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『経営戦略原論』――人間の理解に踏み込む戦略論が未来の経営像を示す

投稿日:2018/09/01更新日:2020/02/27

戦略

読者のほとんどは「戦略」について、すでに何かしら学んだり、見聞きことはあるだろう。しかし多くの場合、戦略に関する理論を知っても、それを実際の自社変革や戦略実践にどう活かせるか、明確に回答できる人は多くないのではないだろうか。筆者自身も、かつてコンサルタントとして企業の経営支援に携わった際、クライアントや上司から「小難しい理論を並べたところで、それが現場の何に役立つんだ」という声を受け、理論と実務のギャップに苦しんだ経験は一度だけではない。

本書『経営戦略原論』は、そんな戦略における「理論と実務のギャップ」に橋を架けることをテーマとしている。理論を紹介するだけの教科書ではなく、経営者の経験則を紹介するビジネス書でもない。骨太で厳密な戦略理論を礎に、それを具体的な経営実務にどう活かし競争優位を実現するか。この壮大なテーマに果敢にチャレンジしたのが本書である。

本書の特長は言うまでもなく、この「戦略における理論と実務のギャップを埋める」というテーマ設定にある。ただ本稿ではそれに加え、筆者の視点から見た特長を紹介したい。それは戦略における人的側面にまで踏み込んだ議論が展開されていることである。本書の第3-5章で論じられているように、1960年代-2000年代までの経営学における戦略論は、ポーターに代表されるような外部の競争環境に注目するSCP(Structure-Conduct-Performance)モデルにせよ、バーニーに代表されるような組織内部の経営資源に注目するRBV(Resource-Based View)にせよ、企業を取り巻く「構造」を分析することが主眼にあった。そこでは「企業組織は、外部・内部の構造に規定されて、それに則った行動を取る」という、合理性に基づいた前提があったように見受けられる。

本書の内容は、このような構造分析という「ハード」面の議論に留まらない。第9章では、企業実務として戦略を実行・浸透するためのポイントとして、戦略を規定する構造以外に戦略を実行する「人間」の側面にアプローチする。具体的には、心理学・認知科学・行動経済学などの知見を交えながら「組織は合理的な判断の下で行動する」という前提を乗り越える。そしてそこから、より現実に即した「非合理的な判断・行動をする組織像(ないしは人間像)」に着目する。そのような組織において、立案した戦略をどう実行・浸透させるかをテーマに人間の認知・心理といった戦略における「ソフト」面の重要性にまで踏み込んだ戦略の実践方法が議論されている。従来の枠を越える幅広い知見を戦略論の中に体系立てる論考に、筆者は戦略論の”これから”を見た気がしている。

昨今の世の中のトレンドを見ても、戦略の立案よりも実行へのニーズが高まり、また「AI・ビッグデータ時代」において人間の役割を再定義する必要性から、「人間の知覚・心理とは何か」「それをどうマネジメントし、企業の競争優位を創り上げるか」といったテーマが注目を集めている。そんな今日的なテーマも、本書では戦略論の体系に組み込まれており、これからの企業戦略の理論・実務を考える際に示唆深い。

戦略の理論と実務の架け橋を目指す本書。その内容は戦略論の系譜や実務手法を学ぶだけにとどまらない。従来の経営学の枠を越え、戦略論の”これから”に思いを馳せる、そんな視点も与える1冊である。

経営戦略原論
琴坂将広(著)、東洋経済新報社
2160円

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