イノベーション・マネジメントについて体系的にまとめ、その領域で共通言語となった前著『リーン・スタートアップ』から約6年。エリック・リース氏の待望の新著だ。
本書『スタートアップ・ウェイ』は、前著と比較し、目新しいコンセプトや手法が新たに紹介される、というよりは、長い期間の膨大な実践を経て、前著の考えの有用性が様々な組織で検証され、より実践的で詳細な活用法が提示されているという点で価値ある1冊だ。以下が主なポイントである。
・GEやイントゥイットといった大企業や米国保険福祉省・教育省など、伝統的な組織におけるリーン・スタートアップの取組事例が生々しく紹介されている。
・リーン・スタートアップを組織に根付かせ、継続的な変革に昇華していくためのポイントがさらに詳細に体系化されている。
ここ数年、日本の伝統的大企業では、新規事業創造とそれを根付かせる仕組みづくりを重要な経営課題として掲げている。一方、人材・組織開発コンサルティングの現場では、大企業でイノベーションを推進しようとする方々が、組織内で様々な壁にぶつかり、苦労されていると聞く。
経営陣のリーダーシップの問題や、仕組みの問題などはあるが、そもそもイノベーション・マネジメントの定石自体を理解できていないことによる失敗も多いのではないか。そのような場合にも、実践的な手引書として活用価値が高いと考えられる。
第1部では、リーン・スタートアップのポイントをおさらいしたうえで、大企業を中心とした伝統的な組織でどのような成果が上がっているのかを概観する。
第2部では、リーン・スタートアップの取り組みを通じた組織変革について、事業を生み出す段階から、安定して成果を上げる段階、そして、中長期に成長し続けるために組織の根幹を変えていく段階まで、順を追って描かれている。
第3部では、改めて、「アントレプレナー」の範囲を「既存組織を現代的な形へ変革すること」にまで拡大して位置づけ、継続的な変革を起こし続けるためのポイントを整理している。そしてそれら取り組みを社会政策にまで拡大し、何ができるか、著者の実践も交え検討している。
特に興味深かった点として、第2部9章「革新会計の仕組み」、第3部10章「アントレプレナーの統一理論」がある。
「革新会計」とは、既存の会計指標が事業の進捗評価指標に使えない場合に、リピート率やコンバージョンレートなどの先行指標を、ダッシュボードとしてモニタリングしていくものだ。この概念自体は前著でも紹介されていたが、事業のステージに沿って考えるべき3つのレベルが詳述され、その後最終的な財務指標とどう整合させていくのか、についても言及されている。興味深いことに、スタートアップはこういった透明性を好むが、大企業は忌避しがちだという。
「アントレプレナーの統一理論」では、企業内アントレプレナーに求められる要件が列挙されており、継続的な変革を起こせるリーダーの要件としても納得度が高い。また、アントレプレナーの役割をだれがどのように担うべきなのか、既存の組織図の中での位置づけを含め提案している。私自身、「イノベーションが生まれる組織・人材を創りたい」といったクライアントからのご相談に対して、本書の整理は大いに活用できそうだ。
日本でも経営トップから組織の末端までイノベーションの重要性が強く認識され、特に既存の企業の変革については環境が整いつつある今こそ、地に足の着いた実践書として手に取っていただきたい。
『スタートアップ・ウェイ 予測不可能な世界で成長し続けるマネジメント』
エリック・リース (著)、日経BP社
2160円