先日改定・発売した、『改訂4版グロービスMBAマーケティング』から「オムニチャネル」を紹介します。
流通業界の巨人であるセブン&アイグループがその中心的な戦略の1つとして据えたことでも有名なオムニチャネルですが、いよいよ多くの企業や顧客に浸透してきました。リアル店舗を持つ流通企業にとっては、AmazonなどのEコマース企業と戦ったり、あるいは業界内で独自の地位を築く上で非常に注目されています。ただし、リアルとネットを自然な形で融合するのは簡単ではありません。それを裏で支える物流網や、情報の共有、店員教育など、さまざまな課題をクリアしなくてはならないからです。顧客の消費経験が豊かになり、顧客がどんどん「わがまま」になるこの時代において、顧客に最高の購買体験を提供し続けることは容易ではないのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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オムニチャネル
インターネットが普及する以前の買い物は、直接店舗に出向いてするのが中心で、流通チャネルも地域の小売店しか選べない、1対1対応のシングルチャネルだった。しかし、ネット通販が一般的になってくると、実店舗に加えてインターネット、テレビなどが加わるマルチチャネルへと買い物環境が変化した。さらに、マルチチャネルのサプライチェーンを統合して在庫管理を一元化しながら、インターネットで注文した商品を実店舗で受け取る、という複数のチャネルをまたがるクロスチャネルも形成されていった。
上記の変化に加えて、消費者の購買行動を激変させたのが、スマートフォンやタブレット端末といったモバイルの普及だ。モバイルを使った買い物が主流になったことにより、2つの購買行動が出現した。1つは、ショールーミングと呼ばれる、店頭で現物の商品を確認してからネット通販で購入するスタイルだ。特に家電量販店がショールーミングによる影響を受けた。もう1つは、ウェブルーミングと呼ばれる、ネットで商品の情報収集や在庫の確認をして実店舗で購入するスタイルだ。ショールーミングやウェブルーミングが一般的になると、消費者は24時間いつでもどこでも買い物を楽しむようになった。
オムニチャネルとは、商品の選定から購入に至るまでの過程で、制約を受けることなく、自分の都合、好みに合わせて選べる、シームレスな顧客体験を実現させるための仕組みである。オムニチャネルを利用する消費者は、購買行動のあらゆるタッチポイント(顧客接点)において思いどおりの買い物体験を求めており、その購買体験価値をいかに高められるかが、オムニチャネルの本質的なテーマである。
ケースで見た資生堂のワタシプラスは、専門店への送客を促している点でウェブルーミングといえるが、顧客は単に情報収集をするだけでなくカウンセリングを受けられるなど、多様なタッチポイント作りを意図した仕組みとなっている。
オムニチャネル実現のための条件
オムニチャネルは、多くの消費者がネットと実店舗を含めた複数の買い物への入り口を自由に持てる時代において、企業を競争優位に導いてくれる強力な武器であり、重要な戦略である。競争優位を生むオムニチャネルを実現するには、3つの条件がある。
(1)在庫の一元管理
オムニチヤネルでは、顧客の望む場所に必要とするタイミングで商品を届けることが重要になる。例えば、買い物に出かける時間がなくネットショップで注文したが、すぐに必要だから近所の店舗で受け取りたいという顧客がいた場合、顧客が取りに行ける店舗に在庫があれば、それを利用するのが最も効率的な方法だ。近所の店舗に在庫がなくても、同じエリア内の店舗にある在庫を利用したり、物流センターから近所の店舗に届ける方法もある。
こうした対応を可能にするには、各店舗の在庫情報を一元管理し、それぞれの量と位置情報をほぼリアルタイムで把握できている必要がある。
(2)価格の統一
顧客が一貫性のある体験をするためには、価格の統一が必要だ。実店舗とネットショップで意図的に価格の差をつけているケースがある。ネット通販のほうが価格比較をされやすいので店頭価格よりも安くしているようだが、店舗間で価格がまちまちだと、オムニチャネルを展開する上では顧客にとってデメリットになる。例えば、スマートフォンで購入した商品の店頭受け取りをした際に、店頭価格のほうが安ければ、顧客は不満を感じるだろう。
(3)店員教育
オムニチャネルの成功には、実店舗の魅力向上が不可欠だ。オムニチャネルの構築によって、顧客とのタッチポイントが増える。ウェブサイトでの商品情報、SNS、店舗での実物確認、購入、受け取り、配送状況の確認などのあらゆるタッチポイントにおいて、店員全員が顧客を待たせることなく商品やシステムの知識でサポートができる態勢を整えなければ、顧客の期待には応えられない。
(本項担当執筆者:平野善隆 グロービス経営大学院教員)