ビジネスの世界では「わからなさ」は罪である。いかに読み手、聞き手に「わかりやすく」伝えるか、日々「効率的」なコミュニケーションに腐心している立場からすると、「わからなさ」の代表格・現代アートは憧れと畏れを掻き立てられる存在である。
美術館に足を運んで作品と向かい合う。よくわからない。美しくもない。おぞましかったりもする。しかし、何か心に触れるものがある。本書は、そんな現代アートを理解し、「何か」を語る上での導きとなる1冊である。
前半部分は、現代アートの関係者を取り上げながら「アートワールド」の現状が描かれる。筆者自身が「ゴシップ」と表現しているが、金の動きを伴った、人と人とのぶつかり合いは興味をそそられ読みやすい(余談だが、掲載されている関係者各人のプロフィール写真も魅力的である)。カタール王女をはじめとした億万長者の超高額な買い物遍歴、富裕層コレクターの丁々発止に触れ、資本主義社会の一消費財としてあえて卑近にアートを捉えることで、かえってその特異さが見えてくる。
後半では表題の通り、「現代アートとは何か」という議論が展開される。現代アートは「美術」ではなく「知術」だ、という表現が端的だ。「美しさ」は現代アートにおいてはもはや要件ではない。アーティストから提示された「問い」に対し、鑑賞者が想像力を働かせ、解釈する。それによって作品が完結する、知的活動が現代アートなのだという。そして、鑑賞者の解釈の助けとして、本書では「7つの創作動機」と補足項目、計8つの評価項目を用いた「現代アート採点法」が紹介されている。
評価項目は以下の通り:
「新しい視覚・感覚の追求」
「メディウムと知覚の探求」(メディウムとはアート表現のジャンル:ペインティング、ドローイング、立体、写真、映像、サウンドなど)
「制度への言及と意義」(先行作品へのオマージュや批判、参照・引用、疑義申し立て)
「アクチュアリティと政治」(直接に社会状況に言及したり、現実社会の政治を批判したりすること)
「思想・哲学・世界意義」
「私と世界・記憶・歴史・共同体」
「エロス・タナトス・聖性」
「完成度と補助線」(7つの創作動機の補足として。補助線とは作品理解のために、作家が用意したヒント)
筆者は「名作」を複数取り上げ、作者の創作動機を推察しつつ自身の評価(採点)を示してみせる。鑑賞の手本に触れ、「名作」といえども賛否は分かれることを知ると、心理的なハードルがぐっと下がる。早速評価項目を用いてみると、自分の感じた「何か」が言葉にしやすくなり、今までは思いつきもしなかった新たな想像が広がる感覚を得られた。
筆者は、芸術の鑑賞とは「その時点での自分の、それまでの人生経験すべてをもって作品と向き合う行為」であると言う。「わからない」ものを「わからない」と拒絶するのではなく、自分自身の経験を増やす機会とする。そんなきっかけをくれる本書を、「わからなさ」に戸惑うビジネスパーソンに広くおすすめしたい。
『現代アートとは何か』
小崎哲哉 河出書房新社
2916円