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『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』――GAFAに続く飛躍的成長を遂げるために

投稿日:2018/10/05更新日:2020/02/27

ファイナンスどんな企業であれ、売上を上げ、利益を出すのが経営の基本。1円でも多く売り上げ、1円でも多く利益を出すべき――著者の朝倉祐介氏はこうした常識とも言える思考を「PL脳」と呼び、真っ向から否定する(PLとは損益計算書のこと)。

朝倉氏は、戦略コンサルタントとして活躍後、自ら立ち上げたスタートアップを一部上場企業に売却し、さらに買収した会社の代表取締役に就任して経営再建するという稀有な経験を持つ。今、なぜ「PL脳」を批判するのだろうか。

本書では「PL脳」を「目先の売上や利益を最大化することを目的視する、短絡的な思考態度」であるとし、多くの日本企業が「PL脳」に陥っていると指摘する。例えば、かつてのダイエーが典型例だが、薄利多売で販売を拡大する「売上至上主義」や「キャッシュフローの軽視」もその症状の1つだ。

一方、こうした「PL脳」に対して、「ファイナンス的な物事の考え方」のことを「ファイナンス思考」と呼んで対置している。著者が考えるファイナンスの定義は以下の通りだ。

「会社の企業価値を最大化するために、
A.事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達し(外部からの資金調達)
B.既存の事業・資産から最大限にお金を創出し(資金の創出)
C.築いた資産(お金を含む)を事業構築のために新規投資や株主・債権者への還元に最適に分配し(資金の最適配分)
D.その経緯の合理性と意思をステークホルダーに説明する(ステークホルダー・コミュニケーション)
という一連の活動」

要するに、会社経営という動的な活動をお金の側面から総合的に考察するのが「ファイナンス思考」と言えるだろう。PLは一定の期間で区切って業績を表現したものである。しかし、一断面でしかないPLだけで判断を行うと、経営の動態を見失うことになる。

単純な例として、利益を出すためには売上を上げるかコストを下げるしかない。コストには原価と販売費及び一般管理費(販管費)があるが、販管費の中で広告費が大きな割合を占める場合、これをカットすれば短期的には利益は出る。しかし、それを続ければ、徐々に売上は下がり、ブランド力も低下する。長期的に考えればよい施策とは言えない。

本書では、「PL脳」に陥った大企業の事例を取り上げているが、スタートアップでも同じ問題が生じることがあるという。スタートアップでの経験が長い私も全く同感である。よくあるのはこのような3つのパターンである。

(1)社長の営業マインドが強すぎる
バランス重視の大企業の経営者と比べ、起業家の能力は強み弱みがデコボコしている。商品開発に強い、資金調達に明るい、などそれぞれに特徴があるが、営業マン出身の社長が営業カルチャーの強い会社を立ち上げると、PL脳に陥った経営になることが多い。これは起業家の成長や経営メンバーの構成の問題でもある。本来であれば経営陣全体で経営に必要な能力をカバーすべきなのだが、それができていない、ということである。

(2)投資家からの圧力に逆らえない
スタートアップがVCなどの投資家から資金調達をすると、その意見を経営に反映しないといけなくなる。外部からのモニタリングが効く、という意味では悪いことだけではないのだが、中には早い段階から売上や利益を求める投資家もいる。本来、スタートアップは将来の成長に向けた投資の下で経営基盤を拡大すべきなのだが、運用実績の悪いVCだと功を焦ることがあるので、要注意だ。成長性を示すために薄利多売・赤字覚悟で売上を作り、上場に向けてギリギリとコストを削り、なけなしの利益を捻出することになる。

(3)KPIの設定を間違えている
経営を順調に進めるためには、戦略をうまく噛み砕いてKPI(主要業績管理指標)に落とし込み、担当部署に責任をもたせることが必要だ。スタートアップでは事業の立ち上げと並行して組織の立ち上げも行うことになるが、幅広い人材の採用や組織体制の構築に精通した起業家は少ない。情報管理も不十分なため、見るべき数値が見られない、そもそもどの数値を計測すべきか解らない、という状況もよくある。こんなとき、本来追うべき指標ではなく、目につきやすい売上という指標を闇雲に追ってしまいがちだ。

こうした状況では、次第に経営が混乱をきたし、現場が疲弊してしまう。この時期に本当に重要なのは、起業家のビジョンに従って、直近は赤字だったとしてもビジネスの器を大きく育てることであり、それはつまり3年先、5年先、10年先のPLをどう構想するか、そしてそこに事業をどう導くか、という視点である。

小粒に終わりがちな日本のスタートアップと比べて、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの4社をまとめた略称)のようなアメリカの急成長企業では、短期的なPLの毀損を厭わず、市場拡大や競争優位の構築のために未来志向の投資を実践してきた。低成長期を迎えた日本でGAFAのようなイノベーティブな企業が登場しないのは、ファイナンス思考の欠如が原因である、というのが本書に通底する問題意識だ。

巻末には、「これだけは押さえておきたい!会計とファイナンスの基礎とポイント」と題した特別付録も収められている。お得な1冊である。経営におけるファイナンスの動的な役割を学びたい方には、ぜひ一読をお薦めしたい。

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論
朝倉祐介(著)、ダイヤモンド社
1944円

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