというわけではない。ちゃんと「顧客の手間が発生しない」設計になっていることが大事なのである。顧客が簡単にFAQに辿り着ける設計になっているのか、FAQの内容はわかりやすくなっているのか、など。
自分の体験を振り返っても、最悪なのは、「何とか頑張ってFAQを探したけど、聞きたいことが書いてない、もしくは何が書いてあるのか分からない」ことだ。問題の発生に加えて、さらに手間をかけさせているので、ロイヤリティは確実に下がる。また、顧客の3分の2はウェブサイトを見たうえで分からなかったからメールや電話をしているという興味深いデータもある。カスタマーサービスに関わる方は、この事実を踏まえて、顧客へのコミュニケーションプランを設計しないと、サポート担当の第一声で大きくロイヤリティを下げることになるかもしれない。
さて、ここまで本書の気づきを記載してきたが、私としては、顧客の期待を超える努力の一切が無駄だとは思わない。顧客の期待を超えることは、ロイヤリティを上げるために大事な要素だ。どちらにも共通する大事なことは、顧客のために何かをしたいと思い考え実行する、スタッフの姿勢であり、企業の姿勢だ。本書の主張とはズレてしまうが、サービスに関わるビジネスパーソン、特にリーダーは、どちらか一方にだけスポットライトを当て評価をするのではなく、両方に目を向けるべきではないだろうか。
『おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係』
マシュー・ディクソン, ニック・トーマン, リック・デリシ (共著)
実業之日本社、2160円